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地方映画史から、ただの日本映画史へ

 2022年になった。下記の文章を、新年の抱負の代わりとする。

 2016年に鳥取に来て、映画の自主上映活動を行う人々にインタビューした『映画愛の現在』三部作を制作する中で、いわゆる「地方映画史」への関心が高まっていった。例えば鳥取コミュニティシネマの清水増夫さんは、鳥取に見たい映画がほとんど来ないことへの不満から、1970年に自ら鳥取ATG準備会(アートシアターギルドの配給映画を鳥取で上映することを目的とした団体)を立ち上げ、自主上映活動を始めたわけだが、その動機の切実さを正しく知るためには、やはり当時の鳥取の映画事情——近所にどれくらい映画館があったのか、そこではどんな映画が上映されていたのか(されていなかったのか)——を知っておく必要があるのではないかと考えたのだ。

 個人的にノスタルジーに浸るのはあまり好きじゃない(正確には、警戒している)。「懐かしいあの頃の映画館」とか「現在は失われた古き良き映画文化」みたいな感傷が苦手で、ほとんど食わず嫌いで、昔の映画館や地方映画史についても関心が持てずにいた。だが実際にいろんな資料を読み込んでいくと、これは私がこれまで取り組んできた『floating view "郊外"からうまれるアート』や「ことばの再発明−鳥取で「つくる」人のためのセルフマネジメント講座−」と明確に地続きなテーマであることに気づいた。すなわち、大都市圏の富裕層のような一部の人間しか享受できない芸術ではなく、誰もが受け手にも作り手にもなり得る、民主化された芸術は如何にして可能かを考えるために、地方映画史を避けては通れないのだということ。

 ところで日本の映画史を語るとき、地方映画史は常に傍流にとどまってきた。調査研究に用いられる資料は全国流通の映画雑誌や大手新聞がメインで、書き手も大都市圏に勤務する批評家や記者がほとんどだった。たとえ特定の地域が扱われるにしても、日本の映画興行の中心である東京や、撮影所の街が栄えた京都などの大都市圏が特権的な地位を占める。映画はあくまで都会の文化なのであって、地方は大都市圏との格差や遅れを通じてのみ描き出される。要するに、地方映画史は大都市圏を中心とする映画史の「本論」に付された「補足」や「註釈」の役割を担うのが精々だったということだ。

 だが、映画の「複製技術時代の芸術作品」(ヴァルター・ベンヤミン)としての側面——オリジナル/コピーという二項対立を超えて、特定の時や場に縛られることなく同じ作品を鑑賞できること——を重視するならば、大都市圏での映画体験のほうがむしろ特殊・例外的な体験なのではないだろうか。先行上映や舞台挨拶が華々しく行われ、スター俳優や監督など作り手を身近に感じることができ、豊富なラインナップから自由に見る映画を選べるような場所から記述される映画史——そして、その視点から観察され、記述される地方映画史——ではなく、地方に身を置き、そこから見える歴史や風景を記述することが、複製技術としての日本映画史の「本論」となっても良いのではないだろうか

 ……このように思考を進めると、大都市圏の特殊・例外的な映画体験に対置するかたちで、地方映画史が記述するのは「平均的な映画観客」あるいは「標準的な映画体験」なのだとでも言ってみたくなるが、そのような誘惑には慎重であるべきだろう。都市/地方あるいは中心/周縁を分ける二項対立図式は、対象の捉え方やスケールを変えるだけで、容易に変動してしまうものでもあるからだ。例えば西欧中心的な世界映画史の観点からすれば、日本映画史自体が周縁に位置づけられるだろうし、日本映画史においては周縁に位置づけられてきた地方映画史も、植民地期の朝鮮や満洲国との関係性において論じる際には、中心側・支配者側として記述する視点が必要だろう。さらには「地方」という語のうちに含まれる差異や多様性も考慮しなければならない。鳥取で言えば、同じ県内でも市部と郡部ではまったく異なる映画体験を持つのであり、そこにも中心/周縁の図式は生じるのである。

 以上を踏まえ、これから鳥取の地方映画史を記述していく上での二つの方針を設定しておきたい。第一に、鳥取に固有な映画受容のあり方を掘り下げ、大都市圏中心で記述されてきた従来の日本映画史には還元し得ない、映画体験の多様性や豊かな細部を描き出すこと。第二に、複製技術としての映画体験に着目し、鳥取の映画史と他の地域との共通項を抽出することで、地方映画史を書くことがそのまま日本映画史を書くことと同義であるような論を展開すること。要するに「地方」という語は登り終えたら捨て去るべき梯子である。いずれは鳥取を語ることが東京や京都を語るのと同じ地位で本文を成すような「ただの日本映画史」を書いてみたい。2022年1月から2月にかけて行う「見る場所を見る——アーティストによる鳥取の映画文化リサーチプロジェクト」は、そのための第一歩である。


第1部:Claraによる展覧会 「イラストで見る、鳥取市内の映画館&レンタルビデオショップ史」

■出品作家:Clara(イラスト)、佐々木友輔(テキスト・年表)
■会場:gallery そら(鳥取市栄町658-3 駅前サンロード)
■日時: 2022年1月24日(月)〜1月30日(日)
     10:00〜17:00(最終日は16:00まで)

第2部:『映画愛の現在』三部作上映会&トークイベント 「ドキュメンタリーで見る、鳥取の自主上映活動」

■会場:パレットとっとり市民交流ホール(鳥取市弥生町323-1)
■日時: 2022年2月6日(日)
 11:00-12:00 トークイベント
  「見る場所を作る——鳥取で活動する三団体からの報告」
   登壇者:清水増夫(鳥取コミュニティシネマ)
       柴田修兵(jig theater)
       Clara(クララとクロダのひょっこりシネマ)
   司会進行:佐々木友輔
 13:00-14:50 『映画愛の現在 第Ⅰ部/壁の向こうで』上映(103分)
 14:50-15:00 (休憩)
 15:00-16:50 『映画愛の現在 第Ⅱ部/旅の道づれ』上映(103分)
 16:50-17:00 (休憩)
 17:00-19:00 『映画愛の現在 第Ⅲ部/星を蒐める』上映(107分)


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