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SNS時代におけるホラー展開に怯えつつ、ちょっと期待した話。

 相談事があって、十九歳から二十三歳の四年間働いていたカフェの店長に「少し話せませんか?」とLINEをしたのは木曜日の昼間だった。
「お店来てくれたら、いつでも良いよ」と返信があったので、土曜日の夕方に行くようメッセージを送った。

 相談事は一端、横に置いて一つ心配している部分があった。
 それは僕が今連絡を取っている店長は本人なのか? ということだった。

 僕が働いていた頃からLINEはあったけれど、電話帳と勝手に同期するし、既読なるものもあって使い勝手が悪いとされていた。
 周囲の友人連中もやっていなかったし、当時はまだガラケーとスマホは半々くらいの比率だったと記憶している。

 そんな訳で、僕はカフェの店長とメールアドレスと電話番号を交換をして、シフトの相談などをしていた。
 カフェの仕事を辞めてしばらくして、僕のスマホのデータが全部飛んだ。電話帳の登録者がゼロになった。
 忘れもしない。『高橋みなみと朝井リョウ ヨブンのこと』というラジオを聴いている最中だった。
 当然、画面が真っ暗になって、朝井リョウの軽快なトークだけスマホから流れて来ているのは、なかなか途方に暮れる状態だった。

 スマホのバックアップデートはちゃんと取るべきなんだな、と心に刻んだ経験となった訳だが、LINEで繋がっていたメンバーは辛うじて無事だったので事なきを得た形になった。
 日常生活する中ではLINEで連絡を取るメンバーがいれば、基本的に困らない。

 カフェの店長の連絡先はそこで消えてしまったけれど、お店に行けばいる訳だし、何の問題もない。
 そんな風に考えていたら、僕が働いていたカフェが潰れていた。
「ふぁっ!!??」という変な声が出た。

 こうして僕はカフェの店長との連絡手段を失ったのだけれど、一筋の光がLINEに差していた。
 LINEには「知り合いかも?」という欄があって、そこには「電話番号で友だち追加されました」という理由でLINEのアカウントが幾つか表示されている。
 その中に、カフェの店長の下の名前のアカウントがあったのだった。
 
 あ、カフェの店長だ! って思ったけれど、下の名前(しかも、ひらがな)だから別の人の可能性もあり、友だち追加するか躊躇し数ヶ月を過ごした。
 何か他に良い方法はないかと考えてみても、とくに浮かばなかったので、友だち追加だけしてメッセージは送らなかった。
 そんな折、カフェの店長らしきアカウントはLINEに誕生日を登録しているらしく、「今日が誕生日の友だち」と表示されているのを見つけた。
「カードを書く」と「ギフトを贈る」の二つが表示されていて、僕は「カードを書く」という形でメッセージを送った。
 すると、数日後にカフェの店長から連絡が届いた。

「久しぶり~
 
 元気にしてる?
 誕生日メッセージ ありがとう
 
 携帯イジらなさ過ぎて 今日 気がついた汗
 
 遅くなりました」

 というもの。
 ねぇ、どう思います? って言うのも変なんですけど、ちょっと「ん?」ってなりません?
 なぜに「誕生日メッセージ ありがとう」の真ん中に空白を入れるの?
 これが普通? 分からないけれど、ちょっとスパム系のメールっぽくない?

 疑いすぎなのかな? と思いつつ、「元気にしてる?」って聞かれてるのだから、返さねばと丁寧な返信文を打った。
 その後に僕が働いていた頃のカフェが潰れたという内容が届いて、あ、本人っぽい。
 けど、やっぱりメッセージの間にある空白は気になる。
 更にその返信内容の中に「今は○○店で 働いてますねん」とあった。

 この○○店が今、僕が働いているビルから徒歩十五分ほどで行けるところで、え、そうなの? となる。
 僕は「今○○ってところで働いていて、近いのでお店行きますね」と返信した。
 これが去年の話。

 この一年間、仕事の帰りに何度、店長いるかな? とカフェの前を通ったことか。しかし、カフェで働いていた頃を思い返すと、店長は朝に来て夕方に帰るシフトを基本的に組んでいた。
 二児の母だし、そりゃあそうだよね、という感じなので、僕の仕事終わりの時間帯にいるはずがない。更にいえば、今のご時世はマスクもしているから遠目では分からない。
 なにせ、最後に会ったのが二十三、四歳の頃なのだ。
 記憶もあやふやだ。

 もっとも簡単な解決方法は朝に行くなのだけれど、僕が利用する電車的にちょっと行きづらい立地にあって、一分一秒を争うバタバタした朝に寄るというのは難しかった。
 あと、せっかくならちょっと喋りたいし。

 そんな風にして一年が経ち、今回ちょっと相談ごともあって、連絡を取ってみた。
 会う約束を取り付けて、実際にお店へ行く間、「そんなスタッフはいませんよ」と言われた場合について考えていた。
 その場合、じゃあLINEの人って誰? となるし完全にSNS時代におけるホラー展開だ。

 正直、その展開はホラー云々関係なくあり得ると半分くらい考えていた。というのも、店長は僕と一緒に働いていたカフェに入社した時は結婚をしていたので、その時の名前で働いていて、その後に離婚し旧姓に戻ったのだそうだ。色んな事情があるのだろうけれど、店長は仕事では結婚した時の名前で働き続けていた。
 僕は店長の旧姓を覚えていない。聞いた気はするんだけど、どんなに考えても浮かんでこない。
 で、新しいお店に勤めるとなった際に、旧姓にしようかなと店長がなっていた場合、そして、僕が行った時に店長が事務所で仕事をしていた場合、「そんなスタッフはいませんよ」展開になる。

 正直、面白い。
 ちょっと期待していた。SNS時代のホラー展開は勘弁願いたいけど、名前変更のミステリーっぽい展開はあり。
 しかも、おあつらえ向きなのが、現在店長が働いているカフェは昭和初期に建てられたレトロなビルの一階で、雰囲気があって、何か物語が起こりそうな感じもあるのだ。

 さぁ頼むぜ! とお店に入って最初に目に入った店員が、数年越しでも分かる店長だった。店長はすぐに僕には気付かなかったっぽいけれど、手を振ると「あぁ!」という顔をした。
「久しぶり! まだ、ちょっと時間かかるから、お茶してって」
 と店長が言い、横にいたスタッフが怪訝そうな顔で僕と店長を交互に見る。「前の店で一緒に働いてた子」と紹介され、とりあえず頭を下げる。

 そんな訳で、なんの摩訶不思議展開もなく、店長はそこで変わらず働いていた。店内はレトロな外観とマッチした抑え目の照明と高い天井が印象的だった。
 一時間くらい本を読んだりして店長が仕事を終えるのを待って、店内で少し喋った。結果、僕の相談事も解決するような形となったので、この辺の話はまた落ち着いたらしたい。

 にしても、こうしてカフェの店長の話を書いてみると、昔の記憶は蘇ってくるもので、今懐かしい気持ちになっている。
 カフェの店長に言われなければ、僕は成人式に行こうと思わなかったんだよなぁ。そういう意味では、二十代前半の僕を形成する要素として、カフェの店長の存在は大きい。

サポートいただけたら、夢かな?と思うくらい嬉しいです。