「護衛は怨嗟の夢を見た」第二話

「一流魔術師の夢を見た」

『7/29 08:33』
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今日、ここ佐々木情報事務所では一人の男の説教が聞こえていた。その声の他に、紙パックを蹴る音が聞こえる。

「護衛、お前はいつになったら掃除するんだ?」

事務所の中は、床に転がる大量のいちごオレの紙パックと、それを踏みながら護衛に向かい説教をしている佐々木の姿があった。

しかし護衛はその状況を気にもとめず、説教の原因、ゴミの元であるいちごオレをストローから啜っている。そして飲みきった紙パックを床に投げ捨てる。

「またお前は!掃除するまでほっとくつもりでいたがこんな所に客がきたらどうするつもりなんだ!」

「佐々木、声がでかい...”こんなところにきゃくがきたらどうするんだ?”」

「マジで...マジでお前...」

そんなやり取りをしている中、ドアの向こう側からコンコンとノックの音が鳴る。佐々木は説教を”一時停止”して、客の応対の準備を始めようとする。しかしそんな準備をする間も無く、勢いよく事務所の扉が開く。

「なんでうちの客はこうタイミングが悪いんだ...?」

「あら?何か言ったかしら?」

その扉から入ってきた人物は、護衛とほぼ変わらない、または護衛以下の年齢であろう女の子であった。
ブラウンの髪に明るい茶色の目、何処かの学校の制服にパーカーを着た少女は何処か明るい雰囲気を感じさせる。

「あぁいえ...ここは佐々木情報事務所ですけど、お部屋間違えてたりしませんか・・・?」

「失礼ね!私の名前は佐藤紗希(さとうさき)”魔術師”よ!」

彼女の口から聞こえたその言葉は、佐々木の緩みきった顔を一気に引き締まる。佐々木は先程の声とは全く違う声色でこう言う。

「そちらは失礼致しました、ご希望の情報は怪異ですか?それとも魔術師でしょうか?」

「は...話が早いわね、とある魔術師の情報を探しているの」

佐藤紗希と名乗るその少女は、一枚のファイルを佐々木の目の前にあるテーブルに置く、そこには佐藤紗希のプロフィールに並び、佐藤家の家族のプロフィールが記載されている。

「こちらの資料と探している魔術師にどういったご関係が?」

佐々木は素直な問いかけをする、すると紗希は片腕を抑え、少し低くなった声で話を続けた。

「...刺客に追われているの、魔術組織の」

「なるほど、追われてからどれぐらいの期間が?」

「一週間よ」

「...あまり時間が無いですが、こちらの情報も少ないですね...後日来て頂いても?」

少し悩んだような声色で佐々木は答えた、そして資料を手に取り紗希の後ろを振り向いた瞬間、震えた声で紗希は佐々木に言い放つ。

「うちの父が既に殺されてる!もう何日も余裕は無いのよ!」

「...何が起きたんですか?」

「それは....1週間前の真夜中の話よ」

『7/22 01:15』
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深夜1時、紗希は父の帰りを待っていた、いつもは11時には帰ってくるはずの父がこの時間になっても帰ってこないのである、携帯の連絡も繋がらない。紗希は不安そうな様子で父の携帯に電話をかけている。

「まったく...お酒でも飲んでるのかしら...」

「今日は一緒に魔術研究をするって言ってたのに...」

しびれを切らした紗希は、携帯で呼び出しを続けながら玄関から出ようとする、すると玄関の外から父の携帯の呼び出し音が鳴っている事に気づく。

「もうお父さん!この時間までどこに行ってたの?」

紗希は明るい声で玄関のドアを開け、父を迎え入れようとする、しかしそこにあったモノは氷漬けになった”父親だったもの”と、結露が付き、着信音を鳴らし続けている携帯だけだった。

「お父...さん?」

返事はない、父親だったものからは白い冷気が出ており、その表情は苦しみに満ちている。そしてその姿勢は這いつくばりながらも玄関に逃げ込もうとする物だった。

『7/29 08:51』
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「なるほど、そんな事が...」

佐々木が話を聞きながら紗希の顔を見る、その頬には涙が伝っている。佐々木は頭を悩ませるかのように顎を触り、首を捻る。そしてその状態から数秒が経過した後、少し温かみのある表情で紗希に声をかける。

「...わかりました、今日中に刺客とされる魔術師の情報を集めましょう、その為に詳細をお聞きしたいです」

少しハッとした様な表情になった紗希は、急いで涙を拭った、そして未だに震えた声で答える。

「ごめんなさい、初対面の人に...詳細は話すわ、でも外に出てからにしましょう」

「事務所の中の方が都合はいいのでは?」

「いえ、調査をするのであれば私も手伝うわ、一応私も魔術師ですし」

佐々木の表情は驚きの表情に変わる、そして明らかに動揺したような口調で紗希を説得しようとする。

「え、あなたも来るんですか!?」

「当たり前でしょ!詳細を伝えている間に一日が終わるわ!」

「えぇ...どうしましょうか...」

佐々木は先程の様に顎を触り頭を捻る、しかし先程と違って思考時間がかなり長いのである。紗希は思考してから十数秒経った後、しびれを切らしたのか、佐々木の腕をぐっと掴む。

「いいから行きましょう!ほら早く!」

「え、えぇぇ!ちょ、ちょっとまて!”護衛、行くぞ!”」

「誰に話しかけてんの!ほら!調査をしながら全部説明するから!」

事務所の扉が閉まると、そこには静寂が戻った。

『7/29 10:21』
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「ここが紗希さんの屋敷ですか?」

佐々木は大きな屋敷を見上げながら、少し感心した表情で紗希に問いかける、紗希は胸を張りながら。

「そうよ、魔術師家業とは別に母は実業家ですから」

「それはすごいな...情報量値上げするか...」

「....何か言った?」

佐々木は滅相もないと言う様に手をふるふると振る、そんな冗談めいたやり取りをするのもつかの間、佐々木は真剣な表情に一変し、渡された資料を読みながら紗希に事の詳細を聞く。

「それで、佐藤家が追われている理由をお聞きしても?」

「ええ、私の家は”現代魔術”を専門とした魔術家なの」

『げんだいまじゅつ?』

そう言った瞬間、佐々木の影が歪み、周囲の空間が少し暗くなったように2人は感じる、紗希は明らかに警戒の素振りを見せているが佐々木はこの状況に対してとても冷静である。

そして佐々木の影が人一人分盛り上がったかと思うと、その影が徐々に少女の形を象ってゆく。

「な、なんなのコイツは!」

「言ってませんでしたね、護衛として働いてもらっている怪異です」

「.....」

紗希は驚きの表情から変わらず、そのまま固まっている。佐々木は紗希の目の前で手を振り、呆れた表情で言う。

「それで護衛、どうして急に出てきたんだ」

「げんだいまじゅつって何」

「お前それ知らずに今まで...じゃあもう一度だけ説明するぞ」

佐々木はやれやれと言った素振りを見せ、護衛に対し説明を始める。

「まず護衛、お前は”認識”って概念はわかるよな」

「分かる”ある”とにんしきしたモノがげんじつに出るんだろ?」

「そこは分かってるな、じゃあ魔術の説明から始めるぞ」

佐々木は護衛に対し、説明口調で話を続ける。そして護衛はいつにもなく無表情で、それを聞いていた。

「まず魔術というのは”超能力”と呼ばれる力を模倣、というよりは改造したものだ」

「ちょうのうりょく...知ってるぞ、にんしきを使ってたたかう奴らだろ」

「間違ってはないが...そうだな、言ってしまえば”人ひとり”で認識を使い、人智を超えた力を行使する人間の事だな」

「当然それは人間には過ぎた力なの、大体は発狂したり脳が破壊されたりで20歳までは死んでしまうのよ」

そう言いながら紗希が護衛と佐々木の間に頭を入れる。

「って紗希さん、放心状態から戻ってこれたんですね、てっきり1時間はそうしているのかと」

佐々木は冗談めいて拍手をするが、紗希がその手を上からぴしゃりと叩く、そして少し怒ったように

「失礼ね!これでもれっきとした魔術師です!神秘には慣れています!!」

「それはそれは」

佐々木は少し笑う、そして護衛が今までのやり取りがなかったかのように、静かに質問を続けた。

「ちょうのうりょく...確かにみんな、どこかあたまがおかしかったな、だが魔術師はまともだぞ?おまえ以外」

「お前...まぁいい、魔術師が何故正気を保っていられるか、だな」

「それは魔術師が人ひとりで能力を使ってないからだ」

「...どういうことだ?」

護衛がどこか不思議そうに質問をする、それに対し佐々木は少し頭を抱え、暫く悩んだ後に話を続ける。

「魔術師は超能力者が持っている認識能力とは比にならない程の認識が入っている”認識の器”から引っ張ってきて、魔術たる力を行使するんだ」

「分かりやすく例えれば....魔術師という人間しか持っていない鍵を使い”魔術”という認識が入った鍵付きの棚から一部を抜き取ってる感じだな」

「...それで、げんだいまじゅつってなんだ?」

「そうだ、そっちが本題だったなじゃあ次は”魔術の問題点”について...」

「ちょっと!説明ばっかりじゃなくて仕事してもらえます!?」

仕事をしろと言わんばかりに紗希は玄関前の扉を開け、中に入れと地団駄を踏む、佐々木と護衛は仕方ないと言った表情で玄関の中に入る。

「申し訳ないです...では早速、此処に”目”を置きますね」

「”目”?」

「ちょっと失礼します....よっと!」

そう佐々木は言うと、ポケットから包帯でグルグル巻きにされた小石の様な物を屋敷の屋根の上に投げる。
数個程投げ終わり、佐々木が口を開いたかと思うと、どこの国にも似つかない、不明瞭な言語を抑揚無く呟き始める、まるでそれは何かの詠唱の様だ。

紗希はその言語を聞き、ほんの少し考えたかと思うと、まるで自分自身に復習する様に独り言を言う。

「これは呪詛...あなた呪術師だったのね」

「....そうですね、私は一応呪術師って事になります、以前に少しだけ教えてもらった事があって」

「なら魔術協会の登録はしてないのね、所謂野良魔術師って奴?」

「そんな感じです...よし、家全体に”目”を張り巡らせました、これで怪しい場所を探せたりもできます」

佐々木は少し疲れた様子で紗希にそう伝える、紗希も納得したように玄関前のドアを閉める。

「なるほど、母は別の場所で匿ってもらっているから、家はひとまず安心ね...それで怪しい物は無い?」

「そうですね...家の周りには特にありません、侵入などされていないのであれば家の中を調べる必要もありませんね」

「家にはまだ入られていないはずよ、次は聞き込みかしら?」

「そうですね、では人通りのある場所に行きましょうか」

3人は紗希の家を後にした。

『7/29 16:11』
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佐々木と紗希、そして護衛は住宅街から少し移動した商店街で聞き込みをしている、しかしそれらしい情報は集まってない様だ。

「....聞き込み、中々成果が出ないわね」

「そんなもんです、魔術師なんて隠れてなんぼですからね」

「それに魔術師は秘匿主義がほぼですから、隠れるのは得意なんでしょう」

「その秘匿主義によって私の父は殺されたのよ、本当にクソッタレな思想よ...」

「...”認識の希釈”を危惧してるんですかね、まぁその辺りも情報を集めれば分かるでしょう」

佐々木は腕をめいいっぱい上げ、伸びをする。紗希は父の死の事を思い出したのか、片腕を抑えうつむいている。今にも泣きそうな雰囲気だと佐々木は感じた。

「...ちょっと軽食でも食べましょうか」

佐々木はそう言いながら「美味しいコロッケ」と看板が掲げてある肉屋に向かって歩き出す、紗希は佐々木の方を向き、目の周りを赤くさせながら佐々木に怒り付ける。

「だからそんな時間は....!」

「貴方がそんな調子じゃ情報も集まりません、気分転換も仕事のうちなので....ほら、どうぞ」

佐々木は肉屋から買ったコロッケを紗希に渡す、紗希はハッとした表情をし、再度うつむいてしまう、そして渋々そのコロッケを受け取り、一口食べる。
そして、紗希は少し笑いながら言う

「この店のコロッケ、美味しいのよね...」

そう言った瞬間、佐々木の顔が真剣な表情に一変する、そして紗希の肩を叩き、何が起きたかを説明し始める。
佐々木の目は白く鈍く光っており、佐々木の頬には汗が伝わる、その表情は真剣でありながら少し苦しそうである。

「”目”に引っかかった奴が出ました....見た目は黒ローブの大男、痩せ型で右手には...コイツは”水の杯”か?」

紗希は文字通り目の色を変え、魔術のスイッチを切り替えた、そしてコロッケを佐々木に渡し、紗希家の屋敷に向かって走る。

「先に行ってる!」

「”Spade Deuce”」

紗希は走りながら”Deuce”という言葉を叫ぶ、すると紗希の走る速度が明らかに速くなり、佐々木が追いつけない程の速さになる。
佐々木はすぐに紗希を見失ってしまった。

『7/29 16:16』
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紗希家の屋敷の裏山に、黒いローブを着た大男が立っている、その見た目は佐々木が”目”で確認した情報と一致している、紗希は電柱の裏に隠れ、その男を視認すると、右手をパーカーの内ポケットに入れる。そしてポケットから回転式の拳銃を抜き取る。
そしてその拳銃を大男に向け、引き金を引きながら呟く。

「⏤⏤⏤”Ace”」

その腹の底から響き渡るような声と同時に紗希は拳銃の引き金を引く、すると拳銃の銃口から轟音と共に翡翠色の軌道をなぞりながら弾丸が飛び出す。
その弾丸は大男に向かって一直線に飛んでゆく、その軌道は揺れること無くまるでレーザー銃の様な正確さだ。

そして大男の心臓の寸前まで弾丸が近づく、すると大男は笑みを浮かべながら杯、正確には杯を模したベルを鳴らす、その音は地獄の底から聞こえるような低く、不快な音だ。

音が鳴った瞬間、大男のコートの中から銀色の液体が飛び出し、弾丸に向かい飛び込んでいく、そしてその液体は弾丸を乱暴に包み込む。

「なっ...!」

「甘いな、小娘」

大男はもう一度ベルを鳴らす、すると液体が白い冷気を発し、パキパキと弾丸が凍る音が聞こえる。そしてその液体から粉々になった弾丸が地面に落ちた。

「”水を意味する杯とそれを応用した水銀の冷凍...!”」

「だけど...”King!”」

紗希はそう叫び、銃の引き金を複数回引く、そして飛び出した琥珀色の軌道を出す弾丸が大男の元へ向かう。
大男はベルを鳴らし、液体を壁のように動かし銀色の壁を自分の目の前に置く。弾丸はその銀色の壁に着弾した瞬間、土煙を上げながら爆発を起こす。その爆発の規模は小さいながらも、銀色の壁を形成している液体の一部を弾け飛ばすのが見える。

「やった...!」

そう紗希が呟くのもつかの間、土煙が晴れる。まだ煙が残る先に見えたのは先程と変わらず立っている大男の姿だった。

「効いていない!?」

「....何かしたか?こちらの攻撃は届いているぞ」

紗希はその大男の発言を聞き、現在から居る場所から退避しようとするが足が動かない、咄嗟に下を見ると靴の部分に銀の液体がまとわり付いており、どんなに動こうともびくともしない。

「捕まえたな小娘、安心しろ、一瞬で殺してやる」

大男はそう言い、ベルを持った腕を振り上げる、そしてそれを振り下ろすその瞬間⏤⏤⏤。

ベルを持っている大男の手に蹴りが入る、靴底が腕にめり込み大男は苦悶の表情を浮かべる、そしてベルを蹴りが来た方向に向け、カランと鳴らす。
すると紗希を拘束していた銀の液体が紗希から離れ、壁になっていた液体と共に蹴りの主に襲いかかる。

「ハッ!情報屋か!貴様は呪術師だろう!」

「(呪術は言霊を何節も発しないと発動しない魔術、わざわざ前に出るとはコイツはとんだ間抜けだ!)」

液体は常に動きを変えながら地面に突き刺さるが、彼はそれを難なく避ける。そしてその男は黒いメガホンを口に当て、何処の国も似つかない言葉で”一言”発する

「”██(静止せよ)”」

その言葉を聞いた瞬間、大男はビクリを痙攣した後動きが固まる、

「な...”呪術で単節詠唱”....!?」

「改造品でね、これが三流の戦い方だ、覚えとけ」

「...さて⏤⏤⏤”護衛!”」

そう言った瞬間、男の影から一人の少女が飛び出し、尖りきった液体に向かい拳をぶつける、するとソレは通常の液体のようにばしゃりと地面に落ちる。

大男が固まっている間、紗希の目の前に一人の手が差し伸べられる。

「佐々木...!」

「コロッケ忘れてたんで届けに来ましたよ、”ついでに”助けに来ました」

紗希は安堵した顔で佐々木の手を掴み、立ち上がる。そして大男の方を睨み、銃口をソレに向ける。
大男は必死にベルを鳴らしている、しかしその音は通常のベルの音に戻り、銀の液体は一向に動かない。

「何故だ...!?何故動かない!!」

そう言った瞬間、大男の足に銃弾が貫通する、大男は叫び声を上げ、足を抑えながら倒れ込む。そして大男の目の前に立っている紗希と佐々木のうち、佐々木は最後にこう言った。

「”認識殺し”だよ」

屋敷の裏山には、一発の銃声が鳴り響いた。

『8/1 12:06』
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今日、ここ佐々木情報事務所では一人の男の溜息が聞こえていた。その声の他に、掃除機の音が聞こえる。

「だからなんで紗希さんが此処に居るんですか...?仕事は終わったはずでしょう?」

「だーかーらー!私が貴方の助手になるって決めたの!」

「それは誰が?」

佐々木が問う。

「私が決めた」

紗希が答える。
その答えに佐々木は頭を抱え、膝から崩れ落ちた。紗希はそれを気にも止めずに事務所の掃除を続けている。

その様子を、護衛はじっと見つめていた。

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第二話 終

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