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あなたと私が海の中 〈石垣島〉

(2022年8月)

夏真っ盛り、太陽がこれでもかと自己主張する石垣島でダイビング漬けの夏休みを過ごした。日中ずっと海の上にいて1日3本潜るという、私としては息切れしそうにアクティブな毎日であった。しかしながら今回の主目的は海そのものというよりは、ダイビングにまつわるとあるイベントにあった。


始まりは2021年夏

波照間での夜のことだ。同い年のダイビング友だちであるIさんが「彼氏ができた」と嬉しそうに、そして「でも酒も飲まないしダイビングもしないから続かへん気がする」と自虐的に語った。それに対して天使のようなAさんは「よかったねー」と100%の祝福をし、私は「それ続かない気がするねー」とそこそこ失礼なコメントをした。そうして満天の星空を眺めながら40代の夜が更けていったことは、以前のブログで認めた通りである。


2021年12月29日

それから数ヶ月後の石垣にて。海辺のおしゃれイタリアン・ソレマーレに波照間女子3人で集合した際、Iさんから「実は…結婚することになりました!」と報告を受けた。びっくりぽんのスピード婚だ。付き合い始めてから一年が経つ8月を待って入籍し、新婚旅行を兼ねた石垣旅行で、旦那さんに人生初のダイビングを体験させる計画なのだそうだ。この時はAさんのみならず、さしもの私も心から祝福した。ゴールインに至ったことが意外ではあったが、〝ここが合う〟と思って始まる恋愛も大半が終わるのであれば、結婚とはそんなものかもしれない、などと思った。明日からダイビングが始まるという初日に、ワインを3人で2リットル飲み干した。そしてその後の年末年始はIさんの突然の結婚宣言にシートリップ(石垣島でいつもお世話になっているダイビングショップ)中が沸いた。


2022年ゴールデンウィーク

ふたたび石垣にて。Iさん不在の今回、それ以外のメンバーでIさんの結婚話に花を咲かせた。そして5月4日、滞在も後半となる源での出来事である。本マグロを求めて訪ったがあいにく揚がっておらず、いつものアテで八重泉をじゃんじゃん飲んでいた。そんな酒の席でのノリで、誰かがふと「サプライズで水中結婚式とかどう?」と言い出した。それに対して「おおいいね!」「じゃあ自分は神父役やるよ」「いいカメラ持ってる〇〇さんはカメラマンね」と、ノリで話が進んだ。そのままノリでLINEグループが作られ、そこに〝いつものメンバー〟がどんどん加わり、総勢10名のチームが出来上がった。神聖なる一大プロジェクトは、このようなノリで始まったのである。


その後

Xデーは8月12日に決まった。社会人が集まった時のおもしろ企画は我慢比べのようなもので、「そろそろ準備しないとやばい」と最初に思った人間が雑務を請け負う展開になる。仕事でもよくある慣れたシチュエーションなのだが、せっかちで段取り重視の私はだいたいその展開にハマる。ただし今回は、いつも事前の計画に余念のないAさんという心強い相棒がいる。Aさんは天使であるばかりか、石垣滞在中のみんなの食事の段取りなどを細やかに考えてくれるコーディネーターでもあるのだ。6月末頃から白いスカートやベール、造花、手袋、蝶ネクタイなどをポチりポチりと手配し始めた。
この間、まるで江ノ島にでも行くように身軽に頻繁に石垣を訪れているAさんは、現地でショップの方々との打ち合わせを重ねてくれた。ショップ側ではガイドのゆかさんが世話役を買って出てくれたのだが、これがまた大変に心強く、たくさんのアドバイスをくれたばかりか、たくさん手足を動かして協力してくれた。
そして7月末にはAさんのお宅である川崎某所の老舗寿司屋にお邪魔し、2人で準備に勤しんだ。水中でベールやスカートがフワフワしないよう錘を縫い付けたり、着やすく泳ぎやすいようスカートを真っ二つに切ってマジックテープを縫い付けたりといった作業を行った。

余談だが、この時ご褒美としてAさんのお父さんが握ってくれた昆布締めのヒラメと皮を炙ったノドグロのお寿司が美味しすぎて今でも毎日思い出している。


そして始まった夏休み

8月に入るとAさんが真っ先に石垣入りをし、私は6日から合流した。それからはゆかさんと3人、顔を合わせるたびになんとなく打合せが始まり、船の上が会議室じみた。大ボスである太造さん(ショップのオーナー)からは段取りを明文化するよう指示があり、その夜中に目が覚めた勢いでシナリオを書き上げた。翌朝太造さんからOKをもらい最終シナリオが完成…と思ったが、このあと太造さんと話すたび段取りは刻々と変わっていくこととなった。前日にも変わり、なんなら当日にも変わった。ブラッシュアップが続いたのだと思っている。何事も捉え方が大切だ。

8/10

主役の2人が石垣入りし、定番のソレマーレで最初のお祝い会が催された。この日の懸念事項は「全員初対面となるIさんの旦那さんの隣に誰が座るべきか」ということと、「2人を目前にしてサプライズのソワソワが伝わってしまわないか」ということであった。行きがかり上隣には初対面向きではないKGさんが座ってしまったが、Iさんの旦那さんは想像以上に人当たりが良く優しげな方で、万人に好かれるD園夫妻のほのぼの感も手伝って場は温まった。また「サプライズということは本人には言ったらあかんのよね?」とわざわざ事前に確認を入れるSIさんあたりがうっかり口を滑らせないかとも心配したが、これも杞憂であった。花火がパチパチしたお祝いのデザートプレートで健全に盛り上がり、とてもいい雰囲気で終わった。

8/11

ようやく全員が揃ったこの日の夜はIさん夫妻が別行動だったため、源で最終の打合せが行われた。奇しくもゴールデンウィークと同じ店である。ひとつ目のサプライズとなるフラッグへのメッセージを書いているところに太造さんも合流し、あれやこれやと確認し合った。この日の昼間のダイビング中に、結婚式の舞台は黒島にしようと決まっていた。数日前に潜った際、透明な海と白砂が抜群に美しかったのだ。黒島方面へ遠征する場合に心配なのは、初心者の旦那さんの船酔いだ。万全を期すため、Iさん経由でアネロンのダブル処方(夜寝る前と朝起きてから飲む鉄壁の飲み方)を依頼していた。こうしてできる準備はすべてしたと思われたものの、すでにアルコールが入った中〜高年男女が完璧にシナリオを頭に入れ動けるかというと、かなりの疑問が残っていた。

8/12

ついに迎えた当日。誰の行いが良かったのか、天候も海況も抜群のベタ凪である。船はほとんど揺れることなく、黒島に近づくにつれ、海面はツルツルのスケスケで、まるでどこかの豪邸のプールのようにキラキラと誘惑してきた。

そしていよいよ記念すべき体験ダイビングの1本目、全員でメッセージ入りのフラッグを持って背後から近づいた。我々からするとサプライズの前菜のようなものだが、Iさんたちは十分すぎるほど驚き喜んでくれた。

そしてお昼を食べたらいよいよ本番である。もう誰のソワソワも隠すことができない。案の定何度も変更になったシナリオに付いて来れていないメンバーが何人もいて、思わず「しーっ!」と言うほどところ構わず質問を受けた。大丈夫なのだろうか。私はにわかに緊張してきた。打ち合わせ通り、エントリー前のブリーフィングでサプライズが発表される。Iさんがびっくりする姿も予想通りで上々の滑り出しだ。
エントリー後は縦二列で待機するイメージだったが、神父役の太造さんからは横一列に並ぶようにと指示された。「横?」と思いつつも、なんとなく「あぁ、V字かな」と奇跡的に全員が解釈してわらわらと位置につく。
待つことしばらく。いよいよ新郎新婦の登場だ。まずは新婦Iさんが余裕の泳ぎでやってきた。感無量である。ベールは少し軽すぎたかもしれないが、スカートとともにフワフワとして透明な海と白砂にとてもよく映える。

そして旦那さんもゆかさんにサポートされながら登場する。初ダイビングであるにも関わらず落ち着いており、耳抜きも問題ないようで安心する。

みんなの前に2人が並んだあとは、誓いの言葉や指輪交換、誓いのキスといったアドリブも込み込みの式が執り行われた。

通常の結婚式では色々な音や声や音楽が飛び交うところだが、水中では自分の呼吸音しか聞こえず、厳かで神聖な気分になる。とはいえ私の脳内では『てんとう虫のサンバ』の替え歌がゴスペルのように流れていた。「あなたーとわたーしがーうーみーのーなかー、砂地のきれいなポイントでーけっこんしきーをあげましたー」という具合である。最後は全員で写真撮影をして、いったん水底で解散した。
解散後はせっかくなのでひと泳ぎして…と目論んでいたのだが、念には念をということで、先にエキジットすることになった。海から上がってきた新郎新婦に炭酸シャワーをするという最後のサプライズが待っているのだ。直前にリハーサルしてみたがうまくいかず、強炭酸水を数本使ってようやくコツを掴んだ。どうやら振りながら炭酸をかけるのがポイントのようだ。早く上がって正解であった。全員で海面を注視し、2人を待ち構えた。まるで小学校時代の先生待ちのようである。そしていよいよ「きたーっ!」とばかりに、掛け声に従い、海から上がった2人に炭酸水をぶっかけた。動画で見る限りは思った以上に綺麗なシャワーになっていた。そして衆目の圧力のもと、旦那さんは「Iさんを幸せにします」「ダイバーになります」と2つの誓いをした。

ちなみにカメラマン(静止画)係のSIさんは縦横無尽に動き回り高級カメラにワイドレンズを付けてシャッターを切りまくってくれた。…が、しかし、嘘のような本当の話で、写真は記録されていなかった。原因は不明である。カメラマン(動画)係のMさんもゴープロ片手に縦横無尽に動き回っていたが、こちらはドラマティックに記録されていた。そしてなんとなくみんなカメラを持って参列していたので、なんとなく写真は集まり事なきを得た。そんなわけで、プロフェッショナルなSIさんの姿をとらえたこの写真は私のお気に入りの一枚である。

それにしても、見事なまでの好天と素晴らしい海況に恵まれた。何よりシートリップのムードメーカーであるIさんが「感動して泣いた」と何度も嬉しそうに話している姿に、全員がほっこりと幸せな気分になった。
常連客たちの悪ノリに近いノリで始まった企画に全面的に協力してくれた太造さん、昌子さん、ゆかさんに心から感謝である。

若干の燃え尽き感を抱えた我々はその夜、次のサプライズイベントはないかと話し合った。しかし周りを見回しても後に続く結婚はなさそうだ。近いところでD園夫妻の還暦祝いではないか、という話になった。赤いちゃんちゃんこ以外に思いつくことはなく、何よりすでに本人込みで話しているのだから、サプライズもへったくれもない。要はそんな風にみんなで話している時間がプライスレスなのである。


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