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私が夫と夫婦になるまで①

 初めて恋人ができたのは27歳のときだった。
 恋人ができた年齢に早い遅いがあるのかはわからないけど、私は自分で「27は遅い」と思っている。たぶん世の中的にも「遅い」という見方をする人が多いだろう。
 中学生や高校生のころ、友達が、先輩やクラスメイトの男子と登下校をするのを眺めては「私はそういうの興味ないし」と知らん顔していた。でも、少しの不安と単純な羨ましさにモヤモヤする瞬間は確かにあって、それを打ち消して過ごしていたように今は思う。
 大学生のときには合コン(死語)にも行ったし、何度か男の子とデートに出かけたりはしたけれど、27歳になるまで、私は誰かの彼女になったことがなかった。

 初めて付き合った人は年下の人だった。LINEの返信に一喜一憂したり、デートの前日はコンディションをめちゃくちゃ整えた。学生時代に取りこぼしてきた、恋する女子がやりそうなイベントは一通りやれた気がする。だけど自分の気持ちを素直に相手に言うことができなかった。相手の良いところは伝えられても、されて嫌なことはなかなか伝えられなかった。

 色々な意味で経験豊富な友人たちに「自分の気持ちが言えないなんて、もうそれダメだよ。やめとけ」と何度も言われた。それでも「嫌われるのが怖くて言えない」を繰り返していた。「辛い…でもこれが恋…!」と、何かに浸っていたような気も、しないでもない。結局最後はとても良くない形で終わりを迎えた。自然消滅というのか、「終わりにしよう」と言われなかったし、私も言えなかった。なので自分でどうにかこうにか気持ちを切り替えるしかなかった。写真もなにもかももうないから、えらいもんで思い出はそれほど残っていない。すっきりした自分に残ったのは、ずっとずっと憧れていた「元彼」という言葉を手に入れた事実だけだった。

 今の夫は、だから人生で2人目にできた恋人だ。
 夫は、小学校と中学校の同級生だ。私の地元では同級生同士の結婚も多く、「えー!あいつとあの子が?」と驚きながらも、自分は絶対に同級生と結婚なんてしないと思っていた。なぜなら小中のときの自分を、女子として見ていた男子なんてたぶん、ほぼ、いなかったはずだから。身体は男子よりも大きかったし、スポーツも勉強も、男子よりよくできた(それは中学までの話で、高校の数学で100点満点中6点を取ったことをきっかけに自分がいかに井の中の蛙だったかを思い知った)。そんな男子より男子みたいだった私は、お世辞にも「あいつ可愛いよな」の対象ではなかったはずだから、かつての私を知っている同級生が、私を女性として見るなんてことは起こらないと思っていた。

 夫とは中学を卒業してから一切会うことはなかった。それが間もなく30歳を迎えるという春、彼が突然、私の働くアトリエにやってきたのだ。

 大学卒業後、私はずっと陶芸のアトリエAt Home Worksでスタッフをしていた。あまりにもべた凪な生活(恋愛に関するドキドキがなく、まるで湖のように静かな暮らし)を続けていた私は、仕事中にも関わらず色んな人に「運命の人が今世、いるのかいないのかを教えて欲しいんです。ポストに通知を届けて欲しいんです。遠くの山で狼煙を上げてくれてもいい。いるなら赤、いないなら青。いる、いない、それだけでいい。いるならその知らせを頼りに生きる、いないということならそれなりの覚悟で生きる、それだけなんです…」と、最後の方は少し涙声だったかもしれないけれど、よくそんなことを言っていた。とにかく恋愛がしてみたかったのだ。

 そんなこんなで27歳になり、ようやく波風は立った。一波乱起き、先述の元彼という言葉を手に入れることなったのだけれど、私は再びべた凪の生活に戻りつつあった。その矢先、なんの通知も狼煙もなく、運命の人がいきなり向こうからやってきてくれたのだ。しかもそれが小中の同級生。人生って本当に何が起こるかわからない。

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 それはアトリエ個展でのできごとだった。色んなお客様をお迎えし、私はウェルカムドリンクをお配りしていた。
 「こんにちはー」と声をかけた相手の顔に見覚えがあった。子供のときとほとんど変わってないからすぐにわかったけれど、この場所と彼があまりにも結びつかず、「えっ!?○○君だよね!?」と、少女漫画よろしくなリアクションをしてしまった。
 「うん、久しぶり」とだけ返した夫。中学の卒業以来、連絡もとってなかった同級生が、どこで何をしているのかも知らなかった同級生が、今、目の前にいる。どゆことやねん。
 聞けば、instagramで私を見つけてこの個展のことを知り来てみたのだという。バイクで3時間かけて。その時は正直、「へー?わざわざ?ありがとう」くらいな気持ちが8割、「ん?」という不確かな期待が2割だった。
 
 母の日のプレゼントを買うと言って、彼はぐるりとアトリエ内を見渡した。これはこういう使い方ができるよ、この色もあるよなどと話しながら、私もついて回った。彼はお母さんへマグカップと、自分用にオーバルのお皿を買ってくれた。飄々と、淡々と話す彼の雰囲気に心地よさを感じながら、「インスタ見たならDMしてよー!いなかったらどうしてたの?w」と聞くと、「いなかったらいなかった、そういうことなんだって思ったと思う。でもいた。」と言われた。私は2割の期待が、少しずつ大きくなっていくのを感じた。

***

 つづきはまた次回。
 このお皿が、そのとき夫が買ったオーバルのお皿です。夫はパスタが得意です。

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 前回「結婚式に関するあれこれを書こうかな」とか言っておきながら、夫との思い出や、そのときに感じたあれこれも消えて欲しくないので、そちらも書いておきたいと思い、馴れ初めのようなものを書いてしまいました。
 かつての私のように、運命の人がいるのかいないのか、通知を待っている人がもしこの記事を読んでくれてたら、大きな声で言いたい。
 「私はここにいるよ!」と発信してみて欲しい。
 手段はなんでもいい。SNSでも職場でも、街中でいきなりとかは止めた方がいいけど、自分がここにいることを何かしら発信することで、相手に見つけてもらえる確率は上がるような気がするから。
 私はただの普通の一般人で、その個人アカウント(よければフォローしてね→@sasa_nozo)で日々の暮らしを投稿していただけだけれど、そうすることで彼に見つけてもらうことができ、結果その人が生涯のパートナーとなりました。
 「見つけてもらう」と言うと受け身な感じがしてちょっとあれだな…。「見つけやすいようにしてあげていた」と言うこともできるかもしれません(強がり)。私はインスタ、やってて良かったなと心から思ってます。SNSって不自由なこともたくさんあるけど、やっぱりすげーや!というのが、今のところの私の見解です。


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