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道後温泉物語 2話 冷静と情熱のあいだに

道後商店街の黄ばんだアーケードを抜け、農協の脇の小路に入る。澄んだ水が流れる側溝沿いに歩くと、左手に巨大な四角い建造物が見えてくる。建物の手前で、バイトリーダーのタケウチさん(推定20歳)がくるりと私の方を振り向いた。日本人形みたいな顔立ちだ。やたらと目の上が青く唇が紅い。「新人さんこれが【ケンブン】、今日の派遣先よ」ケンブンってなんのことや?と思いつつ、ついていく。通用口の脇にでっかく【愛媛県民文化会館】と看板があった。ああ〜ケンブンね。略して言われてもわからんわ笑。
警備さんに会釈し通り抜ける。その奥の事務所のガラスドアの前で、もう一回タケウチさんが振り向いてこう言った。やはり目の上が不自然に青すぎる。「挨拶をちゃんと覚えてね?いくよ?」派遣された5人のメンバーが息を吸う音が聞こえた。腹に力を入れてバカでかい声で
「おはようございまーす!!サニーカンパニーです!失礼します!お世話になります!宜しくお願いしまーす!!!」
耳がキーーーーーーン。軍隊かと思った。
リーダーが一歩踏み込むと、事務所の奥からでっかいガマガエルのような支配人が現れた。
「おう、おはようさん。早かったな。今日は先飯行ってから、真珠の間ァ頼む。」支配人は派遣メンバーを舐めるように一瞥して「なんやタケウチ除いたらオバハンだらけやないか。もっとええコンパニオン派遣してこい言うたらんといかんわい…お?こいつは新顔か?」専務は私でなくタケウチさんに聞く。「はい、あっこといいます。宜しくお願い致します」私でなくタケウチさんが答える。「ハッまだお子様じゃな。若い言うても色気がないといかんわい」タケウチさんにやたらと強く背中を押されて深くお辞儀をする形になった。「イヤ〜ン支配人、あたしまだ24ですよぉ💕」ミクさんという、安室奈美恵をショートカットにして気怠くしたような雰囲気の人がクネクネしていた。

さてガマガエルが言うには、本日の宴会は18時に始まるためその分夜遅くなるから、女の子たちは先に地下の厨房でまかないを食べてこいとのことだった。働く前にいきなりご飯か!ラッキー!ひゃっほう!いいんですか?な気分で、姐さんたちについて謎の裏道を通り無機質なエレベーターに乗り込むと、地下の厨房に辿り着いた。だだっ広い厨房のステンレスの島のところどころで、おじいさんと言っても過言でない年代のシェフたちが山高帽を被ってフライパンを振っていた。「おお、どれでも好きなもん食わんか」
厨房の隅にしつらえられた長いテーブルには、
唐揚げ、エビチリ、サラダ、筑前煮、ソーセージなどが所狭しと並んでいた。これはつまるところ今から始まる宴会のメニューを賄い用に取り分けたものだった。一応食事も仕事のうちだから…と、私は姐さん達の分も山盛り磯辺揚げやフルーツを盛ってテーブルに持っていった。すると、既に皆凄い勢いで丼飯を掻き込んでおり、他人のおかずの配膳まで気にする者などひとりもいなかった。私は黙って大量の磯辺揚げを食べた。
(ははあ…お客様と同じバイキングがついてくるなんて、宴会場のバイトってめちゃくちゃええやん。)食い意地の張っている私はしめしめ…となっていた。


あっこ「すいません、枝豆は何と何の間に置くって言われました?」
メガネの兄さん「だから、エビチリと唐揚げの間や」
あっこ「はい」
若い兄さん「冷静と情熱のあいだですよ」
メガネ「お前は余計なこと言うなや」
疲れ切った顔した兄さん二人はケンブンのスタッフらしい。死んだ魚の目をしとるくせに、ちょいちょいくだらないギャグをかましてくる。兄さん寒ゥwと姐さんに突っ込まれながら、ひたすら、広間にずらーっと並んだ円卓に大皿料理を並べていく。料理にはぴっちりとサランラップがかかっている。お客様が入る直前に取るってことらしい。

裏から台車でケースごとビールとソフトドリンクが運び込まれてきた。各テーブルに何本ずつ、ラベルを正面に向けて置くんよ、と教えてもらった。
瓶をあっちゃこっちゃ運びながらしばらく我慢していたが、堪えきれずに、近くにいた姐さんにすみません喉が乾きました、と言うと、黙って裏に連れて行かれて巨大な製氷機の下方にある扉をガン!!と開け、
「好きなだけ氷食いな」と言われた。でっかい立方体の塊をガリガリかじっていると、最年長っぽい姐さんが「なんや氷かじって。あっこは糖尿病みたいやなw」と笑って通り過ぎた。皆、無骨だが悪い人ではなさそうだった。
製氷機の横に黄ばんだ『飲料価格表』が貼ってある。瓶ビールが一本1000円とあって、思わず高っ〜!と声が漏れた。高校生の頃は酒屋のレジをやっていたので、ビールの値段は1本なら674円、2本1348円、3本2022円…と暗記していたのだが、それと比べて随分高い。まあこんだけたくさん人を雇ってるから、人件費が上乗せされとんのか…等と考えつつ氷を齧った。


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