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山小屋物語 3話 初仕事と変な番頭

朝5時15分、携帯のバイブで目覚める。女の子たちは目覚めるやいなや、布団をたたみ、部屋の外へ出ていく。

外の厠で用を足すと、そのまま番頭(男子バイトの呼称)も厨房(女子バイトの呼称)も
客室へ向かい、小屋掃除、いわゆるベッドメイキング、をするのが毎朝の習慣だった。

男女混じって作業をするのは、小屋掃除だけなので、女子のしがらみから解放されて、なんとなくホッとするひとときでもあった。

小屋掃除の手順は、まず寝袋を全て室内の棚かポールに上げ(天気の良い日は天日干し)、寝床を箒で掃く。次に嘔吐物や落とし物を、決められた手順で処理・消毒する。

床にチリひとつなくなったのを確認したら、最後に枕を所定の位置に等間隔に並べ、そこに寝袋を見た目が良いようふわっと空気をはらませて置き、完了だ。

初仕事の朝、私はしゃがみこんでちりとりでゴミを集めていた。

そこへ、誰かが酔拳のようなよろよろした足取りで近付いてきた。

「あなたが、T大学の新人ですか?」筋肉質な脚が見えた。顔を上げる。天パーにタオルを巻いた番頭が、こちらを見下げながら酔っ払いのごとく絡んできた。やけに言葉遣いが丁寧なのが、態度とちぐはぐでおかしかった。

「あ、はい」

「あの、クソみたいな大学に通って、楽しいですか?」

えっなにこの人、初対面なのに、めちゃくちゃ失礼だし、意味わからん。

「まだ入学して間もないのでちょっとそこまで(クソ大学かどうかは)分かりません」などと答えていると、先輩の明奈さんが耳打ちしてきた「あの人はベイソンっていって、T大を休学してバイトしてるのよ。だから謎い質問してくるけど、あんま気にしなくていいよ」

あ、同じガッコなのね・・・なるほど。
夏休みを返上して富士山で働こうなんていうくらいだから、バイト仲間には変人が散見されたが、人のことは言えない。何を隠そう、遊ぶ金欲しさに、適性があるかもあやしい山小屋バイトに飛び込んだのは私も一緒だ。

とにかく仕事を覚えよう。と、脇目も降らず寝袋を並べていると、

六時過ぎ、「みなさーん、我が家ですよーーーーーー!!!」という声が厨房から聞こえてくる。
朝御飯の合図だ。皆が小走りで階段を降りていく。

つられて一階へ向かうと、

卓袱台の高さの長机が五本、広間に並べられていた。その上には見たこともないくらいくらい、ちゃんとした【ザ・日本の朝御飯】ーご飯、味噌汁、納豆、温泉卵、沢庵としば漬けと塩辛と煮豆と、そして日本茶ーが、26人分、ところ狭しと並べられていた。

窓から差し込む朝日に照らされて、煮豆はキラキラと輝き、味噌汁の湯気は各々の碗から白く立ち昇っていた。

見ると男性陣が座ってから、女性陣が座るようだった。
最後に、その朝厨房でたった一人でこのご飯を準備した女の子がバタバタと着席した。

「合掌!!!」バチンと両手を合わせる音が広間に響く。「いただきます!!!」と全員で言ってから、一斉に食べ始める。食事は正座で、無言で頂く、というのがこの小屋のしきたりだった。

私はおかずを見回して、豪華すぎる。朝からこんなに食べられないよ、と思ったが、朝五時半から肉体労働をしていたので、どんどん箸が進む。気が付けば完食していた。

ふと横を見ると、先輩たちが、食べ終わったご飯茶碗に日本茶を注ぎ入れ、沢庵をひと切れ放り込んで、箸で器用に汚れを落とし、その沢庵を食べ、淀んだ茶を飲み干した。
見よう見まねで同じようにした。

ごちそうさまをして、食器を運ぶ。どれも使用済みとは思えないほど、すでにピカピカに(沢庵で)磨かれていた。

厨房に入ると、息も吐かせず、怒濤の皿洗いと弁当制作がはじまった。
「あっこちゃん、そこ邪魔」
「今なにしてるの?」
「沢庵もまともに切れないわけ?」
小姑たちは呼吸をするようにいびってくるが、本当に自分はたくわんもまともに切れなかったため、いじわるでいびっているというより、基本的な炊事ができないことに呆れられている感じだった。

お茶うけの西瓜、切っといてと言いつけられて、包丁持って立ち尽くす。でくのぼうもいいとこだった。

厨房で働く女子は全部で7人。学生とフリーターが多かった。モーニング娘。一期/二期/三期 のような感じで、同期同士でガッチリ固まっていた。上下関係もはっきりしていた。年下でも、先に山で働き始めた人は先輩だから、敬語で話し掛けていた。

女の子同士は「なおちゃん」「はるちゃん」と下の名前でちゃん付けで呼びあった。番頭さんからは「なおさん」「はるさん」とさん付け。そして親父さんからは「なお!!!」「はる!!!」と呼び捨てされた。時には「エビチリ!」「芸術家!」と、あだ名を付けられて何年もそれで呼ばれ続けることもあった。

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