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まるで恋するみたいに受験した、息子の話①

出会いは突然に、ネットニュースで。

出会いは2021年の初夏。
きっかけはネットニュースの小さな記事から飛んだ、2023年開校予定の新設校のホームページ。
休日の昼下がり、寝転びながらスマホを触っていた中2の息子が言った。
「徳島県に、全寮制のすごい学校ができるんだって。」
私もつい先日「2000年以降に開校した学校カオスマップ」という記事で、その学校の名前を発見したところだった。
息子が小学生の時からお世話になっている、探究学舎の宝槻泰伸 塾長が「講師陣」に名前を連ねている高専だ。
まずその「よく知っている名前」と「聞いたことない新設校」の組み合わせに息子は興味を惹かれたらしい。

「見に行ってみる?夏休みに。」
「・・・いく!」

いざ、行ったことない場所へ

飛び込み家族、笑顔で上陸。

夏休みになるのを待って、私たちは東京から徳島に飛んだ。
しかし、勇みまくって徳島の限界集落へ飛び込んで行った私たち家族を待っていたのは、蝉の声と大量のトンボだけだった。
川を見つけた7歳の妹が「入りたい」と言い、川遊びをして楽しんだ。
水は澄んでいて、穏やかで、地元の子どもたちのはしゃぐ声とBBQの香りが鼻腔をくすぐる。それはそれはピース感に溢れていたけれど、新しい高校についての情報は得られなかった。

「ねぇ・・・やっぱり、町情報といえば川じゃなくて役場じゃない?」

私たち家族の長所、及び短所はきっと「よく分からないことがあれば、とりあえず考える前に行ってみる」ところだと思う。愚直に、シンプルに。別の言葉では、バカ。とも言う。

「すみません!ここにできる新しい高専についての情報があれば、教えてください!」
役場のカウンターにて「ここで働かせてください!」(©︎千と千尋の神隠し)の千尋と同じトーンでそう尋ねた時の、観光課の方々のおっかなびっくり顔を私は今でも忘れることができない。

時はコロナ禍まっさかり。
「徳島市内では、神戸ナンバーの車が停まっているだけで疎まれるんだよ。都会からは来るな!って。」という噂もあった。
ましてやここは高齢者の多い限界集落、私たちは東京からやってきた得体の知れない飛び込み家族。
とりあえず、敵と思われてはいけない。
せめて、マスク越しでもわかる明らかな笑顔で始終、感じ良くいよう。と努めた。
普段は無愛想で「中森明菜の再来」と言われるほどクールな7歳の妹すら、ニコニコとぎこちない笑顔をキープしていた。

「しょ、少々お待ちください。」
こちらにつられたのか、引きつった笑顔のまま1、2歩ほど後退りした若い担当者の男性は、カウンター内で上長と思しき方としばし話し合い。
2本ほど電話をかけた末に、この地域のNPOの方を紹介してくれることになった。
役場の皆さま、あの時は、突然すみませんでした。

約束の時間まで、約2時間。
ネット情報を頼りに、寮となる予定の中学校を見に行ったり(当時は夏休み中だったけど中に先生がいた)準備室が設置されているサテライトオフィスに話を聞きに行ったり、地産地消カフェでエリア情報を集めたりして、できるだけ現地の人と触れ合い、なんとなくこの地域の空気を肌で感じることができた。

「恋はするものではなく、落ちるものだ。」

NPO事務局の方は、学校設立にも関わっている方で、詳しいお話を聞かせてくださった。その中でも次の3点が、息子を打ちのめした。

  • 開校まで2年近くあるのに、すでに全国から見学者が数百人(教育関係者や学生)は訪れている大注目の高専。

  • 入学可能な学生はおそらく40名前後で、非常に狭き門になる。

  • まだ認可が下りておらず、入試情報や求める学生像などの情報は皆無。

「とりあえず、生半可では入れなさそう。ということはわかったよねー。」
帰りの車中で、開け放った車窓から夕暮れの海を眺めていた息子がつぶやいた。
東京育ちの、おそらく本人が思い描いていた以上の田舎に加えて、非常に狭き門。さらに全寮制。そして高専だから5年間。
すっかり打ちのめされただろう。と思っていたから
「どう?それでも行きたいと思った?」と、聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。

「うん、めちゃくちゃ興味ある。」
振り返って彼の横顔を見て、ハッとした。

恋に落ちた顔だった。

続きます→第2話はこちら。


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