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ヴィパッサナー瞑想とマインドフルネス瞑想の違い

マインドフルネス瞑想とはヴィパッサナー瞑想の宗教色を排し、現代風にアレンジしたものだ。 マインドフルネスはパーリ語のサティの英訳なのだが、巷では、瞑想という意味でも使われている。 ヴィパッサナー瞑想とマインドフルネス瞑想の違いは、宗教色があるかどうか、だ。

広義の意味でのヴィパッサナー瞑想は、五戒を守り、ブッダの行っていた瞑想を行い、悪いことはせず、善いことを行うことを指す。 狭義の意味でのヴィパッサナー瞑想は、ブッダの行っていたヴィパッサナー瞑想そのものを指す。

広い意味でのヴィパッサナー瞑想についてもう少し詳しく説明しよう。 まずは「戒定慧」の説明からだ。 「戒」は五戒のことで、「定」はサマタ瞑想、「慧」はヴィパッサナー瞑想のことだ。 五戒とは5つの戒律のことで、次の5つを守ることだ。

「盗まない」
「不倫をしない」
「嘘をつかない」
「殺さない、傷つけない」
「お酒を飲まない」

五戒を守り、心が落ち着いた状態でいることが瞑想の前段階。仮に人を傷つけ、嘘をつき、不倫をして、盗みを働き、お酒を飲む生活をしていては 心が落ち着くことなく、瞑想どころではないだろう。 「定」はサマタ瞑想。一点に集中する瞑想のことだ。
「慧」はヴィパッサナー瞑想のこと。瞑想中、観察する為には集中も必要で、集中していないと観察することは出来ない。 五戒を守り、サマタ瞑想の修行を積むことで、 ヴィパッサナー瞑想を行うことが出来る。
「戒 → 定 → 慧」
次に七仏通誡偈(しちぶつ つうかいげ)を紹介する。

七仏通誡偈(しちぶつ つうかいげ)
諸悪莫作(しょあくまくさ) もろもろの悪を作すこと莫(な)く
衆善奉行(しゅぜんぶぎょう) もろもろの善を行い
自浄其意(じじょうごい) 自ら其の意(こころ)を浄くす
是諸仏教(ぜしょぶっきょう) 是がもろもろの仏の教えなり



サティで、自分の心の反応を止め、慈悲の瞑想や、善いことを行うことで、 心の反応パターンを変えていく。これが広い意味でのヴィパッサナー瞑想だ(ものすごい簡単な説明だが)。

マインドフルネス瞑想はブッダの行っていた瞑想を行なうにとどまる。 五戒を守ったり、悪いことはせず、善いことをしたり、といった倫理的、宗教的側面は排除されている。

以上がヴィパッサナー瞑想とマインドフルネス瞑想の違いである。


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