「繋がる」ってなんなの?
こんばんは。
「愛にすべてを」たすくです。
最近、「つながる」って言葉、よく聞きませんか?
なんかよくわからないけどいい言葉ですよね。
ネガティブな文脈で使われることがかなり少ない、いい言葉だと思います。
と、同時に、
人によっていろいろな意味合いがあるな、と感じるのがこのことば。
人によっては、サウナ後のととのいタイムのこと。
または、ライブで一心不乱で踊りまくってるとき。
あるいは、お酒を飲んで語り合ってるとき。
スポーツで夢中になっているとき。
キャンプして焚き火を眺めているとき。
おいしいご飯を食べているとき。
美しい音楽を聴いているとき。
思うままに芸術活動に取り組んでいるとき。
友達と笑いあっているとき。
誰かの瞳と自分の瞳が重なっているとき。
こどもにミルクを飲ませているとき。
大切な人と抱き合っているとき。
宇宙が見えるほどのセックスを体験しているとき。
最近の僕にとっては、文章を書いているときと、
寝起きの状態で未来を考えているときがそうです。
つながるって何なんでしょう。
いったい何が、何につながっているんでしょう。
僕は思うのです。
すべての「つながる」とは、自分の魂が愛とつながっているとき、なんじゃないかって。
愛って何なんでしょう。
僕は、愛とはこの世界に存在するすべての良いものの源であり、エネルギーであり、人によっては「神」と呼びさえするものだと思っています。
「神」という言葉は僕たち日本人にとって少なからずデリケートですが、
特定の神であったり、名前を付ける必要はないと思っています(つけてもいい)。
じゃあ、自分の魂って何なんでしょう。
僕はこう考えています。
あなたの魂とは、あなたそのものである、と。
魂は太りません。
魂は老いません(学びはしますし成長もします)。
魂は死にません。
魂は肉体の中に住んでいます。
肉体はいつか果てますが、魂は変わりません。
あなたの全人格、あなたの全存在、それが魂なのだと思います。
不思議に思ったことはありませんか?
いろんな映画、小説、漫画において、魂という言葉は普通に表れているのに、
いちいち魂の定義をしなくても、魂がどういうものか、僕たちはそれぞれ理解をしています。
「この仕事には魂を込めたよ」
どうして僕たちは、この言葉が意味することを自然と理解するんでしょう?
たぶんそれは、僕たちの存在そのものが魂だからなんです。
じゃあ、魂が愛とつながるってどういうことなんでしょう?
これはもう、言葉では表せないんじゃないでしょうか。
がんばって表すならばそれは、
サウナ後のととのいタイムのこと。
ライブで一心不乱で踊りまくってるとき。
お酒を飲んで語り合ってるとき。
スポーツで夢中になっているとき。
キャンプして焚き火を眺めているとき。
おいしいご飯を食べているとき。
美しい音楽を聴いているとき。
思うままに芸術活動に取り組んでいるとき。
友達と笑いあっているとき。
誰かの瞳と自分の瞳が重なっているとき。
こどもにミルクを飲ませているとき。
大切な人と抱き合っているとき。
宇宙がみえるほどのセックスを体験しているとき。
そして、そのほかすべての、「つながっている」と感じる瞬間のことなんじゃないでしょうか。
実は、このNoteでは伝えたいことがありました。
タイトルには書きませんでした。
ここまで読んでくれた人にだけ伝えたかったからです。
僕たちの魂には、「つながる」のその先があります。
それが、「ひとつになる」ということ。
つながったものは切れてしまうことがあります。
だけど、ひとつになったものは分かれることはありません。
分かれるも何も、どこが境界線だかわからない。
そういう状態がきっとあるんです。
本当にすばらしいことに、僕にとっても社会一般にとっても、
「つながっている状態」は少しずつ当たり前に認識されることになってきました。
でも、まだその先があります。
ワクワクしませんか?
どうなっちゃうんだろう!と思いませんか?
そんなことを考えていたので、今日はこんなNoteを書いてみました。
読んでくださってありがとうございました。
P.S.
他のNoteでも書いていますが、僕は、自分が書く文章は僕の魂そのものだと思っています。
ここまで読んでくださったあなたは、僕の魂とつながってくださった方です。
心から愛していますよ😉✨
他の記事
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?