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わたしはただ、過去の栄光にすがりたいだけなのかもしれない。

前々回、こんな記事を書いた。
要約すると、「復職してみて、わたしはもっとバリバリ働きたかったことに気づいた」という復職後に感じたモヤモヤの正体を書き記している。

この記事を書いたあと、ものすごくスッキリした。
その夜、さっそく帰宅した夫にありのままの気持ちを話すと、わたしの意志を尊重してくれた。家事育児は全面的に協力するし、仕事もできる限り調整する。だからやりたいことに挑戦してみたらどうだ、と私の背中を押してくれたのだ。

いまが挑戦するときなのかもしれない。パートからフルタイムへの転身も視野に入れて、もう一度職探しをはじめることにした。
そしてそれから2週間、どうなったのか。

結論から言うと、わたしは転職せず、いまの職場でパートタイムのまま働くことを選んだ。

キャリアか子どもか

夫に打ち明けた日、今度こそやりたい看護の道に進むぞ!という気持ちでわたしは闘志に燃えていた。すぐにネットを開き、婦人科や不妊治療を専門とした病院の求人がないか調べた。

どうしてその分野に絞ったのかというと、過去に緊急搬送され、手術を経て片方の卵巣を摘出したことや、不妊治療の経験があることから、いつか看護師に復帰したら、すべての女性に寄り添える看護がしたいとずっと思っていたからだ。

ヒットした求人はひとつ、不妊治療専門のクリニックだ。求人案内はフルタイムのみ。駅から徒歩15分、体外受精や顕微授精などの高度生殖医療を積極的に取り組んでいて、わたしが”学びたい看護”がぎっしり詰まっている。

ここは以前、求職活動するときに復帰先として目星をつけていたクリニックだったのでよく知っている。そのときもフルタイムの募集しかなかったけれど、諦めきれずパートタイムの募集がないか問い合わせしたのだ。

しかし願いは叶わず、終業時間まで働いてくれる人、また採卵の予約が入ったら土日や祝日も出勤できる人を探していると言われて断念したという苦い思い出がある。

このクリニックの終業時間は午後7時。まずここで働くことを想像して真っ先に思い浮かべるのは娘のことだ。フルタイム、ましてや帰りが夜の7時となれば当然、保育園のお迎え時間に間に合わない。

夫はできる限り調整するといったけれど、いままで長時間労働を前提として働いてきたのだ。頻繁に仕事の予定を変更するのは難しいだろうし、その後のキャリアにも響くだろう。延長保育やファミサポを利用するか、転勤族で実家・義実家は頼れない環境だから、積極的に外注も検討しなければならない。

土日・祝日も勤務となれば、娘との時間は確実に減る。保育園がおわったら公園に寄って砂場や遊具で遊んだり、余裕がある日はキッチンに並んで一緒にごはんを作ったりと、今までパートだから当たり前にできていたことができなくなる。

朝は8時出勤だから、最低でも7時20分には家を出なければならない。それから娘を保育園へ送って、急いで勤務先へ向かう。19時まで仕事をして、帰宅したら息つく暇もないまま料理や洗いものといった最低限の家事が待っている。ようやく夕飯や片付けが終わったと思えばお風呂に直行して、着替えさせて、寝かしつけをして…


そこまで想像して、「無理だ…」と自然と声が漏れた。
キャリアを積みたくて自分で選んだ生活のはずなのに、時間に追われて常に焦っている自分が容易に想像できるのだ。

「子どもの世話、家事」といったタスクに関しては、夫婦で協力して分担しながら、外注や時短家電を駆使すればどうにかなるのかもしれない。

でも家族との時間は?
平日土日祝日を仕事に捧げてしまったら、わたしはいつ、娘や夫と触れ合う時間を過ごせるのだろうか?

とたんに胸がざわざわした。
ほんのさっきまで漲っていたはずの闘志も、一瞬でしぼんでいく。

そこまで考えてようやくわかった。

わたしは家族との時間を犠牲にしてまで、仕事に人生を捧げる度胸も勇気もないのだ。


「バリバリ働きたい」の言葉の裏にある本質的な課題

わたしは独身時代、それこそバリバリ働いていた。
脳卒中専門の集中治療室で知識や技術を積みながら、月7回の夜勤もこなし、スキルアップするぞ!という思いから、院内・院外の研修や勉強会にも積極的に参加して、新人指導や看護研究・セミナーの発表、勉強会の資料作成など、業務以外の仕事も全力で励んだ。

めちゃくちゃ忙しかったし、ミスして凹んだこともたくさんあったけれど、頑張りを評価して認めてくれる上司もいて、背中を押してくれる同僚もいて、何より仕事へのやりがいや達成感でとても充実していた生活を送っていた。

そんな”これからもっと”っていうときだった。長年遠距離恋愛をしていた夫からプロポーズされ、わたしは”結婚”を選んだ。

報告を受けた上司は喜んでくれたけれど、会話の途中で言われた「頑張ってたの知ってるから、もったいないね」の何気ないひとことは今でも忘れられない。

「ここで築いたスキルは次の職場で活かせばいい」と前向きに考えていたわたしだったが甘かった。大都市と田舎の医療格差や慢性的な人手不足、超ブラックな労働環境に心身ともに疲弊し、精神を病んだ。

ようやく辞められたと思ったら突然の腹痛で緊急搬送、入院、開腹手術といろいろあり、看護師そのものを辞めたいという気持ちが大きくなって、ついに心が限界を超えてしまった。

そうしてわたしは、キャリア形成のレースから降りたのだった。

たぶんわたしは、独身時代にバリバリ働いていた頃の自分が、看護師として成し遂げられなかった後悔や未練を、いまも引きずってるのだと思う。

再スタートとして選んだいまの職場で働き出してからもうすぐ2ヶ月。正直に言うと、孤独だ。

実働時間が少ないわたしは休憩がないので、他のフルタイムのスタッフとコミュニケーションを取る機会がほとんどない。
勤務中、わたし以外のスタッフが、まるで昨日の話の続きをするみたいな他愛のない会話についていけず疎外感を感じてしまったり、患者数が少なくて時間にゆとりがありすぎるのと、採血や注射などの医療行為もないからか、物足りなさを感じてしまう。

みんなが休憩に入っている時間、電話番で受付に常駐しているとき、ふと、バリバリ働いていた頃の自分を思い出して、過去の自分と現在の自分にギャップがありすぎてしんどくなったりする。

「わたし、役に立ってるのかな?」
「ここにいる必要あるのかな?」

とか、そんな蓄積されていく日々のモヤモヤを吐き出せる相手がいない(職場のスタッフと関係が築けていない)のと、バリバリ働いていた頃はみんな仲が良くて、小さな不安も言い合えて、それで気持ちがとても軽くなっていたから、なおさらそう思うのかもしれない。

だからといって、家族との時間を優先させたいわたしが、過去の未練を断ち切るためにやみくもにキャリアの道を選んでしまったら、今度は違う悩みを生み出して心を疲弊させていくのだと思う。

そう。いまのわたしは、”理想の働き方ができていない自分”を受け入れられなくて、過去の栄光に縋りついてただ現実から逃避したいだけなのだ。

いまわたしが求めている理想の働き方はこれだ。

「職場のスタッフと良好な関係を築き、パートタイムとしてそれなりに忙しい業務量でやりがいや達成感を感じながらイキイキと働く」

文面にしてみてなおさら思う。
いいとこどりだらけの、なんとも欲深く、都合のいい働き方だろう。

でも、これがいまのわたしの正直な気持ちなのだ。
そして”そんな自分”をまず受け入れることが、最初の一歩なのだと思う。

働くうえでリスクを負いたくない。
家族との時間を優先させたい。

そんなわたしが理想の働き方を追い求めて転職しても、きっとまた同じ壁にぶつかるだけ。

けれどいまの自分のままでいても、いつまで経っても何も変わらないし、解決しない。

だから現状を打破するために、わたしは行動することにした。

続く。

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