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何を心の拠り所とするかは、常識、非常識とは関係なく、結局は自分の心が勝手に決めてしまうのかもしれない。〜小説『神さまのビオトープ』〜


※ネタバレありです。


本を手に取った時は、この物語の設定って、
ものすごく現実離れしているなって感じたんです。


本当に物語の世界に
入り込めるかしらと不安になるくらい。
だって、本の裏表紙に書いてあった
物語のあらすじがこれ↓でしたから。


うる波は、事故死した夫「鹿野くん」の幽霊と一緒に暮らしている。
彼の存在は秘密にしていたが、大学の後輩で恋人どうしの佐々と千花に知られてしまう。
うる波が事実を打ち明けて程なく佐々は不審な死を遂げる。
遺された千花が秘匿するある事情とは?
機械の親友を持つ少年、小さな子どもを一途に愛する青年など、密やかな愛情がこぼれ落ちる瞬間をとらえた四編の救済の物語。


でも、読み進めていくと
登場人物それぞれの心模様の
描かれ方はとてもリアルで。


現実離れした状況の中で
育まれる本人の想いがあり、
一方で、現実世界でいろんな人が
その人なりの「常識」というフィルターを通して
投げかけてくる、自分には到底受け入れられない
諸々のことがあり…
これらに対して、自分自身の想いと
どのように折り合いをつけていくのか。


その葛藤は、
今の私が抱えているものとも
深く通じる所があり、
気がつけば主人公の心に強く共感し、
物語に入り込んでいました。


自分が何を信じるのか、
何を心の拠り所にするのか。



運良くそれが、
自分の周りの人々の常識とうまく馴染んでいれば、
その毎日も、人生も、
幸せを実感しやすいのかもしれません。

ただ、
自分の心に
私の心の寄り所となるものはこれ!と、
確たるものが定まってしまうと、
たとえそれが、
常識的だろうが、
非常識なものだろうが、
現実離れしてようが関係なく、
それ以外でちゃんと
自分の心を満たすことは
どうにも難しい気がするです。

その想いを貫くと
現実世界の周りの人々との関係に
歪みが生じてしまうものだと
わかっていても。

だから、
周りの人々の心に波風を立てないよう
自分の本心やそれに基づく行動を
そこから見えないところに隠し、
本当の自分と、
周りの空気に馴染ませる自分と、
違う世界を行ったり来たり。

そんな面倒で、複雑な状況を
自ら進んで作り出してしまう。

でも、
そこまでしてもなお、
自分の世界にいる時は幸せに満たされる反面、
現実世界との違和に
いつ崩れるかしれない不安や
苦しみのような感情から
逃れられることもできない。


そんな、無慈悲な
心の「ままならなさ」というのも、
驚くほど自然に描かれており、
その感覚を作者は否定しません。

自分は自分の感覚。
他人は他人の感覚。
迷惑をかけないなら
踏み込まなくていいじゃない。

それぞれが
それぞれの場所を大切にする。
それでいいじゃない。


物語を通して、
作者はそう言ってるように
聞こえてきました。

いいんだよ。
あなたの感覚はあなたのもの、
と。

それが、私の心には
とても響いて。



裏表紙に書いてあった
「救済の物語」の「救済」って
これのことなんだなぁって。

最初の印象は裏切られ、
とても大切にしたい
一冊になりました😌



最後に、私の備忘録として、
私の心に響いた文章をいくつか抜粋します。
ネタバレ回避したい方はここまででストップしてくださいね。

お読みいただきありがとうございました☺️





「自分はまっすぐ進んでるつもりでも、知らないうちに曲がってることもある。けど仕方ないよ。まっすぐな道なんてものがそもそもないんだから。」

 そうか。この暮らしを守るために、いつも強く自分を信じているけれど、心の奥底ではこれはおかしい、間違っているとわかっている。しかしもともとまっすぐな道はない、愛情自体、そもそも歪な形をしているのだと思えば気が楽だ。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.59

「みんな、自分が見たい夢を見ればいいと思う。わたしはわたしの。千花ちゃんは千花ちゃんの。わたしはあなたの夢を否定しない。だから、私のことも放っておいて。」
わたしと鹿野くんを、あなたの夢の共犯にしないで。
それであなたの夢を強化しようとしないで。
それが美しかろうが、醜かろうが、夢はひとりで見るものだ。
自分の夢は自分の手でしか守れない。だから覚悟が必要なのだ。わたしたちが見る夢の板子一枚下は地獄だけれど、だからこそ死ぬほど幸せなのだ。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.75


いざというとき、誰よりもまず1番に我が子を守る。人間の親ならごく当たり前の行為を、ロボットがすると暴走と定義される。ロボットのプログラミングに当たるものが人間の同義心だとするなら、命は平等に助けるべきとなる。わかっているのに、そうできない感情という名の非合理性。自分たちには許すことを人工知能には許さない。命に近いものを作りながら、自分たちと同じ権利は与えない。都合よくのみ使おうとする。
 それは奴隷とどう違うのだろう。
 わたしたちは、それほど偉い生き物なのだろうか。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.133

 それはそれでひとつの手だと思う。悲しいかな、世の中にはどうがんばってもわかり合えない事柄がたくさんある。無駄な努力で傷つけ合うより、撤退することで医者のいう戦争も回避できるだろう。一抜けたは卑怯でも逃げでもなんでもない。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.138

ーー 人間ハ、ロボットヲ好キニナッテハイケナイノ?
混沌とした世界のあちらこちらから降ってくる弾丸のような激しい『常識』や『正義』や『思い込み』や『決めつけ』に、小さな秋くんは敢然と立ち向かっている。
 愛する友達といられる未来を手に入れるために。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.145

世の中は複雑で、完全な被害者も完全な加害者もいないと知っている。右手で誰かを傷つけて、左手を別の誰かに傷つけられている。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.198

わたしと鹿野くんの恋も、わたしと鹿野くんがよければそれでいい。そう信じて生きている。なのに心の底では、いつも誰かに肯定されたがっている。大丈夫。きみは間違ってないよと言われたがっている。わたしは弱くて、それをどうしようもできない。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.199

苦痛に意味なんかない。
そんなものないほうがずっといい。
なくても幸せに生きていく人は大勢いる。
試練は人を成長させる。ある部分では否定しないけれど、かけられた圧力で心は歪んでしまう。以前のような美しい円形ではいられない。
 その歪さを芸術と呼ぶこともある。不定形で不安定な美。それは外側から見ている人の感想で、歪んだ円の中に閉じ込められているほうはたまったものじゃない。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.255

 わたしがなにに幸せを感じるかは、わたし自身ですら決められない。
 もともと幸福にも不幸にも、決まった形などないのだから。

『神さまのビオトープ』 凪良 ゆう /p.285

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