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掌編小説289(お題:博士の欠けた感情)

おはようございます、博士。

先ほどA氏からメールがありました。――ほら、亡くなった奥様のアンドロイドをご注文された、あのおじいさんですよ。

内容は、先週納品したアンドロイドF13-642980についてのクレームですね。もっとも、厳密にはA氏ではなく彼のお孫さんからのようですが。I嬢とおっしゃるようです。

苦情というのはつまり、完璧すぎる、というものですね。またしても。

ええ、僕のほうでも製造過程の各レポートは改めましたけど、もちろん今回も博士のアンドロイドは完璧でした。病気で著しく低下していた左目の視力や慢性的な腰の不調、夕食時には決まって近隣の奥様方の陰口を聞かせる性格の難まで、博士は夫人の根幹の人格はそのままに身体的・心因的不備を的確に修正したうえで再現してみせたのです。

実際、納品当時のA氏はF13-642980を見て泣いて喜んでおられました。これはまさしく妻そのものだと。いいえ、妻以上に正しい妻らしさを持った理想の妻だと。

I嬢が指摘しているのはそこなのです。つまり、F13-642980はあまりに完璧すぎた。

A氏は、夫人の好きだった要素に加え、あわよくばこうであってほしいと思っていたところまで見事修正されたおかげでより深く夫人を愛すこととなりました。しかし、これによってA氏は、I嬢の言葉を借りれば「アンドロイドに依存し、私たちのような不完全な生身の人間に対して過度にハードルがあがってしまった」そうです。

町の子供に様子を見に行かせましたが、A氏は現在も屋敷でF13-642980と二人きりで暮らしているようですよ。日中は庭に出てティータイムを楽しんでいるそうで、子供の目から見ても仲睦まじい老夫婦然としていたと。博士の手がけたアンドロイドですからもちろんなんの問題もありません。しかしそれは「孤独」というのではないか、と、I嬢は懸念しておられるのです。

いいえ、回収する必要などありません。

どうやらI嬢は我が偉大なる博士のアンドロイド製造過程を、一から二、二から三とまるで積みあげていくものだと思っていらっしゃる。だから彼女は言うのです。せめて八とか九で止めればいいじゃないかと。どうしてそれができないのかと。彼女はわかっていない。博士が真に天才であることを。一を十にしていくのではなく、博士なら、最初から十の完璧なアンドロイドができてしまうということを。

博士が頭を抱えることではありませんよ。博士のように思考、そしてそれを実行できる人間はほんの一握りなのですから。すべてこの世界――凡人が無神経に氾濫して博士のような素晴らしい天才を少数派とし、あまつさえ罪悪感を抱かせる、この世界がいけないのです。

専門、という漢字は小学生のときに習うでしょう? 僕はこれを覚えるのに教師から「点ナシ口ナシ」と教わりました。ほら、「専」の右上に点はつかないし、「門」に口は入らないから。

専門家に欠陥なんてあたりまえなのです。

漢字からして、欠陥が約束されているのです。

さぁ博士、今日もどうぞ心の赴くままに研究を。不完全が愛おしいなどとうそぶく凡人の心など、神に選ばれし天才には理解できなくて当然なのですから。

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