見出し画像

「暗い太陽パラドックス」

「暗い太陽のパラドックス」という言葉を知っているでしょうか。昨今は地球温暖化と二酸化炭素の関係が地球科学の領域を超えてSDGsという枠組みの中でも取り上げられているのはもう今更私が取り上げる必要のないくらい取り上げられています。この暗い太陽のパラドックスという過去の科学者たちが取り組んできたパラドックスには、我々の住む「宇宙船地球号」の古代の姿とこれからの姿を明らかにする上でたくさんの示唆を与えてくれます。

ここからはこの暗い太陽のパラドックスについてお話しし、地球システムの面白さを感じていただければいいな、なんて思いながら書いていきます。

「太陽か暗かった」
現在の地球は太陽光が降り注ぐことで、水は凍らず、人間を含む生物が暮らしやすい温度に保たれています。しかし、いつしか太陽は膨れ上がり地球を飲み込むという話は聞いたことがあるかもしれません。太陽のような核融合によって光り輝く恒星、主系列星は時間と共に明るさを増していることは恒星進化論としてよく知られています。逆にいうと大昔、ここでは46億歳という人間で言えば壮年の地球がまだ幼児だったとき、太陽はもっと小さく暗かったと考えることもできます。太陽進化の標準モデルから考えると、太陽は現在の30%程度の輝きしか放っていなかったと推測されています。

「暗い太陽」の下では地球は凍ってしまう?
ではそんな状況では地球の温度は下がり水は凍りついてしまうのではないでしょうか。いわゆる「スノーボールアース(雪だるま地球)」と呼ばれる全球凍結状態になってもおかしくありません。しかし、あらゆる研究から、幼児の地球はむしろ高温状態であったことが示唆されており*、全球凍結していた証拠は得られていません。この矛盾を「暗い太陽のパラドックス」と言い、1972年にカール・セーガン博士によって提唱されました。地球が凍りついてしまっていたら生命は誕生できません。どんな環境で生命は生まれて、どんな環境で生きていたのか、どんな気候システムが地球環境を支配していたのか、この問題は生命起源、そして環境問題にも関連するミステリーであり、その土台となる根本的な問いであるとも言えます。

Sagan, C., & Mullen, G. (1972). Earth and Mars: Evolution of atmospheres and surface temperatures. Science, 177(4043), 52-56.

「温室効果ガス」
「暗い太陽」の下で、地球を凍らせないために考えられた解決策は、「温室効果ガス」の存在である。いわゆる二酸化炭素やメタンといった気体の「毛布」で地球を覆うことで、日射量の不足分を相殺していたという考え方であり、耳馴染みがあると思います。そして基本的にはどんな温室効果ガスに満たされていたのか、初期の地球は現在の大気組成 (水蒸気を除けば、窒素(78.08%)、酸素(20.95%)、アルゴン(0.93%)、二酸化炭素(0.03%)とどう違ったのか、というのがこの問題の肝です。

アンモニア仮説:初期地球は臭い?
最初に考えられたのは「アンモニア(NH3)」がその犯人であるという説である。アンモニアが主犯であるという考え方に至ったのにもいくつかの面白い背景があります。これはかの有名な「ユーリー・ミラーの実験」である。この実験は「初期地球の大気を模した」雰囲気下で放電させると生命の素であるアミノ酸などができる反応です。これは生命の素が地球環境の下でできることを示した、生命起源研究の先駆けになった実験です。そしてこの時、初期地球を模した大気の主成分としてアンモニアが考えられていたのです。

しかし、さまざまな研究の結果、初期の地球の大気はアンモニアがそれほど含まれておらず、「水蒸気・二酸化炭素・窒素(N2)」という弱酸化的大気だったと考えられています*。硫化カルボニルという温室効果ガスの効果でアンモニア分解が妨げられた可能性も示唆されましたが、アンモニア自体は水に非常に溶けやすいことも問題でした。ということでアンモニア仮説は弱いです。https://www.natureasia.com/ja-jp/jobs/tokushu/detail/178

Ueno, Y., Johnson, M. S., Danielache, S. O., Eskebjerg, C., Pandey, A., & Yoshida, N. (2009). Geological sulfur isotopes indicate elevated OCS in the Archean atmosphere, solving faint young sun paradox. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(35), 14784-14789.

Hattori, S., Danielache, S. O., Johnson, M. S., Schmidt, J. A., Kjaergaard, H. G., Toyoda, S., ... & Yoshida, N. (2011). Ultraviolet absorption cross sections of carbonyl sulfide isotopologues OC 32 S, OC 33 S, OC 34 S and O 13 CS: isotopic fractionation in photolysis and atmospheric implications. Atmospheric Chemistry and Physics, 11(19), 10293-10303.

二酸化炭素仮説:コナンだったら真っ黒の人影
次に考えられたのが、The温室効果ガス、二酸化炭素です。これは現在の地球温暖化問題からも直感的にわかるように、かなり有力な主犯です。現在の100倍以上の二酸化炭素が存在していたという報告もあります。そうすれば十分に温室効果は得られると見積もられます。植物をはじめとした現在の生物は太陽光を利用して二酸化炭素と水から有機物(CH2O)を作り出し(炭素固定)、老廃物として酸素を大気に捨てます。さらにサンゴや有孔虫といった生物は、海中に溶けた二酸化炭素を使って炭酸塩(CaCO3)骨格を形成し、成長し、死ぬことで海底に炭酸塩を沈殿させます。当然炭酸塩は海の中で勝手に沈殿もします。つまり、現代の地球システムでは二酸化炭素は発生した分除去されるようにバランスされています。一方で、そのような生物のいない幼児の地球ではその分の二酸化炭素余剰があったことは想像しやすいです。

しかし、ここでも問題がありました。2012年の論文で、初期地球の大気は現在の2倍以下程度の大気圧しかない、この程度の大気圧(=空気の量)では二酸化炭素がパンパンに充填されても温室効果は足りないと報告されました。さらに窒素N2は現在の大気の78%を占めることからもわかるように、反応性が低く(窒素の三重結合が強くN2として居座る)、大昔から大気を満たしていたと考えられます。つまり二酸化炭素だけで充填された大気にはなり得ないし、どう考えても二酸化炭素だけの温室効果では足りないわけである。はぁ。。。

Som, S. M., Catling, D. C., Harnmeijer, J. P., Polivka, P. M., & Buick, R. (2012). Air density 2.7 billion years ago limited to less than twice modern levels by fossil raindrop imprints. Nature, 484(7394), 359-362.

メタン仮説:隠れていた大穴
そこでメタンも一緒になればいいのでは?という新説が現れました。メタンは二酸化炭素より高い温室効果を発揮します。これも「牛のゲップと地球温暖化」とかで知られるように有名なお話しです。牛のゲップもそうですが、基本的にメタンはメタン生成古細菌という微生物が二酸化炭素と水素からエネルギーを取り出し、その過程で老廃物としてメタンを生成しているわけですが、幼児の地球でそのような微生物がいたかは分かりません。35億年前の地球でメタン菌が生きていたことは報告されていますが、それはもう少し後の話です。(これはこれでおもしろい報告)

Ueno, Y., Yamada, K., Yoshida, N., Maruyama, S., & Isozaki, Y. (2006). Evidence from fluid inclusions for microbial methanogenesis in the early Archaean era. Nature, 440(7083), 516-519.

ではメタンは初期の地球に存在したのか?ということですが、メタンは「岩石から」も発生します。実際にはカンラン岩と呼ばれる初期地球にはありふれていた岩石が水と反応(水ー岩石反応)することで水素が生まれます。この水素(H2)が二酸化炭素(CO2)と反応することでメタン(CH4)が生じるのです。このようにメタンは幼児の地球において毛布の材料として使われた可能性は高いのです。

終わりに
暗い太陽のパラドックスはこのように二酸化炭素とメタン(と硫化カルボニル)などの混合気体の存在によって説明されます。最新のモデリングでは、現在の濃度と比べて二酸化炭素が10倍、メタンが50倍あれば可能であるとも試算されています。さらにアルベド(地球表面での太陽光の反射率)が今より低ければさらに簡単に地球を温められます。幼児の地球の姿は現在でも精力的に具体化が図られています。

今更ですが、もし大気がなかったら地球の温度は-20℃程度まで下がってしまうことがわかっています。逆にいうと大気組成(二酸化炭素:約0.03%, メタン: 約2000ppb (0.0002%))のバランスがいかに重要かが見えてきます。 もちろんこれらだけが要因ではありませんが、この1パーセントのさらに100分の1程度の気体の増減が地球システム、生物へ多大な影響を与えてきたのです。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?