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地熱発電:世界の動向 (特にケニアとアメリカを中心に)

地熱発電は、地球が発する熱を利用したエネルギー源です。地球が発する熱は、地球上に均等に存在しているわけではなく、地熱発電には適している地域とそうでない地域があるのです。地球中心部の熱源は、プレートの境目に付近に多く表出しており、ホットスポットと呼ばれています。

地熱資源量が多い国のうち、アメリカ、インドネシア、日本、フィリピン、メキシコは全て環太平洋火山帯(Ring of Fire)に属しています。アイスランドは大西洋上のホットプルームという特殊な地熱資源環境に位置しており、7位のイタリアはアルプス・ヒマラヤ火山帯(Alpide Belt)に属しています。また、アフリカの大地溝帯(Great Rift Valley)も地熱資源量の多い地域です。

地熱発電のホットスポット

COP28でも注目を集めた地熱発電

​ COP28がドバイで開催中、地熱発電が持続可能なエネルギー供給の鍵として大きな注目を集めました。特にケニアは、40億ドルを超える地熱プロジェクトの投資を発表し、アフリカ大陸での地熱エネルギーリーダーとしての地位を強化しました。しかし、地熱発電に関する取り組みはケニアだけに留まらず、エチオピア、インドネシア、フィリピン、北米など他の地域でも積極的に進められています。
今回は、この地熱発電について、まずはケニアの取り組みをご紹介し、地熱発電の課題などもお話ししながら、その他、各国の取り組みについても触れたいと思います。

ケニアの地熱プロジェクトとその意義

ケニアのウィリアム・ルト大統領は、COP28において、アフリカのグリーン産業化を推進する「Africa Green Industrialization Initiative (AGII)」を発表しました。

地熱開発プロジェクトは、このAGIIの中核をなし、ケニアのエネルギー供給を安定させ、経済成長を支えるだけでなく、環境保護や技術的進歩にも貢献します。
ケニアは、これまで電力供給の大部分を水力発電に依存してきましたが、気候変動による降雨パターンの変動が供給の不安定化を招いていました。地熱発電は、安定した基幹電力を提供できるため、季節や天候に左右されず、エネルギー供給の安定化に寄与します。同国は、このAGIIを通した地熱エネルギーの拡大に向けて、40億ドルを超える投資契約を公表していました。
以下に、主要なプロジェクトの概要を記します。

ケニアのウィリアム・ルト大統領

1. ススワ地熱プロジェクト

このプロジェクトは、ケニアの首都ナイロビ近郊のススワ山のふもとで、ケニアの地熱エネルギー生産能力を大幅に拡大し、持続可能なエネルギー供給を実現することを目指しています。10億ドルが投資される予定です。
特に注目すべきは、インドネシアの国営企業Pertamina Geothermal EnergyとUAEのMasdarが協力して進める点です。後で少しご紹介する、同じく地熱大国のインドネシアからは技術者がケニアに派遣され、現地で技術支援を行います。国境をまたいで技術移転がされる好事例となっています​。

2. パカ地熱プロジェクト

本プロジェクトは、首都ナイロビから250km程度離れたパカ地域の発展を担うことが期待され、8億ドルが投資される予定です。ケニアのGeothermal Development Company、および、UAEのAMEA Powerが共同で事業を行います。この地域の経済成長を支える役割が期待されています。

3. メネンガイ地熱発電所

本プロジェクトは、ケニア第3の都市で、美しい湖と野生の動物が有名な国立公園でも知られるナクル郊外に地熱発電所を建設し、この地域のエネルギー需要に応える計画です。地域の雇用創出にも大きく寄与することが期待されています。
ケニアのGeothermal Development Companyが調査を開始し、100MWを超える発電容量を目指しています。

4. データセンター

エコクラウドとのパートナーシップにより、6億ドルが投資されるこのデータセンターは、オルカリアに建設され、地熱エネルギーを利用して運営される予定です。このデータセンターは、ケニアのデジタルインフラを強化し、技術的進歩を促進する重要な施設として注目されています。

5. グリーン肥料プロジェクト

持続可能な肥料の生産を計画するこのプロジェクトにも、地熱発電が利用される予定です。15億ドルが投資される見通して、オーストラリアのFortescue Future Industriesとの協力で行われる予定です。
ケニアの持続可能な農業の発展を支援し、農業部門における炭素排出量の削減に貢献します。

地熱発電の持続可能性、および、これを支える技術

ケニアにおける地熱発電の成功を握っていると言われるのが、地熱発電所で利用された蒸気を冷却し水にして、地下に再注入する技術で、「リインジェクション(Reinjection)」と呼ばれています。
地熱資源の枯渇を防ぐという観点からは、再注入した水が地下で再び加熱されて、再利用可能になるという目論見があります。
環境保護という観点からは、地下水系に与える影響を最低限に抑え、地表面の安定性を維持することを目指しています。
日本を含む世界中の地熱発電所でも採用され、地熱発電が再生エネルギーと呼ばれる所以の一つとなっています。

地熱発電の社会的および経済的影響

ケニアにおける地熱発電の発展は、単にエネルギー供給を強化するだけでなく、経済的、社会的にも多大な影響を与えます。

  • 経済成長の促進: 地熱発電の安定した電力供給により、工業生産や商業活動が活発化し、ケニアの経済成長が期待されます。また、地熱プロジェクトに関連する雇用創出は、地方経済の発展に寄与します。

  • 技術移転と能力強化: 国際的な技術協力を通じて、ケニアの技術者は最新の地熱技術を習得し、国内の技術水準が向上します。インドネシアなどの国からの技術支援は、このプロセスを加速させています。

  • 環境保護と気候変動対策: 地熱発電はクリーンエネルギーであり、ケニアの温室効果ガス排出削減に貢献します。また、他の再生エネルギーと比較して、土地面積あたりの発電効率が高く、環境への影響が少ないため、脱炭素社会への転換に向けて、重要な役割を果たすことが期待されています。

  • 観光:ケニアでは、地熱発電が豊富な地熱資源を利用して行われています。その恩恵を受けている温泉もいくつかあります。これらの温泉は、観光地としてだけでなく、地元の人々にとってもリラクゼーションや治療の場として重要な役割を果たしています。例えば、オルカリア(Ol Karia Hot Springs)はケニアで最も有名な地熱発電所がある地域です。ボゴリア湖周辺にはいくつかの温泉があり(Lake Bogoria Hot Springs)地熱活動が活発な地域です。ボゴリア湖はフラミンゴの群れでも有名で、美しい自然環境の中で温泉を楽しむことができます。ヘルズゲート国立公園(Hell’s Gate National Park)内にはいくつかの温泉があり、地熱発電によるエネルギー供給も行われています。国立公園内の温泉は観光客に人気で、キリンなどが歩いている姿が眺められることも。

    ケニアでは、地熱発電所が温泉と同じ地熱資源を利用しています。地熱発電のプロセスでは、地下深くから汲み上げた熱水や蒸気が電力を生成するために利用されますが、余剰の熱や蒸気が温泉の水源としても使われているようです。地熱発電と温泉の共存は、地域の観光振興や地元住民の健康維持にも寄与しており、ケニアにとって重要な自然資源の一部となっています。

Ol Karia Hot Springs

COP28にて発表されたケニアの地熱発電プロジェクトは、同国のエネルギー供給を持続可能なものにし、経済成長を促進するだけでなく、環境保護にも貢献する重要な取り組みです。リインジェクション技術の導入により、地熱資源の長期的な利用が可能となり、ケニアは世界に向けてクリーンエネルギーのリーダーシップを十二分に発揮する計画です。
現時点で、ケニアの再生可能エネルギー使用率は約87%。そんなケニアにおける地熱発電の発展は、今後のアフリカ全体のエネルギー戦略においても重要なモデルケースとなると期待されています。

それでは、他の国の取り組みも見てみましょう。

エチオピアの取り組み


エチオピアもアフリカでの地熱発電のリーダーを目指しており、COP28でもその意欲を示しました。特に、進行中の「トゥル・モイエ(Tulu Moye)」プロジェクトが知られていますが、実は、掘削作業はケニアのKenGenが行っており、ここでも国境を跨いだ国際協力が行われています。
エチオピア政府は、このプロジェクトを通じて、地熱エネルギーの生産能力を大幅に拡大し、同国の持続可能なエネルギーへの転換の道ずじをつけたい考えです。

「Tulu Moye」という名前は、頂上が乳鉢のような形をした山から取られています。「Tulu」はアファン・オロモ語で「山」を意味し、「Moye」は「乳鉢」を意味します。アファン・オロモ語は、このプロジェクトが行われている地域で話されている言語です。

西アフリカの動き

また、地中海に面したアフリカでも地熱エネルギーの潜在能力が注目されています。COP28では、チュニジアやアルジェリアなどの国々が地熱資源の探査と開発に向けた意欲を示しました。これらの国々も、持続可能なエネルギー供給を目指していることは言うまでもなく、地熱エネルギーがその重要な一部を担うと見込んでいます。

インドネシアとフィリピンのリーダーシップ

今回はアフリカ、ケニアの事例のご紹介から始めましたが、アジアで地熱発電で話題になるのは、インドネシアフィリピン。インドネシアは、世界で最も地熱資源が豊富な国の一つであり、2030年までに地熱発電能力を大幅に拡大する計画を発表しました。冒頭のケニアの地熱開発でも、インドネシアの会社が活躍しています。一方、フィリピンも既存の地熱資源を最適化し、新規プロジェクトを開発することで、地熱発電能力をさらに強化する計画です​ 。これらの取り組みについては、また、改めてご紹介します。

北米の展開

さて、アフリカ、アジアと続き、北米ですが、こちらも地熱発電の拡大に向けた取り組みを強化しています。特にアメリカは、地熱発電の拡大を通じて、2030年までに再生可能エネルギー容量を3倍にする目標に貢献する予定です。
今回は、新しい技術に焦点を当て、いくつかの事例をご紹介しようと思います。

アメリカエネルギー省(DOE)は、地熱エネルギーに関する研究と開発を推進するために、複数のプログラムを展開しています。特に、地下に水を注入する手法をとる「強化地熱システム(EGS)」と呼ばれる技術が注目され、これに伴う様々な課題解決に向け、例えば、地下の水圧管理や誘発地震のリスクを低減するための技術開発が進められています。このEGSの開発と商業化を支援する一連の取り組みは、「フロンティア・オブ・ジオサーマル・エナジー」と呼ばれるプログラムに集約され、上記の他、地質の詳細なモニタリングやモデル化技術の開発に注力しています。
具体的には以下のような地熱発電プロジェクトのが進められています。

1. フォルテス・アメリカス、ファーボ・エナジー

アメリカのフォルテス・アメリカスは、地熱発電に最新のデジタル技術を導入するなど、革新的な技術開発で知られています。この技術では、地下の地熱システムをリアルタイムでモニタリングし、最適化することが可能です。ファーボ・エナジーは、この技術を使って効率的なEGS地熱発電を目指しており、いくつかの州でパイロットプロジェクトを展開しています。

2. カリフォルニア州の地熱プロジェクト

アメリカで最大の地熱発電能力を誇るカリフォルニア州。特にザ・ガイザース(The Geysers)は、世界最大の地熱発電所群として知られ、約1,500 MWの発電能力を持っています。これは大きな原子力発電所、小さな原子力発電所であれば数基分に相当します。ザ・ガイザースでは、CO2排出を最小限に抑えつつ、安定した電力供給を行っています。
なお、ファーボ・エナジーもカリフォルニア州での事業展開を発表しています。

地熱エネルギーは、地球の非常に深い場所に存在する溶岩、つまりマグマによって生まれます。このマグマは、特に太平洋周辺の火山活動が活発な地域で地表に比較的近い場所にあります。「ザ・ガイザース」では、マグマが地表から少なくとも4マイル(約6.4キロメートル)下に存在していると考えられています。 このマグマから放射される熱が、上層の岩盤に伝わり、その結果、岩石の隙間や亀裂に存在する水が加熱されます。この加熱された水の一部は、地表に達し、温泉や間欠泉、噴気孔などを形成することがあります。「ザ・ガイザース」では、地中の水が蒸気になるまで沸騰し、その蒸気が上層の緻密で亀裂のない岩石層(キャップロック)に閉じ込められています。


3. ネバダ州の地熱開発

ネバダ州は、地熱資源が豊富な地域で、多くの地熱発電プロジェクトが進行中です。特に、ディキシー・バレー(Dixie Valley)やエイドリアン・バレー(Adrian Valley)などのプロジェクトは、ネバダ州のエネルギー供給において重要な役割を果たしています。これらのプロジェクトでは、新しい掘削技術や水のリインジェクション技術が使用され、持続可能な運用が行われています。

4. オレゴン州とアイダホ州の取り組み

オレゴン州やアイダホ州も、地熱発電に積極的に取り組んでいます。オレゴン州の「オルタウタウ(Olene geothermal field)」やアイダホ州の「ラフト・リバー(Raft River)」プロジェクトは、これまでに成功を収めており、さらなる拡大が計画されています。

5. 「強化地熱システム(EGS)」技術

地下深くの熱い岩石に人工で貯留層を作り、
そこに地上から水などを注入して地熱発電を行うという次世代型技術。
スタートアップの地熱企業Fervoのプロジェクトが注目を集めています。


アメリカでは、「強化地熱システム(EGS)」技術の開発が進められており、特にエネルギー省が主導する、前出の「フロンティア・オブ・ジオサーマル・エナジー」プロジェクトが注目されています。EGSは、地下に水を注入して人工的に熱水や蒸気を生成する方法で、従来の地熱発電が困難な地域でも地熱エネルギーを利用可能にする技術です。アメリカでは、エネルギー省(DOE)を中心に、この技術の開発と実証が進められており、いくつかの成功事例が報告されています。この技術は、北米全体での地熱エネルギーの潜在能力を大幅に拡大する可能性があります​。

アメリカには、地熱エネルギーの研究と開発を行うための複数の研究拠点があります。たとえば、ネバダ大学リノ校やサンディア国立研究所、ローレンス・バークレー国立研究所などは、地熱エネルギーに関する先端的な研究を行っており、EGSや新しい掘削技術の開発に寄与しています。

アメリカでは、地熱発電に関連する地下の水圧や地質の管理手法に関して、政府機関や研究機関が積極的に研究を行っています。アメリカエネルギー省(DOE)による地熱技術オフィス(GTO)の年間予算は、2023年には約1億2000万ドル位でした。これらは、地熱発電技術の開発、実証プロジェクト、および大学や研究機関への助成金として使われたそうです。このことからも、北米が地熱エネルギーの分野で世界をリードしようとしていることがうかがえます。

2023年の地熱発電容量のランキング。トップ10カ国は・・

トップ10を以下にご紹介いたします。

1位 アメリカ合衆国 - 3,900 MW
世界最大の地熱発電国で、特にカリフォルニア州の「ザ・ガイザース」などが大きなシェアを持っています。

2位 インドネシア - 2,418 MW
豊富な火山活動を活かし、急速に地熱発電能力を拡大しています。

3位 フィリピン - 1,952 MW
長年にわたり地熱発電のリーダーであり、国全体の電力供給の大部分をカバーしています。

4位 トルコ - 1,691 MW
地熱発電の成長市場として注目されており、近年急速に発展しています。カズルデレ地熱発電所(Kızıldere Geothermal Power Plant)がトルコ国内で最大の地熱発電所です。

5位 ニュージーランド - 1,042 MW
地熱エネルギーの利用が進んでおり、電力供給に占める地熱発電の割合は約18%です。タウポ火山帯を中心に、複数の地熱発電所が稼働しています。

6位 ケニア - 985 MW
アフリカ最大の地熱発電国で、さらに成長が期待されています。

7位 メキシコ - 976 MW
ラテンアメリカ最大の地熱発電国です。セラ・プリエタ地熱発電所が有名です。

8位 イタリア - 916 MW
地熱発電の先駆者であり、ラルデレッロ地熱発電所(Larderello Geothermal Power Plant)」が有名です。

9位 アイスランド - 754 MW
小国ながら、国全体で地熱と水力を組み合わせてクリーンエネルギーを供給しています。

10位 日本 - 576 MW
世界でも有数の地熱資源を持つ国の一つで、日本の地熱発電の潜在能力は約20,000 MWと推定されており、これは世界でもトップクラス。しかし、これらの資源の多くは開発されていません。豊富な地熱資源を持つものの、環境規制や温泉業界の反対などでそのポテンシャルが十分に活かされていません。また、地熱発電が少ないことの裏返しですが、掘削事例が少なく、使用される掘削機械も古いそうです。これも、日本における地熱発電の進展を妨げる一因ではないでしょうか。

学校法人ジオパワー学園掘削技術専門学校にて

地熱エネルギーが持続可能な未来を築く上で重要な役割を果たすため、ケニアをはじめ、エチオピア、インドネシア、フィリピン、北米など世界各地で地熱発電の取り組みが進められていることがCOP28に参加していてわかりました。これらの地域は、地球規模でのエネルギー転換をリードすることが期待されています。地熱発電は、再生可能エネルギーの中でも特に安定した供給が可能な技術として、今後ますます重要な役割を果たしていくことでしょう。


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