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野球ヒーローストーリー      『剛腕の 左のアンダースロー』第5話 ダンサー、陸上選手からドラフト会議

尾崎周一郎

次の日から橘選手がSNSやYouTubeで拡散していった。左のアンダースローという珍しいフォーム。しかも地上10㎝前後から投げる、アンダースローらしいアンダースローはサウスポーではさらに希少価値であるから物珍しさもある。そして当然ミサイルのようなストレートとダクンと落ちるシンカーを中心にバッタバッタと三振を取るシーンに注目が集まった。専門家、野球好きの人、野球少年だけでなく、カッコよさに女性にも広がっていく。そしてYouTubeではあっという間に30万回再生を超えた。そしてテレビも少しずつ取り上げるようになってきた。とはいっても素人の大会でのことなので、深夜放送やワイドショーの1コーナーにどどまった。

しかし次に大学3年の時の陸上大会の映像が同一人物であるということがニュースになった。なんせ全日本大会で100m、200m決勝に出ているのと突如現れた左のアンダースロー投手が同一人物で尚且つ新人サラリーマンということに驚く人が続出した。そして松山での試合から1週間で100万回再生の動画がいくつか出始めた。するとついにスポーツ番組でも取り上げられ、会社
には取材依頼がひっきりなしに届くようになった。

だがしかしさらに大きな次のウェーブがやってきた。高校の同級生が気づいて橘選手のダンス動画をアップしたのだ。高校2年の最後の卒業生追い出しイベントでショータイムをやったが、完全に主役として様々なダンスを披露した時のものだ。高校1年であらゆるストリートダンスをマスターした橘は、2年の夏にアメリカの友人を訪ねて、数々の大会に出場し、いくつか優勝もした。HIP-HOP(ヒップホップ) 、HOUSE(ハウス)、BKEAKIN'(ブレイク)、LOCK(ロック)、POP(ポップ)、そしてシャッフルダンスと全てに高いレベルで披露している動画がバスった!特にLOCKとPOPはダンス界で当時注目され、将来世界1になるかもしれないと思われていたから、高校生の卒業生向けイベントとは思えない完成度にハマる人があふれた。海外の視聴も驚くほど伸びてついには1千万回再生を記録した。そしてそこからまた野球の動画が相乗効果で伸び、こちらはアジアとアメリカでも伸びて2千万回再生まで到達。あきらかにムーブメントを起こした。

スカウトの後藤と大田原は悩んでいた。東京の深夜のバーで話し込んだ。
「困りましたね。まさか陸上選手としてより、ダンスでここまで話題になって、素人の野球選手としては異例のスターになっちゃいましたね」
「高校野球やってない人間でここまで有名になったのは史上稀に見る現象だろうな」
「明らかに滅多に出てこない客が呼べる人材ですね。まさかわずか20日足らずでおじさん、子供、女性全てにとって会いたい人、見たい人になるって、過去に1人もいませんもんね」
「しかしそれは、あのミサイルがどこまでもまっすぐに飛んで行くようなストレートと独特で綺麗な投球フォームがあるからこそだ」
「他球団も3位、4位で狙っているという情報も出てきてますし、うちはどうするんですか?」
「ひょっとしたら2位でも競合になりかねん。よそに取られたくないけど、1位はさすがに無いし、困ったよな」
年齢はいってるが金の卵を発見した2人には、ミスミス他球団に取られたくないのだ。沢山お客を呼べる人材は球団にとっては何十年振りか。しかも先行投資無しでだ。

スポーツ記者の上野は、張り切っていた。橘周は俺が見つけたんだ、俺が初めて見たんだと主張しながら、せっせと記事を書いていった。橘選手が有名になってからは、行く先々で自慢ネタとして使った。

橘選手の会社でも社員が集まれば話題になった。「カッコよくて、スポーツ万能とは知っていたけど、まさか全国区の有名人になるとはね!」「左のアンダースローで剛速球は、まるで漫画だ。漫画の主人公が新人でうちみたいな会社にいるとは!」「ダンサーで勝負してたら今頃有名芸能人だったんじゃないか?」「陸上でオリンピック出るところも見てみたかったな。でも野球選手の方が儲けるよね」とか。

先輩の高井は落ち着かない毎日。会社でも取引先でもまずこの話題だ。そして練習内容も変更していた。橘選手がプロ野球選手になれることはほぼ決まりなので、なった後で困らない練習メニューを加えていた。例えば160キロを超える打球速度のピッチャーライナーに慣れる練習、高度なバント守備、
一塁カバー練習の難易度を上げるとか・・・無理もない。橘選手は高いレベルの試合をほとんど経験の無いまま、国内最高峰の舞台にいきなり上がるのだ。でも橘選手本人は落ち着いていた。子供の頃から大学までダンスや陸上やその他のスポーツで観衆の前での勝負事には慣れていた。助っ人としてバレー、ハンドボール、アメフトの試合にたいした準備もせずに出場したこともある。ピリピリした場面、大勢に注目される場面でこそ楽しむ習性があった。早く何万人の観衆の注目をあびながら、三振取りまくりたい。でもそんなに甘くない。それでもそこを乗り越えて一流選手になるんだという覚悟があった。

そしてドラフト会議当日
「第一巡選択希望選手 読売 橘周 ・・・」
ジャイアンツが橘周選手を1位指名。単独指名となり、交渉権獲得。後藤と大田原はガッチリ握手した。
「やりましたね!」
「おお、俺らの熱意が通じた。ってな」
「通用しますかね?急に心配になってきた」
「1年やってとにかく慣れて、俺らが見たストレートを投げ続けることができれば通用するぞ」

契約金1億、年俸1千万。素人ということで、年俸は少し低めに設定された。

橘周選手のプロ野球選手としての経歴が始まる。左のアンダースローがプロ野球の世界で通用するのかしないのか?そしてスーパースターに駆け上がれるか?

ー第一部 完ー

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