【小説】スノードームと灰色猫の冒険
🐈 第1話 灰色猫が現れた 🐈
メアリは夜明け前のほんのりと薄暗く霞がかってひんやりとした空気の中、牧草地を横切りおじいさんの家へと向かっていた。
おじいさんの家にはアトリエがあり、装飾品や人形や小物などを作っている。メアリはそれらをおじいさんに習いながら、助手として手伝うため日々通っていた。
あと数日で10歳の誕生日を迎えるメアリにはとても楽しみにしている事があった。それは、おじいさんから特別な免状を貰える事。今までは助手だったけれど、まだまだひよっこではあるが一人前の職人として、自分の名前の入った作品を売る事が出来るようになるのだ。おじいさんは街にあるお店に作品を並べている。そこに自分の作った物を一緒に並べてもらえる事が嬉しくてたまらないのだ。道を行く足取りも軽くなるのだった。
メアリはいつも通っている道を、パパの作ったお弁当と温かなスープが二人分と、リンゴと干し芋が入ったバスケットを持ちながら歩いていた。ようやく顔を出した陽の光を浴びて金色に輝きはじめた遠くの山々の、うっすらと雪の残る尾根を眺めながら歩いていると何かに躓いた。
「あっ!」
危うくバスケットを落としそうになりながらも、うまくバランスを取りそのまま膝をついて地面にぺたりと腰を落とした。
「ふぅー、あぶなかったーー」
ゆっくりと立ち上がり、服の裾をはらいながら躓いた場所に目を向けると灰色の毛の塊が落ちている。よくよく見ると灰色の大きな猫が横たわっていた。その長い灰色の毛は風にそよそよと揺れている。
<、、、死んでる?>
メアリは全身に寒気が走ったが身震いをすると辺りを見回し、枝先にいくつかの葉をつけた細長い枯れ枝を拾い上げると、灰色猫に近づき枝を振ってみせた。気配に気づいた灰色猫はかすかに動くと小さく鳴いた。
<生きてる!良かった~~~>
メアリはほっと胸をなでおろすと灰色猫のそばに行き、その背におそるおそる触れてみた。すると灰色猫はメアリの方へ顔を向け小首を傾げた。メアリはバスケットから小さ目の干し芋を一枚取り出した。一口大にちぎると灰色猫の前に差し出し、残りを自分の口に放りこんだ。灰色猫はチラリとメアリの顔を見上げてから干し芋を口にし、食べ終えるとメアリの手に顔をすりよせてきたのでメアリは灰色猫を抱き上げた。
<ちょっと重たいな、、>
牧草地の草は朝露で濡れているのに灰色猫の長い毛は濡れてはおらず、キラキラと光る細かなラメのような物が灰色の長い毛のあちこちについていた。
「猫ちゃんは迷子?この首輪、とっても綺麗な飾りがついてるね」
メアリが首輪の飾りに触ろうとした瞬間、
「ッシャーーーーーーッ!!!」
灰色猫は全身の毛を逆立て威嚇した。
メアリは驚いて灰色猫を腕からするりと滑らせてしまったが、灰色猫はフワリと着地するとメアリの足元にすり寄り、
「ニャ、、ニャァァーーーン、、」
「あ、ごめんごめん、大丈夫?」
「あっ!そうだ!おじいちゃんのとこに行かなきゃ!」
「猫ちゃんまたね!」
威嚇され少し怖くなったメアリはそう言うと灰色猫に手を振り、急ぎ足で去ろうとした。
「ニャッ!」
灰色猫はメアリの足元に駆け寄り並んで付いてくる。
「あー、一緒には行けないよ。おじいちゃんは猫が嫌いなんだー。猫ちゃんもお家へお帰り、バイバイー」
灰色猫は立ち止まり、その場に座り込むとフサフサとした尻尾をゆっくりと揺らした。メアリはその様子を見て灰色猫に手を振ると前を向きおじいさんの家へと歩きだした。
しばらくすると灰色猫の姿は見えなくなった。
メアリは灰色猫が後をついてきていないか何度か振り返りながら、おじいさんの家近くの小さな橋まで来ていた。おじいさんの家は、小川沿いの水車小屋の近くにある赤いとんがり屋根の家だ。橋を渡る頃、もうすっかり陽は昇ってぽかぽかとした陽気がメアリを優しく包んでいた。
おじいさんの家につくといつものようにドアを開けようとしたが鍵がかかっている。
「おじいちゃーん!」ドアをノックしたが返事がない。
<朝の散歩からまだ戻ってないのかな?>
仕方ないのでポケットから合鍵を取り出し鍵を開けた。ドアを開けた瞬間、メアリの足元を何かが風のようにすり抜け家の中に入ってしまった。
「何っ!?猫ちゃん!!ダメだよ!外に出て!」
メアリは大きくドアを開き灰色猫に手招きした。灰色猫はメアリを見上げ「ニャッ」と笑うように鳴くと奥の部屋へ歩きだしてしまった。
<なんだかあの猫、変だ。イヤな予感がする>
メアリは灰色猫を追いかけて奥の部屋へ走った。奥の部屋はおじいさんのアトリエになっていて、装飾品や人形や小物などが所狭しと置かれていた。灰色猫は作業机の上に飛び乗ると、作りかけのスノードームに顔を近づけた。
<あああ、、おじいちゃんに怒られるよ~~~どうしよう、、そうだ!>
メアリはキッチンへ行き、干してあった川魚を手にすると振りながら灰色猫を誘導しようとした。
「猫ちゃん~、こっちこっち~、ほーらお魚だよ~」
灰色猫は見向きもせずスノードームをひとつひとつ確認するように覗き込んでいた。
「このお魚おいしいんだけどな~~」
「何がおいしいんじゃと?」
メアリの背後からおじいさんの声がして、メアリは思わず背筋をピン!と伸ばした。おじいさんは、ふぅ、とため息をつくとメアリの方へ歩きながら、
「メアリ、玄関のドアを開けっぱなしにして何をしているんじゃ?猫でも入ってきたら困るだろう」
「あ、あのね、おじいちゃん、あのこれはね、、」
「アトリエには勝手に入ってはいかんと、いつも言っているじゃろう」
「だから、あのね、猫ちゃんが、、」
「猫!じゃと!?」
アトリエまで来たおじいさんは作業机の上の灰色猫を見るなり、
「メアリ!その猫から離れるんじゃ!今すぐ!」
「!」
メアリがおじいさんの方へ駆け寄ると、おじいさんはメアリを自分の後ろに隠した。
「よう!じいさん!まだ生きてたのか」
<!?、、、、喋った、、!?>
メアリはおじいさんの背中にしがみついて隠れながら、恐るおそる灰色猫を覗き見た。
「お前さんこそ!何しに来たんじゃ!」
「ここへ来る理由なんてひとつしかないだろ?さっさと出しな」
「出すもんなんてない。とっとと帰るんじゃな」
「ジェーンが困っているんだ」
灰色猫の声色が変わった。
<ジェーン、、?ママと同じ名前、、>
「おっ、、、っ!」
おじいさんは何か言おうとして言葉を飲み込んだ。灰色猫は作業机からふわりと降りるとおじいさんの足元へ駆け寄りおじいさんの顔を見上げ、
「ジェーンを助けてくれないか」
灰色猫を睨んでいたおじいさんは、
「、、、ジェーンは覚悟して出て行ったんじゃ。わしにできることはない」
<ジェーンてママのこと?ママは死んだっておじいちゃんとパパが、、>
メアリの心臓は今にも飛び出しそうなほどに高鳴っていた。ママはメアリがまだ赤ちゃんの頃に事故に遭い、死んだと聞かされていた。けれどもお墓はなく、一緒に事故に遭ったというパパはどこにも怪我してないうえに今も元気でメアリと暮らしているのだ。ずっと抑えていた、ママに会いたい、という気持ちが、今またふくらみ始めていくのをメアリは感じていた。
「スノードームの国は灰に壊されようとしている。今ならまだ止められる。頼む、今一度、力を貸してくれ」
<スノードームの国?灰?>
メアリは、ママについてもっと確実な事を聞きたいと耳を澄ませた。
「わしから大切なものを奪っておいて、今さら頼むだと?」
「違う!今止めなければ、こちらにも灰が迫ってくるんだ!だから!止めたいんだ!」
「なんじゃと、、!?こっちにもじゃと?そんな話は聞いておらんぞ!お前さんはわしを騙しておったんか」
おじいさんは今にも灰色猫に掴みかかろうと手を伸ばしたが灰色猫は素早く後ろに下がった。
「騙してはいない。私も知らなかったんだ。ジェーンは食い止めようとしているが一人ではとても抑えきれない」
<猫ちゃんが喋ってるんだから、ママが生きててもおかしくない。よね?>
おじいさんは呆れた顔で灰色猫から顔をそらすと、はぁーーーーっと深いため息をついた。
「わしには何もできんぞ」
「例のスノードームを作ってくれ。頼む」
<スノードームを作ればママを助けられる?>
<死んだはずのママに会える?ママ!会いたい!!、、、そうだ!>
「おじいちゃん!猫ちゃんすごく困ってるみたい!作ってあげたら?」
「!?、、いかん!メアリ!なんてこった、、お前さんのせいで途中からメアリがいるのを忘れとった」
「あーぁ、聞かれてしまったわい、、」
おじいさんは片手で頭を抱えて首を左右に振った。
「何も話してないのか?」
「当り前じゃ!」
「メアリは連れて行かんぞ。これは絶対だ」
「それはわかっている。ただその子は行きたがっているようだが」
「スノードームの国って?テーマパーク?」
メアリは目をキラキラさせて聞いた。やれやれという感じでおじいさんは、
「テーマパークではない。こことは別の世界の国じゃ。あー、そうじゃな、メアリにも話す時が来たということか。不本意ではあるがな」
おじいさんはそう言いながらジロリと灰色猫を見やると、
「この猫は悪い猫じゃ。この猫に近づきすぎないように出来るなら、メアリ、話してあげようかの」
「フン」
灰色猫はそっぽを向いたがその顔は和らいでいた。おじいさんはアトリエの奥から頑丈そうな箱を持って来ると作業机の上に置き、その中身の小さなスノードームをひとつひとつ大事そうに作業机に並べながら、
「昔むかーしの話じゃ、、」
「おい!じいさん!そんな時間はない!手短に話せ」
「ほらな、悪い猫じゃろ?」
「あはは」
「いいかいメアリ、うちで代々スノードームを作っているのはスノードームの国の為なんじゃ。メアリにも作り方を教えたじゃろ?」
「うん」
「スノードームの国で時々困った事が起こる。それを改善したり修理したりじゃな。そんな雑用をあの猫はやれと言っとるんじゃ」
「、、、まぁそんなとこだ」
灰色猫はバツが悪そうにうんうんと頷いた。
「スノードームの国の人は自分達でできないの?」
「そうじゃな、向こうの国では人ならざる者がほとんどなんじゃよ。人間のようにはできない、という事なんじゃ」
「人ならざる者、、?」
「うーん、そこの猫とかな。動物じゃな。他には妖精や妖怪やら天使やら悪魔じゃな。」
「妖精!?妖精ってほんとにいるんだ!私行ってみたい!」
メアリの目は輝きを増していった。おじいさんは小さなスノードームをひとつひとつ布で磨きながら話を続けた。
「悪魔もいるんじゃぞ。数は少ないが灰が増えると悪魔が集まってくる」
「でも天使もいるんでしょ?」
「天使はいるにはいるが、悪魔を倒すとかではないんじゃ。天使には大事な仕事が別にあるんじゃよ」
「ふーん?よくわからないけど、私行っても大丈夫かな?」
メアリはすっかりスノードームの国に行く気になっていた。もちろん本当の目的は生きているかもしれないママに会う事。だけどそれを言ったら行かせてはもらえなさそうな気がして黙っておくことにしたのだ。
「大丈夫かどうかはこの猫にしかわからんな。おい猫、どうなんじゃ?」
「とりあえず城まで行ければ安全だ。その先はまだわからない」
「わからない?メアリにまで何事かあったらどうしてくれるんじゃ!」
「、、、そうだな。やはりメアリは置いていこう」
「えっ!やだおじいちゃん!お願い!私気を付けるから!お願い!」
メアリは今にも泣きだしそうな顔でおじいさんに懇願した。そのあまりの真剣さに灰色猫はスツールの上に飛び乗るとおじいさんの耳元で何か囁いた。
「お前さんがそれでいいなら、わしはかまわんが」
灰色猫はしっかりと頷くとメアリの方を向き、
「メアリ、私が護衛しよう」
「護衛?猫ちゃんが?でもおじいちゃんが近づくなって」
「向こうではこいつの方が詳しいから、悪い猫じゃが役には立つ。それにこいつは意外と強くてな、護衛にはピッタリなんじゃ」
「そうなんだ、ありがとう猫ちゃん!よろしくね!」
メアリは嬉しそうに灰色猫をモフモフした。
「あ、でもパパに言っておかないと心配しちゃう」
「パパ」
「ロビンは何時に帰るんじゃ?その前に戻れば大丈夫じゃろ」
「いつもどおりなら夕方6時ごろ」
「6時か、まだ朝じゃて、多分間に合うはずじゃ。状況によるがな」
「さあてと、これらはまだ使えるじゃろうか」
おじいさんは先ほど磨いた小さなスノードームを灯りに透かして覗き込んだ。灰色猫が作業机に飛び乗り確認している。
「どれも使えそうだ。流石じいさんだな」
「当り前じゃ。わしに感謝することを忘れるでない」
灰色猫とおじいさんが楽しそうに準備をしているのを、メアリは不思議そうに眺めていた。ママの事を聞いてみたいがやはり怖いのでやめておいた。
「あと持っていく物はあるか?弁当はいるじゃろ」
「いつ行くの?」
「できれば今すぐにでも」
「あれ?おじいちゃん、スノードームの国ってどこにあるの?」
おじいさんは小さなスノードームを一つ手に取ると、
「この中じゃよ」
◇◇◇ 第2話へ続く
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