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山小屋物語 14話 山の上のコロニー

山小屋の一日は忙しい。朝五時半から仕事が始まる。食事とお茶の時間以外に、地べたにお尻をつけて座れることはほぼ無い。

小屋掃除、布団を屋根に干す、シーツを広場ではたく、寝具やカーテンを繕う、売店の在庫チェック&補充、トイレ掃除、焼き印の番、トランシーバーを抱えて走って5合目に降りてツアーとガイドを引き合わせる、お客の誘導、館内説明(絶景)、さまざまな接客、送り出し、調理、配膳、片付け、ゴミ捨て、床掃除・・・。

このように、小屋での生活はたしかに忙しいのだが、せわしないのとは少し違う。夏の始めに入ってきた新人たちが、一通りの仕事に慣れてきた頃、我が家(従業員の総称)には一体感が生まれ、と同時に余裕が生まれてくる。
なんの余裕か。
冗談を言う余裕である。

ある時「すみませーん!下山道はどこから行けばいいですか?」迷った登山者が小屋のドアを開けた。若く、ニコニコした夫婦だった。

ちょうどお茶の時間で、広間には従業員が和んだ様子であぐらをかき、おやつを食べているところだった。

振り向いた三年目の番頭が答える。
「トイレの横の道をまっすぐ登っていけば、下山道に通じますよ」
すると、夫婦は、午前10時頃の山小屋の【のんびりした我が家の雰囲気】に気を許したのか、興味をそそられた様子で身を乗りだし、質問を重ねてきた。
「皆さん、ここに住んでいるんですか?(ワクワク)」

番頭「そうですよ。生まれたときからずーっと、ここに住んでいます」

(女の子達が、やだもう、と顔をそらしてクックックと笑う)

登山者夫婦の旦那さん「へえー!!!(目を丸くして驚く)じゃあ、皆さん、家族なんですね」

他の番頭「おうよ!」
(奥さんはなにも言わずニコニコしている)←いつも

旦那さん「じゃあ、学校なんかはわざわざ下山して通ってるんですか?」

番頭「僕ら山の上で生まれて、山の上からほとんど降りたことないんです。本八合目に学校があるんですよ。山小屋の子供はみんなそこに通うんですよ。」
旦那さん「へえーーー!!!すごい!!!そうなんですか!!!」
ブフーッッ 何人かが茶を噴いた。
アッハッハッハ 全員大笑いである。ウケすぎて泣いてる者もいる。
※注 そんな学校は存在しません!トゥルーマンショー(解説は最後)かっつーの!!!

たぬきに化かされたような顔をした夫婦は、
怒りもせず、笑いもせず、目を白黒させながら下山していった。

携帯の電波も満足に届かない山の上。毎日忙しく働き、下界に置いてきた恋人とも連絡が途絶えた面々。

こんな
罪の無い悪戯なら、神様も許してくれるだろう。

富士山の神様は、木花咲耶姫という美人さんです。

(解説)
トゥルーマンショー・・・生まれた時から私生活をすべて番組として放送されているトゥルーマン(ジム・キャリー)。知らないのは本人のみ、周囲はみんな俳優、というあらすじの映画。1998年制作。

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