インシュアテック事業ベンチャーのデザイナーが米ビジネス誌Fast Companyのデザイン特集の事例から考えること(テックとデザイン編)
今回は、米のテクノロジーとデザインにフォーカスしたビジネス誌、Fast Companyのデザイン特集記事をまとめた1冊、”Fast Company Innovation by Design: Creative Ideas That Transform the Way We Live and Work"(『世界を変えるイノベーションデザイン - ビジネス誌ファストカンパニーが選んだ革新的事例』)の中における、自身の業務目線でも気になった事例紹介と所感を中心に展開していきます。
本記事はテック系の話題を中心としたとした本記事に加え、ブランディング系の話題を中心としたものを2記事に分けて展開していきます。
※ 原書で読んでいるため、本記事で記載する内容において、日本語版と違う表現をしている箇所が多い可能性あり。
1行所感:テック系のビジネスのデザインとは言え、エンドユーザーが人間である限り、人間としての課題を結局は(テック・イノベーションで)人間が解決しているんだよなと。
さて、どういうことか見ていきましょう。
シリコンバレーとデザイン
テック系の企業群の所在という点だけでなく、シリコンバレーは、この四半世紀においてユーザーだけでなく投資家にデザインの価値を訴求し続けてきている土地でもある。
Appleなどが製造するプロダクトがその先駆者的となっていることについてはご存知の通りであり、また課題解決のためのデザイン思考を提唱したデザインファームのIdeoを産んでいる土地であることも特筆すべきである。
これらの企業は、デザインを、コミュニケーション、働き方、購買の仕方、学び方、エンタメ消費といった分野でそれぞれがデザインを用いた実績を発揮してきた。
Appleあたりが連想させる中央集権的に強固に統一されたデザインの仕組みを持った組織やサービスから、Googleあたりを連想させる細胞組織的なオープンソース型のものまでデザインに対する取り組み方も多種多様である。
10代後半 ~ 20代前半あたりに、旅行などでシリコンバレー周辺を訪れた際、IT系で有名な土地であることは知っていたものの、だだっ広くて近隣のサンフランシスコといった街に比べて刺激的には感じられず、(少しキレイ目ではありつつも)アメリカの典型的な郊外の街といった印象を持っていた。
デザインに関連している歴史的な土地でもあるという認識は働くようになってから、後追い的どんどん着いていくこととなる。 20世紀前半のデザインのイノベーションにおけるバウハウスがあったデッサウなんかも、バウハウス跡地という点以外では当時、特段刺激的に感じられなかったんだよなぁ(それこそベルリンと比べて)笑
とは言え、考えてみればイノベーションは文化資本が揃った刺激的な大都市の近郊の、広々とした新規開拓されたエリアで、同様の価値観をもった人材たちが集中的に集まった環境の中で起きるのだなと気付かされたりもする。
現在、弊社が入っているオフィス環境で、同業/同職他社とのコミュニケーションが自然発生的に、活発に行えているかという点においては、「そんなにやれてないよな..」という感覚もあり、どうしたら(ノルマとしてコミュニティビルディングなどではなく)自然発生的にイノベイティブなコミュニティが育つのかという点には興味があり、近々趣味でリサーチしようかなと思っている。
プロセスが重要
デザインファームのIdeoが大成功した背景にはデザインをプロダクトだけでなくプロセスにも適応可能だということを世界に提示したということである。所謂デザイン思考というものである(Ideoのブラウン氏によるとデザイン思考のオリジネーターはエジソンとのこと)。プロセスをデザインしていくことは、世のCEOや執行役員にデザインの重要性の理解を促すキッカケともなった。
近年の、デザインをプロセスと捉えたサービスの最重要例として、aribnbの事例がよくあげられる。旅における最高の体験をデザインし、それを逆算して宿泊サービスのデザインを行い大成功した事例である。
airbnbでは、ピクサーのアニメーターを雇い、最高の旅の体験を1コマづつ絵コンテで描かせ、どのコマに自分たちのサービスがユーザーの体験を向上させられるか?という問いを課して設計を行なった。
デザイナーでもあるaribnbの創業者のチェスキー氏は、(このプロセスをデザインする手法で)これからも自分たちが成功し続けていくとも語っている。
ここで重要なのは、オンラインブッキングの仕組みの発明ではなく(すでに存在していた)、最高の体験が得られるストーリーを設計し、その逆算をサービスデザインとして落とし込んでいった点にある。チェスキー氏は、テクノロジーではなくむしろデザインで勝っていくことも可能であると語っている。
定量可能な目標に対する課題解決のために、私たちはデザインの力を使いがちであるものの(それはそれで重要)、本質的に自分たちが届けたい価値観の設計に対してデザインの力をいかに割いていくかも重要である。
結果のみでなく、プロセスといった点にも重きを置くことで、うまくいった施策/うまくいかなった施策が、自身のプロダクト全体のストーリーの中でどのように作用していたかを相対的に眺めることが可能である。
そこで課題となった箇所に対して、デザインの力で調整していくことにより、更に精度の高いプロダクトやサービスとして進化させていくキッカケともなっていく。
日々の業務の中のデザインの役割として、壁打ち的にたくさんの量の施策を繰り返していくことも、目標としている数値を達成させるための調整も、ステークホルダーを納得させる個別具体的なパーツや要素のクオリティのアウトプットも大切である。
ただし、デザインにおける大きなインパクトとしては、サービスにおける本質的に届けたいストーリーを仲間達と描き、そのストーリーにおいて自分たちのサービスがどのように機能し、設計していけるか?と言う点を皆で認識を合わせてデザインしていくことだと思っている。
初期macに携わったデジタルフォントのパイオニアのケア氏も「制作を始める前に、何をしたくて、何をするべきかを考える必要がある」と語っている。
考えるプロセス自体にも重きを置いて制作できる時間や環境が十二分に用意されている恵まれたクリエイティブ職などは、どうせ一握りかもしれない。
そんな中、現実的に各々の環境の中で、意識的にプロセスを重視する環境をいかに自ら獲得していくことが出来るか(生来、クリエイティブ職は現場レベルだと納期やステークホルダーからの指示に追われ/縛られがち)は常に気にしながらできる範囲でコツコツと、っていうのは重要だなとつくづく思いしらされる。
ヒューマンな体験
元Appleのアイブ氏は、当時のiBookの「スリープ」状態の挙動として、「生きている仕草」を持ち込んだ。自然な/有機的な雰囲気を感じさせる機能や効果である。具体的には、スリープモードに入った際のボワッと光っては消えたりする仕草を持ち込んだ。
それまでスリープ時には光がパチパチって点滅するものが一般的で、スリープに入ったことを知らせるための合図としては十分に効果はあった。ところが、アイヴ氏はこういったディテールがヒューマンな体験を届けることにおいて「効いてくる」と言う。
ユーザー体験の中でも、人が扱う以上、人間中心な体験が重要であるという点である。このスリープモードの違いで、売り上げがx%向上したという効果を立証することは難しい。
アイヴ氏は「測定できないことが最も需要である」と語っており、建築家のファンデルローエの名言「神は細部に宿る」に通じるものを感じるところである。
オンラインサービス/デジタルプロダクトにおいても、まるで生きているかのような動きや、ちょっとしたマイクロインタラクションなどの体験が、売り上げに対してどの程度効果があるか?とした際に、細部のことでもあり、かつそれ以外のパラメータも多すぎるため測定が難しいエリアとはなるものの、全体を通じた体験/価値観の訴求とった点でiBookのスリープ同様に「効いてくる」ものだと考えている。
自身も高校生の頃、学校にあったiBookを使わせてもらっていた際に(90後半-00前半にかけてのスケルトンブームの立役者にappleがなってたころのあのiBookです!)、そのボワッとした光がなんだか魅力として映っていたことはよく覚えている。
これらは開発において、コスパが良い施策とは言えないかもしれない。デジタル分野のデザインにおいて、デジタルとリアルの垣根を少しでも越境していく、ヒューマンな体験というものは(コスト的に可能な範囲内では)都度盛り込んでいきませんか?と開発時に訴求していきたい分野ではある。
プロダクトデザインで有名なイヴ・ベアール氏も「ヒューマン・エクスペリアンス・ファースト」と発言している。彼の中では、ブランディングやその他のデザインを含めた活動の中においても、人間性とテクノロジーの融合ということをテーマとしている。
Teslaのデザインを手がける(過去にはマツダも)ホルツハウゼン氏も、テクノロジーだけでなく「ロマンチックさ」をいかに守り抜くかというテーマを課題としていた。多くのデザイナーたちは、プロダクトやサービスを作るための必須要件からこぼれ落ちがちな人間らしさ/感覚的な要素を(もちろん多くは後付けでロジックとしては説明のために組み立てられるものの)入れ込むことに対して熱心な側面を持ち合わせている。
ヒューマンな事例として、所謂ユニーバサルデザインの後継とされる「インクルーシブデザイン」という考え方がある。学術分野だけで取り上げられ、テック分野では近年まであまり周知されてこなかった分野である。
例としては、運転しながら通話するのに適した電話を開発するために、ユーザーとなるドライバーの研究のみならず、視覚障害をもった人を研究することでの解決を探ることで、そもそも視覚を必要としない通話操作の開発を行うことや、フォントや文字組の開発においてもディスレクシア(失読/難読症、発達性読字障害)の人に対して読みやすくするものを開発する= 誰もがより早く読むことが出来るテキストレイアウトの開発が可能なんてことがあげられる。
個人的に、印象に残っている友人の発言で、「ウェブサイトに掲載されているテキストなんか読まないよ。でもスクロールして眺めはするけどね」という話を伺ったことがある。
弊社が携わる業界は業法的にもやたら掲載しなければならないテキスト量が多く、上記の言葉は今でも意識しており、なるべく眺めるだけで概要がわかるようにしたいとデザイン面でも心がけている。
デザインの落とし穴?
人材や専門職に対する考え方として、スペシャリストを適材適所に配置する考えが一般的に存在する。もちろん弊社の現在の規模感においては、必要箇所に適材者がいない場合はまず埋めなければならないという現実問題はある。
Google labの(2019年時)のハードウェアデザインチームの25~40%しか過去に電化製品をデザインした経験があるメンバーが存在しなかったという(アパレルや自転車など、多岐に渡った人を採用している)。
ある意味、弊社の人材においても、元保険/金融業界出身者の構成比率を考えると似たことも言えるのかもしれないものの、全体だけでなく、個別具体的な職種に対してもそれを適応している点は興味深い。
今後、事業規模が大きくなるにつれ、募集職種に対して違った必ずしも専門性を持たない応募者からの登用が行っていくことが(とは言え会社へのフィットは重要)より拡大していくフェーズにおいて望ましいとも思われる(キャッチアップコストが払えさえすれば大した話ではない)。
仕切りや扉のないオープンフロアタイプの環境のオフィススペースは、活発なコミュニケーションを促し、斬新なアイデアを生み出すと言われてきていたりする「ものの」、病欠、幸福度の低下、ストレスの増加、生産性の低下等の事象が、プライバシーが確保されたオフィススペースより発生するといった研究も存在する。対面コミュニケーションを70%以上落とさせ、メールやテキストメッセージでのやりとりを約50%以上も増加させ、コラボレーションをむしろ下げがちだという結果である。
建築家たちは、こういった結果から、ミーティングルームとプライベートなエリアなどをミックスした、よりハイブリッド型のオフィス設計を新たに打ち出してきている。近年の開放的なオフィス空間のプランは、むしろ経済合理的な観点で作られており(建築/内装におけるコスト削減)、視覚的にもそれなりにイノベイティブな雰囲気を醸し出すことも出来る物件であるから、大量に生産されてきたのでは?といった問いかけである。
弊社の入っているオフィスはどうなのだろう?と思ってしまったりもする。私自身はそこそこの愛着を持っているものの、移転の機会があれば、立地、コスト、設備以外の観点でも、候補物件を上述のような視点でも見ていけたらなとは思う。誰でもありますよね?内見時に素敵だと思って引っ越したら、暮らしの上で「なんだかな…」なところが見つかっていくことって 笑
ユーザーフレンドリーなデザインの致命的な欠陥についての記述もある。SNSや諸々のWebサービスにおいては、信憑性の高いデマをワンタップ/クリックで広める方が、複雑な現実を理解する作業よりも遥かに簡単で「ユーザーフレンドリー」な設計となっている。これはテクノロジーの問題ではなく、デザインの問題であると提起されている。
全てにおいて、簡単でユーザーが思いつきのまま行動しやすいUI/UXが提供されている世界は、わたしたちが作ることの出来る最善の世界なのだろうか?現代のUXはよりユーザーにわかりやすくアクションがおこせるものの、それをゼロベースで再現するのに難解なブラックボックス化しているという。
今後、業務においても、ユーザーにとってわかりづらい点を解決していくのはデザイン課題であるものの、そのわかりやすさが倫理的な問題を孕んでいないかという点については都度意識していきたい。
もし、クライアントやステークホルダーからの依頼として、そのような問題点を発見した際に、自身がどのように対応していくか、デザインを行う各人が意識していかないとならない(ソーシャル系のサービスじゃないからと言って無視できないと思っている)。
次回、「インシュアテック事業ベンチャーのデザイナーが米ビジネス誌Fast Companyのデザイン特集の事例から考えること(ブランディング編①)」では、ブランディング周りにおける、本書から気になった点や所感を掲載予定。
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