「お父さん、愛ってなに?」
4歳になる長男が聞いてきた。
「お父さん、愛ってなに?」
あまりに突拍子のない質問に私は唖然としてしまった。
妻はその状況が面白くて噴き出していた。
長男は最近いろんなことを聞いてくる。
まったく意味の分からない質問もあるし、答えようのない質問もある。
例えば「赤って、なんで赤色なん?」だ。
私は少し考えて「それはもうな、そういうことに決まってるからや。あの色には赤って名前がつけられてるから赤色なんや」というふうに答えた。
まるで答えになっていないが、4歳児は納得する。こうして、大体の問いには子供騙しでその場を凌ぐ。
ところが「愛とは何か?」だ。
人の営みに根ざす極めて重要な概念。
これは父として真面目に答えなければならない。
しかし、どうだろう。
愛をどう説明したらいいものか。
少し考えて言った。
「お父さんがお母さんや長男や次男や三男を大切に想うような、誰かを幸せにしたい気持ちを愛っていうんや」
「ふーん、そうなん」
一瞬で問答は終了した。
次の瞬間には、またよく分からない質問だ。
このヤロウ...
この質問をきっかけとして、ふとしたときに「愛」とは何か考えるようになった。
そういえば、ミスチルの名もなき詩にこんな歌詞がある。
難しい言葉を使わずに納得させてくれる名言だ。
こないだ小雨の日、ちょっと出かけるタイミングで傘をさそうとした。
けれど、なぜか傘が一本しかなかった。
そのあと妻が出かけることも分かっていたので、私は傘を置いて出かけた。
小雨に濡れながら「あ!これは愛だ」と気付いた。気がつけばそこにあったというわけだ。
そして、また名言が頭に浮かんだ。
傘を持たぬゆえに、その後本降りになってもなす術なく、びしょ濡れになってしまった。
愛はおもいやり。ときに自己犠牲。
今度息子が聞いてきたら、この話をしようと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?