確認女 学校の帰り道編

「あー、今日も授業疲れたね」
 学校の帰り道。隣を歩く真夏に話しかけた。
 つい先週までは、桜で華やかだった帰り道もすでに思い出、桜を見るまでは普通だった道が葉桜のせいで寂れて見えた。
 でも、そんな桜の帰り道を真夏とは3年連続で歩いた。1年の時に同じクラス、隣の席になったのをきっかけに、それから3年間同じクラスで、すごい話が合うのと、家の方向が同じだから、ずっと一緒に帰っている。

「ねー。大変だったねー」
 真夏は何の感情も込めずに言った。

 けど、俺と真夏の日常会話だとそれは普通。毎日一緒だから、あまり話さずに帰るときもある。けど、それが気まずいとかは思わない。むしろ、その無言の時も居心地がいいとも思っている。
 多分、そう思い始めたときから、俺は真夏と分かれる丁字路が嫌いになったんだと思う。

「うん。あーそっか、もうこの道か……」
 丁字路の突き当りに差し掛かり、俺は思わず呟いた。
 真夏は俺とは違い名残惜しそうな雰囲気もなく、「ほんとだ。じゃあ!ばいばい!」と言って、俺に背を向けた。
 いつも、真夏が見えなくなるまで、見ているけど、真夏は振り返らない。
 そんな真夏を見て、ずっと帰っているのに、真夏は俺に恋愛感情はないのかと、思って落胆する。

 でも、真夏はこの3年間彼氏も作らずに俺と一緒に帰っている。その理由が、話が合うから、家が近いからだけじゃないと思いたかった。
 これ以上、ここで真夏の背中を見送るのが嫌になった。もっと真夏と一緒にいたいと思った。
 この感情は今に始まったことじゃなかったが、華やかな桜をもう一緒に見ながら帰れないと思ったら、増幅された。

 気づいたら、「まって!」と真夏の手を後ろから掴んでいた。

「えっ どうしたの?」
 真夏は急に手を掴まれて、驚いていた。

 驚いて身体を縮ませている真夏を目の前にして、逃げたくなった。
 なんでこんな突拍子もなく、真夏の手を初めて掴んだんだと、10秒前の自分を叱責したい。
 けど、ここで、「ううん、なんでもない」と言って真夏に背中は向けられないだろう。これは運命。俺の試練だ。

「真夏......まだ少しだけ一緒にいたい」
 明らかに状況を把握できていない真夏の目を見る。
「なんかあったの?」
 普段とは違う雰囲気を悟ったのか、真夏は神妙な面持ちになった。
「えっ?」
 俺が想像していた返答と違ったから、聞き返してしまった。
 ここは、俺から目をそらして、全てを察したように照れると思っていた。
 けど、真夏は、生徒の悩みを聞く先生のように、俺の目を真っ直ぐ見ていた。

「え?」と真夏も予想外の返答だったのか、聞き返してきた。
「いや……もう少し真夏とこうやって、話……してたいんだ」
 俺が改めて、胸の内を伝えると、「あっ」と真夏は合点がいったらしく、目と口を大きくした。
 こうやって、2回も真夏への想いを伝えたら、賢い真夏なら分かるよな、と俺は胸をなでおろした。

「もしかして悩み事とかある感じ?」
 賢い真夏はどうやら相当鈍感なようだ。心配そうに俺を見ている。
 帰り道に急に手を掴んで、「実は進路に悩んでて......」なんて悩みを切り出すことなんて無いと思う。
 いや、悩み事と言われれば悩み事だが、「実は真夏のことが好きで、ずっと告白しようか悩んでるんだ」なんて言えるわけがない。

「違うよ」
 ここまで伝わらないと呆れて笑えた。
「そうじゃなくて――」
「あ、それだったら、近くの喫茶店で話聞くよ?」
 真夏の中で俺が悩んでいると答えが出たのか、真夏は俺の手を引っ張って、歩き始めた。

「そうじゃないんだよ。悩み事じゃない」
 俺が歩みを止めると、真夏も俺に引っ張られるようにして止まった。
「え、じゃあどうしたの?」
 俺の行動が不可解なのだろう、真夏は眉をひそめている。

「ただこうやって、真夏の手を握って......」
 真夏と繋がっている手を見る。
「別に会話なんかなくてもいい。一緒にいれたら……それだけでいいんだ」

 もう告白したつもりだった。ここまで言えば、鈍感な真夏でも分かるだろう。男に手を握られて、一緒にいたいって言われたら、その言葉の意味は「好き」と解釈するだろうと思った。

 しかし、真夏の鈍感のほうが一枚どころか何枚も上手なようで、「あ、寒いのか! カイロ持ってるよ」と俺と繋いでいる手とは逆の手で、ポケットから取り出したカイロを差し出してきた。
 真夏はどうやら、女の勘とか言うやつはシャットダウンしているらしい。

 こんなにも、想いが伝わらないものかと、俺は吹き出した。
 言葉の通じない外国人でも、このシチュエーションと俺の表情だけで、好意は伝えれるとも思える。なのに、3年も一緒にいる真夏には一切伝わっていない。今まで、まともに会話できていたのが奇跡みたいだ。

「違うんだよ、真夏。えぇ......カイロって、もう春だぜ?」
「あっ、そっか」
 俺に言われて、真夏はカイロをポケットに戻した。むしろなんで、今カイロ持ってるんだよとツッコミたくなったが、ここでツッコんだらせっかくの告白の流れから脱線してしまう。
 真夏は一切その流れに気づいていないが。

「寒くはない。何なら今俺汗かいてるじゃん」
 自分で言っておきながら気づいたが、真夏と繋いでる手は、ひどく手汗で汗ばんでいた。
「あ、ほんとだ」
 真夏も俺に言われて気づいたのか、繋がれている手を見て言った。どうやら、手の感覚も鈍感らしい。

「いやっ、なんかさ!真夏とはもう、クラス一緒になって2年かな……」
「うん、そうだね」
「そのー、最初はね! クラスメイトって感じだったんだけど……なんか今、それ以上の特別な存在っていうか……」
 俺が言葉に詰まると、「え、もしかして……」と何かに気づいたように真夏は言った。

 特別な存在と言ったことでやっと伝わったかと安堵する。ここで、やっと真夏からの歩み寄りを感じた。
 ここで、「私のこと好きなの?」とど直球な確認をされても構わない。もう一刻も早く真夏に自分の想いを伝えたかった。

 真夏は俺の顔を何やら疑うように見ながら、「先生みたいにみられてる?」と確認してきた。

「あっ......ちがうんだ」と息が漏れた。
 なぞなぞのヒントを出しているのに、なかなか答えにたどり着かない煩わしさを感じた。
「そんなに老けてたかな私」なんて言いながら、真夏は自分の頬を触っている。
 どこまで呑気なんだこの鈍感娘は。

「えっと、伝わんないかな? いや、そういうことじゃないんだ。先生ってこととかじゃなくて……」
 俺が真夏の目を力強く見ると、真夏も一生懸命理解しようしているようで「うん」と頷いた。

「そのー、本当にこの先ね、ずっとそばに居てほしい大事な存在っていうか、毎日こうやって帰れたら嬉しいなって.....思ってる」
「そうなんだ…...毎日……」
 最後まで真夏の目を見ることはできなかったが、真夏は俺の言葉を反芻するように呟いた。
 しかし、それでも分からなかったのか、「なんで、毎日一緒に帰りたいの?」と確認してきた。

「えっ? だって……話も合うし、笑顔がかわいいし、そんなところが俺は……好きだから」
 もう好きと言ってしまった。言わずして俺の想いを真夏に伝えられないと思ったから。俺が今まで真夏に対して思っていたこと、それを包み隠さず伝えた。もしかすると、真夏は相当な演技をして、俺から「好き」と言わせたかったのかも知れない。

「あっ、話って大事だもんね! なんか、話のトーンとか、声の大きさとか、そういうのが――」
「いやいや、別に、声のトーンが好きとか、ピンポイントで好きとかじゃなくて......」
「えっ?」
 真夏は自分がやっと導き出せた答えを即座に否定されて、困惑していた。
 いや、そんな顔されても、俺の方が絶対困っている。
 真夏には恋愛という概念が抜け落ちてるんじゃないかとも疑い始めた。女友達と過ごすように、俺とずっと過ごしていたんじゃないだろうかと。
 あざとい、なんて周りから言われても、「そういうの全然わかんなくて」なんて言っていたから、あながち俺の疑いは間違いじゃないかもしれない。

「そうじゃないよ! だから!」
 じっれたくなって、腕を振って、勢いよく真夏から手を離した。
「えっ、どういうこと?」
「真夏! 好きなんだ、俺! 真夏のことが! 付き合ってほしい!」
 焦らされたせいで、自然と声が大きくなった。
 俺たちをの横を通り過ぎていった女子高生が、こちらに振り向いたが、もうそんなのはどうでもよかった。

「えっ、付き合うっていうのは……あれ? どういうこと? なにに?」
 俺が告白したせいで、真夏は何故か余計に混乱していた。
 この期に及んで、告白とは違う捉え方をしている。そんな真夏を見て、焦燥感から俺は、興奮している犬のように呼吸が荒くなっていた。
 しかし、真夏はそんな俺の変化には目もくれず考え続けている。
「なんだろ? あのー友達として? 全然、お家の方に付き合ってほしいなら行くよ?」
 真夏は俺の好きという言葉をなかったことにして、一緒にいたい、話したい、付き合ってほしい、という言葉だけから結論を出した。

 その瞬間に俺の中で何かが壊れた。

「違う......てぃがうよ! てぃがうよ! 真夏、違うよ!」と幼稚園児のように地団駄を踏んで、真夏に迫った。
 すると、あまりにもその様子が気持ち悪かったのか、「ダメー」とさっきの女子高生が俺と真夏を遠ざけるように間に入ってきた。
 それでも構わず俺は真夏に迫った。
「僕とお付き合いして、デートしたり! くくく、唇を重ねあわあわ合わせたりとか、とと時には、遠くに……」
 もう自分を止めることができなかった。焦らされたせいで、真夏への溢れる想いが気持ち悪いくらいに出てしまった。

 すると、さすがに真夏も気味悪くなったのか、女子高生と共に俺の元から走り去った。
 1人残されて、我に返った俺は膝から崩れ落ちた。

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