館山市の財政からみる「緊縮財政」による地方財政再建の限界


 千葉県館山市は古くから続く城下町で、館山都市圏、館山商圏、南房総観光圏の中心都市であるが、人口減少および高齢化によって長期財政推計で2027年度に赤字となることが推測されている。将来負担比率などは2010年代後半の行政改革によって改善し、現在の財政指標は比較的安定しているが、この長期財政推計や基金積立残高の減少傾向をふまえて、行政改革委員会によってさらなる行政のスリム化を検討している。しかし、今後進む財政収支の悪化は人口を含む社会構造の変化によるものであり、さらなる行政改革によって得られる財政状況改善の余地は少ないという指摘がある。このような構造的変化による財政悪化に対しては、さらに行政サービスを削減するのみではない方法が必要となる。どのようにして館山市は人口構造の変化に伴う財政悪化に対処していくのか、という疑問を考えていく。

1 館山市の概要と人口動態
 千葉県館山市は房総半島南部に所在する市である。古くより城下町、藩都として栄えてきたが、人口動態について将来的に厳しい動向が見込まれている。1950年の59424人をピークに高度成長期には人口が減少し、1980年56257人を最後に減少傾向が続いており、現在は44400人程度である。大学卒業後および50-60歳代において転入超過があり、大学卒業後および定年定職後のUターン/Iターンが観察されているが、総人口の減少傾向は年々強まっており、2040年には35000人程度まで減少することが見込まれている。生産年齢人口(15-64歳)および年少人口(0~14歳)においても同様の減少傾向が続いている。また1995年以降は人口の自然減も続いている。特に高校、大学進学のタイミング、高卒者の就職による転出が目立っている。このように館山市は総人口および生産年齢人口が減少し、65歳以上の人口比率が高まっている。

2 館山市の財政状況
 館山市の令和4年度当初予算では、一般会計224憶5200万円、特別会計131億6497万円、公営企業会計(内容は下水道事業のみ)9億9289万円であり、総計366億986万円である。一般会計予算は平成30年度以降増加傾向が目立っている。平成30年度時点では、179.5億円であり、対前年比でも14億9500万円(+7.1%)の増加となっており、これは過去最大規模の予算である。市の予算説明書では、中学校の大規模改修工事や食のまちづくり拠点整備などのためであると記載がある。特別会計についても、高齢化に伴う医療費や介護費の増加により年々緩やかに増加しており、対前年比で2億4900万円増加している。これらを目的別にみると、扶助費など社会保障に関連した経費が増加傾向であり、今年度については投資的経費も増加している。
 歳入について言及する。自主財源は95.9億円で、その比率は42.7%である。市税収入は57.3億円で25.5%であり、6割近くを依存財源に頼っている。市税は、高齢化にともなう生産人口の減少にともなって緩徐に減少傾向である。目的税として、都市計画税と入湯税を市として徴税している。
市債については令和元年度以降、台風被災復旧事業や今年度の中学校の大規模改修やごみ処理場工事などの大規模施設事業などのために増加している。現在市民1人あたり40万円となっているが、これは同規模団体平均41万円と同等程度に留まっている。
 一方、基金残高は大きく減少している。平成25年度以降、歳出予算の拡大に対応するために基金を取り崩しており、令和3年度では61.3億円の残高見込みだが、令和4年度では47.4億円にまで減少する見込みである。市民一人当たりでは3.7万円の基金残高であり、同規模団体の7.1万円に比較して少ない状態である。行財政改革委員会の中でも、安定的な基金運用ができるようにすることが望ましいと指摘されている。

3 行財政改革
 館山市では職員数の削減、職員給与の削減、小学校の統廃合、プールなどの指定管理者制度などを進め、行政のスリム化を進めてきた。この結果、将来負担比率は平成29年度で66.0%、平成30年度で45.3%であったが、令和2年度では29.9%と改善している。同様に、平成29年度の長期財政推計において令和4年度での形式収支が赤字になる予測がされていたが、これは上記行政のスリム化などによって先延ばしにすることができていた。
しかし令和2年度および3年度の長期財政推計では、いずれも令和9年度に赤字見込みと推計され、高齢化および人口減少による市税の減少と扶助費の増加によって、将来的に赤字となる予測には変わりがない。また本年度の中学校やごみ処理場など大型工事による市債の増加と基金の減少、さらに新型コロナウイルスによる商業/観光業の不振、令和元年台風による被災などが財政に対する課題として存在している。
 こうしたことを背景にさらなるスリム化のために行財政改革委員会が開催されている。その中で、公共施設等総合管理計画を推進し公共施設の延床面積20%減少を目指すこと、市が主催する複数イベントの終了や民間移譲、看護学校学生への支援の廃止、高齢者への「祝い金」の廃止が議論されている。
 一方、行財政改革委員会の中では、行政のスリム化による公務員の負荷過剰や執行の遅れが指摘されている。議論のなかで例として挙げられていたのが、令和元年台風の予算執行である。令和2年度7月開催の行財政改革委員会の中で、令和元年台風による災害関連予算の執行率が10%であるとしてその執行の遅れを批判されている。
 実際、経常収支比率は95.0%と高い割合を示しており、財政の自由度は制限されている。ラスパイレス指数は99.4%、人口1000人当たりの職員数は8.48人と類似自治体と比較して標準的であり、財政指標からは公務員数や人件費が財政に負担を与えていることはしめされない。このように館山市では従来の行財政改革によって一定程度の財政改善効果を得たものの、将来に向けてさらに財政状況の改善が必要であるが、すでに人件費削減等の従前の方法では改善が困難になってきている。

4 地域交通の課題と定住自立圏
 館山市の公共交通は、上記のような人口減少や自家用車の普及によって利用者の減少が減少している。そのため、単独での採算が困難であり、行政が負担する路線バス補助金等の負担も増加している。特に地域内交通の主力となる路線バス網は、館山市と南房総市に広くまたがっており、館山市と南房総市の2市で連携して公共交通の維持を試みている。
 地域内路線バスに対する館山市による補助金は、令和元年度で1950万円であり、路線バス、スクールバス合わせて3008万円を負担している。同様に南房総市も路線バス、市営路線バス、スクールバスに出資しており、2市あわせて令和元年度2憶2982万円支出している。これに対し、従来から館山市では、観光振興施策やまちづくり施策との連携や、住民利用の実態調査やその収支などの定量的な測定、住民および交通事業者を含む協議会を設置など行い、令和元年度により南房総市と合同の協議会を設立し、公共交通計画を策定している。
 このような動きを背景に令和2年に館山市と南房総市で定住自立圏形成協定を締結し、令和4年度より定住自立圏ビジョン懇談会でその内容を策定している。当初は歴史的および地理的に近く、現在も公共交通、医療圏、商業圏などを共有する鴨川市、鋸南町を含めた3市1町による定住自立圏形成を平成21年度に検討していたが市町間での合意に至らず、その後平成30年度より再度館山市と南房総市のみの2市で定住自立圏形成に向けて調整した10年以上の経緯がある。この定住自立圏の中では、館山市が中心市の役割を担うことになる。策定中の定住自立圏共生ビジョンの中で、「交通ネットワークの維持・整備」が取り組みとして挙げられ、事業としての予算が確保されている。令和4年度について3513万円の事業費が見込まれており、令和8年度までの5年間で合計2億1593万円を予定している。地域住民および観光客誘致のための地域交通ネットワークの維持を行っていくことが計画されている。定住自立圏に伴う交通事業については、国土交通省の地域公共交通確保維持改善事業として補助が行われることから、定住自立圏を形成した上で市をまたぐ地域交通を計画していくことは、地域における行政サービスの意味でも、地方公共団体の財政としても有意義なものとして機能すると考えられる。
 このような館山市の範囲を超えた課題であり、同時に財政的な負担も大きな課題として医療や教育なども挙げられ、これらについても同様に南房総市との定住自立圏共生ビジョンのなかで今後策定されていくこととなっている。

5 課題
 これまでみてきたように、館山市はこれまでの行財政改革によって財政指標などは改善していたが、この先も続く総人口および生産年齢人口の減少によって長期財政推計で令和9年度に赤字となることが推測されていた。それに対応するためさらなる行財政改革を検討する一方で、行政のスリム化の限界が指摘され始めている。また地方自治体として地域住民への行政サービス提供を行うことや、地域としての機能の維持のために一定の支出が必要とされている。このような問題を解決するための一つの手段として、隣市である南房総市と定住自立圏を形成したことを紹介した。
 一方、いくつかの課題が残存している。1つ目は、定住自立圏による協力範囲が十分に広域ではないことだ。例えば地域交通においても、路線バスは館山市から南房総市を経由して、鋸南町または鴨川市へ向かう路線が含まれており、鉄道も館山市、南房総市を通るJR内房線の終点は鴨川市に存在する。また館山市および南房総市が含まれる安房保健医療圏における三次医療機関は鴨川市に所在している。このようなことから地域交通を計画する際に不完全な課題解決になる可能性や適切な財政負担が阻害される可能性がある。2つ目が、協力範囲が十分に広域ではない結果として、法定外税などの財源を確保することが難しくなっている点である。今回例に挙げた地域交通については、定住自立圏等による補助金を活用するほかに、滋賀県が検討しているような交通税を導入することも選択肢である。しかし、近隣自治体の中に税を導入しない自治体が存在する中で、交通税を導入することは困難であり、また仮に導入したとしても住民の移動が起きて十分に税の目的を達成できないことも考えられる。3つ目として、地方財政の在り方の課題である。行政のスリム化が必要であることは一定の説得力があるが、館山市を含め財政再建団体に指定されるほど財政指標の悪い自治体はほとんどなく、今回みたように今後地方財政の課題となるのは人口構造の変化による税収の低下と扶養費を中心とした支出の増加による財政の悪化が主因である。これに対して、行財政のスリム化によって支出を抑えることが主な手段となっている。一方、税収を中心とした市の収入を改善するための施策には投資的な側面が存在し、行政のスリム化が強調される状況においてそのような施策を打ちにくくなっている。例えば明石市は独自に子育て施策を推進し、子育て分野に多くの支出をしているが、その予算確保のために公共工事などの予算は大幅に削られている。仮に自治体独自の施策としてある産業を促進しようとした際に、財政面では減税と補助金が主な手段となる。減税は自治体独自に行うことが難しい一方、補助金については地方財政を圧迫する可能性があり、地方自治体が将来の歳入拡大のためになにか施策をするためには難しい財政的判断が必要となる。
 これらのような課題は地方自治体のみで解決することは困難であると考える。今回館山市でみたように定住自立圏形成はひとつの財源確保と地域課題解決の有効な方法であるが、一方で政治的な事情を含む個別の理由から不十分な広域連携に留まる可能性がある。また今回みたように地域内の自治体間の調整に難渋すれば締結までに10年以上かかることもある。このようなことから広域連携に関連する制度に加え、自治体の経常収支比率など自治体財政の自由度を考慮した交付税や法定外税の規定を設けることを提案する。交付税は原則的に現在の当該自治体の状態が計算されて交付されるが、自由度が一定以下の自治体に対しては将来の人口や産業の見込みを考慮して追加で交付することや、法定外税や独自の減税に対する規定を緩和することによって、地方自治体が独自の施策を行う余地を産むことができる。

 このように館山市はすでに行財政改革が一定程度成果をみているにも関わらず将来的な赤字が推測されている。これは人口構造の変化による影響が推測され、行政の効率化のみでは改善することが難しいことを示している。定住自立圏を含めた広域連携が一つの対策であるが、地方自治体が独自の積極的な施策をできる余地をうむような交付税や法定外税の在り方が検討される。

(参考文献)
令和4年度館山市予算書 館山市予算に関する説明書
令和2年度館山市の財務書類
南房総・館山地域公共交通計画(原案) 南房総・館山地域公共交通
館山市・南房総市定住自立圏共生ビジョン(原案)
広域連携の未来を探る・連携協約・連携中枢都市圏・定住自立圏 公益財団法人 日本都市センター
Website:館山市 市政情報 行財政改革
https://www.city.tateyama.chiba.jp/shisei/cate000269.html

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