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失恋から始めるわたしのはじめかた③発見!

昨日、「あ、人生って意外と単純なんだな」ってことがあったのでシェアしておく。ちなみに、③だけど、全く続きじゃない。発見!だ。でも今まとめた方がいいことだと思ったのでまとめさせて!

「失恋から始めるわたしのはじめかた③発見編」
スタート☆

いきなりぶっこむが、昨日、こんなツイートをした。

”失恋から始めるわたしのはじめかた”、というタイトルで文章を書いておきながら、こいつ、全然恋愛始められてねぇ!!
と思った方、ごめんなさい…。はい、その通りです…。こじらせてます。26歳以降も恋愛はたくさんするけどなかなか自分の感情を扱うのは難しいですね…トホホ。

まあ、そんな闇ツイートをしたわけだが、そこで、女優の先輩の高橋さんが一つの動画をシェアしてくれた。マツコ・デラックスさんの幸せの定義の話だ。(気になったら私のツイートのコメント欄見てください!)
マツコさんは”極論、幸せは他人を介在させずに喜びを得ること。”だと言っていた。それを見てそうだな、と思って、私の恋愛観がこじれている原因について気が付いたことがあった。

わたしは、自分の幸せを他人がくれる好意で満たそうとしていたのではないか?だからうまくいかないのではないか。ということだ。

私ももう私を32年もやっているわけだから、自分のことはそれなりにわかっている。自分が楽しいと思える時とか感情とかもわかっている。しかも、めちゃくちゃこの6年自分のこと考えて向き合ってきたから自分の闇についてのこだわりがある。

ここからは多分だけど、自分の闇の形を考えて考えて考えているから、
自分を満たすためには、これ!っていうのがもう私の中では決まっている。
だから、他人が、そりゃ!ってくれるものは、
違う!私の求めてるのは、これ!なの!そりゃ!じゃない!(´;ω;`)嫌い!
ってなっちゃうわけだ。
…伝わるかな?(笑)

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ここでちょっと仕事の話をすると、私は今心の相談を聞く仕事をしているのだが、仕事で心理相談を受けているとき、うまくいかないときもそうだ。
相手は、こちら側に”完璧な理解者”を求めている。
それだけ苦しいのだ。誰かにどうしてもわかってほしいし、自分の欲しい言葉を言ってもらいたい。
でもそれって、その人自身の中にしかない言葉だし理解だから、他人がどうやってもそこにたどり着けない。むしろ、簡単に分かったふりをされたらすごく腹が立つ。とても綿密で正確で繊細な部分だ。たとえ同じ言葉であってもニュアンス一つ違えば全然違う。正確に、これ!っていうのが決まっているのだ。
だから話を聞いてくれている相談員が言葉を紡いでも、「違う違う!そうじゃない!なんでわかってくれないの!この無能が!」と怒れてしまう。
しょうがないよね。だって自分の中にしかないすごくすごく大切な部分なんだもん。それがちょっとでも違ったらすごく怒れるのは当たり前だ。
大切なぬいぐるみがちょっとでも変わったら違う。と思うのと一緒だ。

だけど、悲しいかなそれを私たちが正確なものを与えるのはほぼ不可能だ。
そこからは自分で自分を癒す方法を見つけるしかない。
他人に任せられない、その人の孤独な部分であり、孤独を埋めるピースがその人にしかわからないなら、自分で見つけて(もしくは作って)埋めるしかない。
私たちはそれを手伝うことはできても、埋めてあげることはできないし、きっとその人にとっても自分自身で埋めるのが一番いいと思う。

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長い前置きになったが、私もそういうことなのだ。
動画を見て、
私の孤独を埋める方法を私はもう知っているのに、なぜそれを誰かに埋めてもらおうとしていたんだろう?と思った。
私の孤独は私の孤独でしかない。私が他人を介在させずに自分で埋めていけばいいものだ。なのに、それを他人にやれ!と言っていたのはどういうことだ。正解がわかっていながら腕を組んで超難問を解かせている怖い先生(違ったら体罰)と何ら変わらない。こわっ。

私は、自分の恋愛がうまくいかないのは自己肯定感が低いからだと思っていた。いろんな本にそう書いてあるし、もともと自己肯定感低い方だから納得はしていたが、26歳で「やばい自分変わらなきゃ」って思ってから頑張って自分と向き合ってきたし、ちょっとづつ自己肯定感も育ってきていると感じている。
なのにまだ、恋愛で起きる感情にうまく対処できずにいるから「まだ低いんかな~どれだけ自分好きにならなかんねん(-"-)」とややムカついていた(笑)

まあ、それは冗談として、恋愛がうまくいかないのは自己肯定感が低い、という考えにやや引っ掛かりを覚えていたのも事実だ。
多分それも一つの要因だけど、私の場合違ったことに昨日気が付いた。

自分の求めるものを他人に押し付けすぎだったんだ。(ごめんなさい)

過去の依存体質では、自分の求めるものがわからないから他人のくれるものに依存していたのだと思うけど、今はちょっと気づいちゃったから、他人のくれるもの違うってなっちゃう。
これ、結構30代のこじらせ女子は同じ人多いんじゃない?と思う。
だんだん自分のことわかってくると、他人じゃ自分を満たせないのだ。

だから分かった。
自分の孤独(穴)と他人のくれるもの(ピース)を分けて考えるんだ。

自分の孤独(穴)は、自分(の的確にはまるピース)で満たす。
他人のくれるもの(ピース)は素直にありがとう(o^―^o)ニコト受け取る。
そうすればいいだけのことだった。

以上、「あれ?人生って意外と単純なことだったんだ」と思ったことだった。

これってすごく大事なことで、本当にわかってよかったと思っている。
高橋さんに感謝感謝だ!

そして、もう一つ、書かせてほしい。
さっきの考えが認められて、それに追随するように、もう一個自分の中にしっくりきたことがあった。

自分のどうにもできないことで悩んでもしょうがない、という考えだ。

これ!よく聞く考えだし、そうすれば楽になるのは分かってはいるけど…どうしてもどうにもできないことを気になってしまいませんか?私には、どーーーうにも自分になじませられない考えだった。わかってるけどなかなかそんなに強くなれないよ(泣)と思っていた。
自分にはどうにもできないこと、とは例えば、過去、他人、天気などなど。

でも、この考えがいきなりしっくりきて納得がいったのだ。
自分で自分を満たせていて、他人の行動はありがと~って受け取っておけば、そんなに自分でどうにもできないことに振り回されなくてもいいじゃんって考えになった。ちょっとわかりずらいので絵を書いてみた。↓

これは、好意に対して「ありがと~」と返して、連絡が来ないなどのネガティブなことに対して「まあいっか。」と捉えている図である。
自分は自分で満たすとして、他人からのアクションは全て贈り物だと捉えると、贈り物がなくてもそんなに怒らなくて済む。

怒っているときは自分で自分を満たしたらないので、満たしてあげればいいのだ。

大切な人同士のけんかが大丈夫か、とか、こんなこと言ったら相手は傷つくんじゃないか、とかも極論一緒だ。
もちろん他人に気を遣うことは大切だけど、誠意をもってやった後は悩んでも仕方ない。そんなこと考えるなら自分を満たして、それで他人の行動に揺るがされないよう自分をぶれないようにして、ほかのことは全てプレゼントと捉えるようにしてしまえばいい。気に入ったプレゼントなら喜べるし、気に入らないプレゼント(嫌なこと)なら別に要らないけど自分は減らないからまあいっか。と思えばいい。他人の考えなんて結局わからないんだから。

という考えに至った!!

すごい!ついに!わたしえらい!

「失恋から始めるわたしのはじめかた~完~」


となりそうだけど、まだまだ書きたいことがたくさんあるので続きます。
続けさせてください^^

しかし、話を戻すと、私がこの考え方を受け入れられなかったのは、認識する順番が違っていたり、点と点がつながっていなかったからだと思う。
それに、まず、他人を介在させず自分を満たす方法がわからないとこの考えはどちらも無理だ。なので順番としては、

自分の孤独を自分で満たす方法を習得する。
          ↓
自分の孤独は自分で埋める。他人のくれたものは素直にありがとうと受け取る。
          ↓
自分のどうにもできないことに悩んでもしょうがないと認める。

がいいと思う。

私が自分の孤独を認識して自分で埋める方法を習得した経過をこれから「失恋から始めるわたしのはじめかた」で書いていこうと思う。
実際これが一番難しいよね。
まだまだきっと完璧じゃなくて成長途中だけど、ゆっくり、自分の中でも整理しながら書いていきたいな。

よろしくお願いします。

≪④へ続く≫

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