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【珈琲と文学】小川洋子・堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』

本日の文学案内は
小川洋子・堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』
です。

あらすじ

きみはなぜ、まぶたを閉じて生きると決めたのーーー。
かつて愛し合い、今は遠く隔たった「私」と「ぼく」。交わす言葉、ぬくもりの記憶、十四通の手紙から、やがて浮かび上がる哀しい秘密に、どこであなたは気づくでしょうか。
互いの声に耳を澄まして編み上げた唯一無二の物語。その執筆過程を振り返る著者対談を収録。
届くはずのない光をとらえ、周然が必然に変わる、純水のように豊かな小説世界。

中公文庫 あらすじより


解説

いまは遠く離れてしまった恋人同士の、
14通の手紙のやり取りのみによって構成された物語。
女性パートを小川洋子さん、男性パートを堀江敏幸さんが手がけている。芥川賞作家の二人による、美しく哀しい物語。

手紙に綴られるのは、詩のように美しくて抽象的な言葉と、膨大な質量の「知識」。
その融合が、幻想的かつ独創的すぎる文章世界を生み出している。

それは最早誰も到達できない宇宙世界であり、
しかし、ただ一人にだけ想いを伝える手紙に間違いない。

作家として、人間としてのお二方の叡智の深さと、果てしない世界観にただただ圧倒される。

作中で膨大に語られる「知識」。
それはなにかと言うと、例えば、

アウシュビッツ収容所とアンネ・フランクの日記の話。

荷電粒子が水などを通過したあとに放たれる現象の「チェレンコフ光」について。

パブロフの犬などの、実験動物の話。

初めて宇宙へ行った犬・ライカについて。

日本で初めて誕生した五つ子と、それを追った新聞記事。

渡り鳥の習性とそれを利用した実験。

船舶気象通報が「各局、各局」で始まり、
必ず「おわり、さようなら」で終わること。

などなど。
話題は、歴史や科学的な話など、多岐に渡る。
こういった「知識」が、泉から滔々とあふれる水のように次から次へと繰り出される。

それは多分に難解さを生み出しているが、決して単なる知識をひけらかしたいスノッブ的なものではなく、あくまでも相手へ想いを伝える手紙の「要素」として用い、力強く、やさしい文章を作り出している。


感想&見どころ

見どころはやはり、
手紙のやり取りのみ」による物語であるということでしょう。

しかし、美しいタイトルとあらすじに惹かれて買って読んでみたところ、想像を絶するようなわけ分からん世界が広がっていました。
先に書いたような知識の応酬は興味深くはあるのですが、頭がパンクしそうな程の質量で、僕は休み休み読んでいました。。

けど、さすが芥川賞作家というべきか、それを書き著す詩的で洗練された文章に魅了されて、
結局「読まされてしまう」という現象が起きていました。

読書好きとして、ここで読むのを止めると勿体ないというか、悔しいというか、そんな気持ちになります。

様々なむつかしい話を織り交ぜながらも、
あの時思っていたこと、
言えなかった言葉、
閉ざした視界の内側で見ていたもの
それらを綴る文章には、感情を揺さぶられることも多かったです。



「自分」と「相手」という二者の想いが言葉という媒体によって融け合わさり、
二人だけの、二人にしか分からない世界が生まれるものが「手紙」なんだと、この話を読みながら考えていました。

僕も言葉で話すのが下手くそで、
その分、たくさん文章を書いてきました。

文章を書いてると、書くことは、自己と向き合い、自己を捉え直す行為であると感じます。

そこに、相手の存在を意識することが加わったのが、手紙をしたためることではないでしょうか。

自分を見つめながら、相手を思う。
⁡相手を思いながら、自分を知っていく。
これはすごく美しい行為だと思います。

僕はこの話を読んで、そんなことを思いました。


 海から千六百キロ以上も離れたアマゾンの奥地では、塩分を摂取できない蝶が、ナトリウム不足を補うため、カメの涙を飲みます。肉食のカメは体内にミネラルを蓄えることができ、それが涙と一緒に流れるからです。
 カメに苦痛や実害はありません。別段、迷惑そうな素振りも見せず、黙って蝶の好きなようにさせます。
 「写真も載っています。カメの鼻先に蝶々が止まって……まるで天国の一場面みたいじゃありませんか」
 今度生まれ変わる時は、アマゾンのカメと蝶になって、あなたに出会えたらいいのにと思います。

本文より

珈琲案内

◎ネパール 深煎り

ネパールの珈琲は、
世界最高峰のヒマラヤの麓で栽培されます。

豊かな自然に溢れ、ヒマラヤの水の流れる山麓で育った珈琲は、苦味と酸味のバランスが良く、そして芳醇な甘味が感じられます。

ネパールの珈琲は浅煎りもおすすめですが、
深煎りのコク深い仕上がりによって、
銀嶺のヒマラヤのイメージが口いっぱいに広がります。

その宇宙に届かんばかりの壮麗な味わいとともに、
ぜひこの一冊を読んでみてください。

僕が焙煎した豆です☕️

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