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医師が政策研究大学院大学/GRIPS修士課程を終えた感想



そもそも「公共政策」を勉強した理由と期待

もともと医師である僕がなぜ公共政策を勉強したか。通常、医師が社会/集団/マスへのアプローチについて勉強しようと思ったときには、多くの場合、「公衆衛生学」を学びます。そのため、まだ数が多いとまでは言えませんが、公衆衛生大学院にいき、公衆衛生学の修士号を取得する(Master of Public Health: MPH)という選択は徐々に普及しつつあります。
こういった中で、あえて公共政策を選んだ理由を以下に述べます。
 
・政治力学や制度、社会の動向によって大きく影響されるから、「医学、公衆衛生学的に理想」を掲げても、それが社会には実践できないこと。学問としての「公衆衛生学」ではなく社会にそれを制度として実装するための内容を学びたかったため。
・健康という側面からだけみるのでは、ひとが幸福に(幸福が社会の価値観として十分かはさておき…)生きていくための社会には片手落ちであるため
・例えば「健康の社会的決定要因」にアプローチするとしても、そのためには経済や労働政策、教育政策などにアプローチしないといけないため。そのような他の学問分野の理解がなければ、医療側からの一方的な情報発信(あえて言えば無責任な)となってしまうと感じた。
・社会保障費も、高齢化も、医療や健康はさまざまな意味で日本の大きな要素(課題)であるため。

これら考えから、あえて公衆衛生学ではなく、公共政策学を学ぶことを選びました。
 

なぜGRIPS:政策研究大学院大学を選んだか。

ものすごく短絡的にいうと
「公共政策 医療政策 修士課程でググって上の方にでてきたから」
 
そもそも読者の多くも同じだとおもいますが、「政策研究大学院大学」という名前は僕も知りませんでした。
ちょうど、医師になるときに目標としていた「救急科専門医」「集中治療専門医」を取得し、年齢も30歳を過ぎ、コロナ禍第5波の陣頭指揮がひと段落したところで、次のキャリアを見つめなおしたときに、大学院で勉強しよう!と思いました。
上のようなキーワードで検索したところ、上位ででてくるのは政策研究大学院大学や東京医科歯科大学の修士課程がでてきます。
今回、上のような目的で学ぼうと考えていたため、「医師や医療とはできるだけ異なる環境で学びたい」と思い、各大学医学部にある医療政策の修士課程や博士課程ではなくGRIPSを選択しました。
またGRIPSは、中央/地方公務員を中心として「社会人経験があること」を入学条件としていることも同級生のいる学習環境として理想的でした。
 
実際、海外の公共政策の修士課程も少し調べました。例えば、ハーバードケネディスクールや、シンガポールのリーカンユーなどです。ただ、「行政」や「公共政策」のような患者/現場から離れたドライな議論にどこまで自分が本当に興味があるのか、応募する時点ではわからなかったため、そのような分野で「海外」「留学」というコスト/賭けを行うことにためらいもあり、日本でのコースを選ぶことを決めました。
さらに追加すれば、僕は、海外でキャリアを積んだとしても、最終的には自分の生まれ育った日本社会に還元したいと考えており、そのためには「何かしらの学問分野は日本で修めること」が必要だろうと考えていたことも、日本で学ぶことを選んだ理由の一つです。
 

実際に政策研究大学院大学で学べたこと

具体的な科目や内容については、別記事での科目紹介を参考にしてください。

https://note.com/sasaki_akihiro/n/ncc775e99e692

https://note.com/sasaki_akihiro/n/n15323a06842c

ただし、当然ですが明らかに公衆衛生大学院とは異なる内容を学べることは強調しておきたいと思います。
僕が学んだだけでも政治学/行政学、計量経済学を含む経済学、データサイエンス、農業政策、社会保障政策、医療政策、外交安全保障政策、科学技術政策、都市政策などの講義をうけることができました。ほかにも国際協力や開発学、法学、インフラ政策、防災政策など選択の仕方で学ぶことできます。
 
公衆衛生大学院で学ぶような、より健康科学や生物統計学に近いような科目は少ないのは当然ですが、
一方で、医療政策以外でも、災害医学や感染症対策などの分野の方であれば防災政策、国際医療支援/国際保健に興味がある方なら外交や国際協力/開発学、医学を含めた科学研究やその社会実装という点であれば科学技術政策、インクルーシブなまちづくりという方であればインフラや都市計画など、広く関連した内容を学ぶことができ、これは公衆衛生大学院とは異なった利点といえると思います。
 



官僚/公務員の同級生

日本人コースで入学すると、同級生の多くは地方公務員、次に多いのは中央政府の公務員です。わざわざ大学院に職場から1年間出向してくる、そのような人として選ばれるひとたちなので、基本的に優秀/出世頭/なにかしらの意欲がある人が多いので、平均的な公務員の方とも異なるのかもしれません。
行政職や公務員というと、とかく医師や医療従事者は「どこか冷たい」「現場をわかっていない」「お役所仕事」というようなことをいいがちですが、『官僚機構』という制度そのものをあらわすものとして一面では真実ではありますが、そこで働くひとりひとりの公務員にとっては
「行政というまた別の現場」
「公務員それぞれも生活がかかったひとつの仕事」
ということを実感をもって認識できました。これは自分自身の気づきとして大きく、これからは安易に「現場がわかってない」などとは言えないな、と。彼らには彼らの現場、彼らの事情、職業人としてのやむにやまれぬ理由などが存在していて、
そこに対してなにか訴えかけるのであれば、訴える側もそのような事情を踏まえた上で作戦を練っていくことが大事であると感じました。
 

留学生の多さ

実は、政策研究大学院大学は、日本人学生よりも外国人学生のほうが多いです。4月入学の国内向けコースではコース内の同級生はもちろん日本人ばかりですが、あえて秋入学の留学生プログラムに所属している日本人の方もいます。また授業の選択をすれば英語で開講される科目を留学生たちに混ざって受講することができます。
かなり多くの国から参加しており、東南アジアが一番多い印象ですが、中南米、東アジア、東南アジア、中央アジア、中近東、アフリカ、中欧、東欧、オセアニアの学生たちと会いました。
もちろんほかの国の制度やその多様さから学ぶことも多いですが、一番かわるのは「日本」という国についての自己認識だと思います。
とかく、日本にいると欧米+中国などとの比較などが中心になりますが、日本のいい面も悪い面も、もっと多くの国の中の比較で想像できるようになった気がしました。
 

特に面白かった科目

個人的には、飯尾潤先生の「政策過程論」と岡島正明先生の「食料農業農村政策特論II」が最も知的好奇心が刺激された科目でした。特に後者は、農業コースの科目なのですが、生命倫理(農業なので)と公共哲学について、行政の現実的な事情と日本の民俗的な背景にのっとって考えていく、非常に哲学的な授業でした。日本の制度や政策については、日本の市井の民俗的な背景をきちんと理解しなくてはいけない、と強く認識させられる内容でした。
学習内容としては、小野太一先生の「社会保障総論」とその英語版「Social Security Policy in Japan」と島崎謙治先生の「医療政策特論I」は特にためになる内容でした。面白いのは、この島崎先生の授業でも、日本の村における慣行など民俗学的な内容について解説されることが多かったことです。
 

弱点

もちろん弱点もあります。
一つ目は、当然ですが公衆衛生大学院や医学部大学院ではないこと。そのため、より特異的にPublic Healthを学びたいひとは当然合わないと思います。また修士論文のテーマとしても、患者データを使った研究やいかにも生物統計のような研究を実施することは困難ですので、そういった内容をやりたい方は公衆衛生大学院などを選んだほうがよいと思います。一方で、制度論や政策の意思決定の過程、健康に関わるのだけど医療や保健だけではない内容を扱いたい人には向いていると思います。

2つ目は、授業の内容の不足点があることです。ぼく個人として、本当は受けたかった科目、公共政策学ならあるべきだろうと考える科目、他の公共政策大学院ならあるような科目で不足を感じることがありました。具体的には、公共哲学、教育政策、環境政策などです。おそらくこの大学院の設立背景や関係者の人脈などから、つまり出身省庁などの関係で、文部科学省、環境省などとのつながりや興味関心が薄いというのがありそうです。
 
3つ目は、公務員、特に地方公務員からの出向による日本人学生の確保に依存しすぎているところ。六本木に立地し、社会人のみの大学院で、「政策研究」を銘打っていると強味があるにも関わらずもったいない点です。ときおり公務員しぐさ(前例踏襲、前任者からの引継ぎ…)が前提になっていることがあり、前任者がなく公務員でもなかった僕はときどき苦労することがありました。また人材交流という点でも、公務員だけではなく、NPOや民間、企業出身者、シンクタンクやコンサルタント、政治家出身者などより多様な学生が所属できることが理想であると考えていました。
 

今後の政策研究大学院大学への期待

今後の期待として、いま書いたように、より多様な人材が政策へのリテラシーをもち、政策について理解のある人材業界が成立するようなリボルビングドアに、この大学院がなることを期待したいと思います。実際に、地方議会議員などがパートタイムなどで(政治塾などではなく)学問として行政、政治などを学ぶことは質の低下が問題視される地方議会などにとって重要だと考えますが、現状政策研究大学院大学はフルタイムコース主体であるので、議員は落選しないと学習できません。
これは、民間企業や医師にとっても同様です。
せっかくの政策研究という学問分野を公務員で独占するのではなく、
ある程度のパートタイムコースや、学生の副業許可など融通のきいた課程運用に改善して、より多様な人材が所属し、より広い業界へ政策リテラシーを普及させていくような大学院となっていってほしいと思っています。
 
また本当は「公共政策」が興味なのに「公衆衛生」に進学してしまっている潜在的な需要が、実は医療関係者の中にはあるのではないか、と思っています。そのため、公衆衛生大学院との共同やコンバインドプログラムなども面白いのでは?と勝手に考えています。
 

こんな人は政策研究大学院大学/GRIPSに向いている

①公務員で、公共政策を学びたい方
②公共政策に興味があるが、まずは1年間低コスト国内で学びたい方
③医療関係者などで、医療の制度とかに興味があるが、公衆衛生学より政策や制度などの実践に興味がある方(医療政策コース)
④医療制度に限らず、より広く社会政策を学びたい方
⑤海外留学にも興味があるが、まずは日本国内で同様な環境に身を置いてみたい方(秋入学コース)
⑥医学研究など日本の研究に課題を感じたり、研究成果の社会実装に興味がある方(科学技術イノベーションコース。パートタイムあり)
⑦国際保健や国際医療支援に興味があるが、ロジスティクスやインフラという側面の興味がある方(国際協力コース)
⑧災害対策に関する政策に興味がある方(防災コースなど)


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