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#22 「燈台へ」 あるいは 「道の曲がり角」

7月最後の日になりました。「道の曲がり角」と聞いてピンとくる人は、きっと “kindred spirits” ですね。今日は将来の夢やキャリアを考える時の2つの異なる方法について考えたいと思います。「燈台へ」は英国の小説家ヴァージニア・ウルフの小説 “To the Lighthouse” の邦題、「道の曲がり角」はカナダの小説家ルーシー・モード・モンゴメリの小説 “Anne of Green Gables”(邦題:『赤毛のアン』)の最終章第38章のタイトル “The Bend in the Road” から取りました。


アンとエミリー

『赤毛のアン』は日本ではとても人気があるので、ほとんどの人が読んだことがある、あるいは知っていると思います。ここではストーリーの詳しい紹介はしませんが、本当に短く要約すれば、「カナダ、ノヴァスコシア州の孤児院から男の子と間違えてプリンス・エドワード島にもらわれてきたアンが、様々な出来事を経て人間的に成長し、上級学校に進学して村の小学校の先生になる」話です。実際には、「アンが学校で赤毛をからかわれて、石板でギルバートの頭をたたく」とか「アンがダイアナを家に招いた時、間違えてワインを飲んで酔っ払ってしまう」など、各々のエピソードが個別に語られることが多く、全体のストーリーを意識することがあまりない物語かもしれません。

後に大学に進み文学を志す主人公のアンは、著者のモード(本人が「モード」と呼ばれることを望んだようなので、ここではそう呼びます)自身の投影と考える人もいますが、本人が否定しています。モードは「アン」シリーズを書き終えた後に、 “Emily of New Moon”(邦題:『可愛いエミリー』)シリーズを書いており、そちらの主人公エミリーがモード自身の投影とされています。では、アンとエミリーはどう違うのでしょうか?ここで、タイトルに戻ります。


生き方の2つのタイプ

生まれた後、様々なことに興味を持ちながら成長し、大人になって仕事を得る道のりは、大きく「燈台へ」型と「道の曲がり角」型に分けられるというのがここでの類型論です。「燈台へ」型とは、海を行く船が燈台を目印にするように、人生の目標をあらかじめ明確に定めて、一直線にそこへ向けて歩んでいく人生です。学校現場での指導はこちらがメインになるようです。エミリーはそんな「燈台へ」型の生き方をしたヒロインでした。一方、「道の曲がり角」型は、「人生には何があるかわからない」ことを前提として、人生に何度か現れる「道の曲がり角」を受け入れ、曲がったところに広がる世界に希望を見出す生き方です。アンはこちらのタイプで、物語の最後でそのことを語るシーンを引用します。

Anne: When I left Queen’s my future seemed so stretch out before me like a straight road. I thought I could see along it for many a milestone. Now there is a bend in it. I don’t know what lies around the bend, but I’m going to believe that the best does.
(村岡花子訳:あたしがクイーンを出てくるときには、自分の未来はまっすぐにのびた道のように思えたのよ。いつもさきまで、ずっと見とおせる気がしたの。ところがいま曲がり角にきたのよ。曲がり角をまがったさきになにがあるのかは、わからないの。でも、きっといちばんよいものにちがいないと思うの。)

『赤毛のアン』第38章より

この箇所は『赤毛のアン』の中でもよく引用される箇所の一つなので、「道の曲がり角」あるいは “The Bend in the Road” と検索しただけで多くの人のエッセイやブログがヒットします。朗読動画を見つけたので引用しておきます(6:53〜が上のセリフです)。それでは、アンのこのセリフはなぜそれほど多くの人に訴えかけるのでしょうか?

このフレーズの魅力とは

現実の人生で、「燈台へ」型が最後まで通用することは少ないように思います。多くの人の人生に、何かしらの「道の曲がり角」が出現します。そんな時に、「思い通りにならない」あるいは「先を見通せない」ことを嘆くのではなく、受け入れると同時に曲がり角の先に希望を託し、物語の中で実際に素敵な未来を切り開いていくアンに、「現実的なあこがれ」を抱けるからではないでしょうか。全てがうまくいくヒロインより、運命に翻弄されつつも幸せを手にするヒロインの方がロールモデルになりやすいですね。


僕は明後日、ドイツへ引っ越します。どんな人たちとどんな研究をして、どんな将来が待っているのかは、完全に「道の曲がり角」の向こうです。そこにまっすぐな道がのびているのか、あるいは急な崖があるのかは全く分かりません。上のアンの言葉を胸に進んでいきたいです。

大学生の頃から『赤毛のアン』の世界観が好きで、1996年には「アンの島」であるカナダ、プリンス・エドワード島を訪ねました。物語の中でアンがたどった道にならって、本土のノヴァスコシアから島へは船で渡りました。タイトル上の写真は州都シャーロットタウンで宿泊した Bed & Breakfast の Fitzroy Hall です。美しい建物内外の写真が見られるサイトを引用しておきます。プリンス・エドワード島へいらっしゃる方にはおすすめの宿です。「アンの島」にまつわる話はたくさんあるので、回を改めて書きたいと思います。

今日もお読みくださって、ありがとうございました🌻
(2023年7月31日)

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