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やさしい深夜だより

お久しぶりです。
こちらは転職して、6年ぶりにひとり暮らしをはじめました。
あなたはどうですか?
新人の教育係になったと聞きましたが、持ち前の人を包み込むやさしさで早々信頼を得ているんじゃないかなと思います。
はじめて会ったときから、私はあなたのやさしさに助けられています。
人見知りでクラスになじめなかった私に、唯一声をかけてくれたのはあなたでした。
すっかり大人になってしまいましたが、今でも鮮明に覚えています。
入学直後のテスト明け。授業がはじまった日の4時間目の前。
「お腹へったね」
はにかみながらとなりの席の私に言ったあなたは、緊張させない心遣いの上手な人だと思いました。だから私もリラックスしてふつうに会話ができたんですよ。あなたのかんたんな一言のおかげで、クラスメートとも仲よくなれました。ありがとう。
ですが、いちばんよかったことは、あなたの親友になれたこと。
これからも友達でいさせてください。


 17行書いて、ペンを止める。出していたペン先をしまうと、木製のデスクに置いた。
 15年前、高校生だった同級生の友達に送る手紙。にしては、かしこまっていて堅い印象だ。母の友人がくれる年賀状の文みたい。遠くにいても想ってるよ、の意味も年賀状にはあると思うけど。まだ、そんなに離れていない。
 忘れるような10代を過ごし、お酒が呑める20歳になり。いつの間にか、アラサーとよばれる世代に。職場では後輩が増え、どうしようもなく嫌なこともあれば、おだやかに笑えることもある。とくべつな変化もない日々。だけど、おおきな不満もなく生活している。
 場所や環境がちがうけれど、きっとおなじようだと思う。手紙は出せてないけれど、電話は季節ごとにしているから。時候のあいさつよりもかなりくだけた、時折意味のないことを言いながら、おたがいの話をする。毎日つながっているわけじゃない。だけど、心のどこかにいて、ふと顔が浮かぶ。ちいさなよろこびも、ちょっとした失敗も、今度の電話でしようと思う。緊急性が高ければ、スマホから文で送る。


  最初の2行は、メッセージアプリで事足りる。花柄の便箋を半分に折って、デスクの引き出しに入れた。ここには改めて手紙を出したいなと思ったのはいいものの、終わりまで書けなかった気持ちたちが積み重なっている。仲のいい友達だからこそ、半端な手紙は送れない。ちょっとあきらめていたところに、かわいいレターセットをみつけたりして、また直筆の文章で伝えてみようと試みる。そして納得がいかず、閉じてしまう。
 手紙が相手に渡ったほうがいいにきまってるけれど、考え想っていることを書く時間が大切だと感じている。まだ恥ずかしくて、本人には言えていない。きっとやわらかく笑ってくれるだろうけど。脳裏に浮かぶ友達は、いつも朝の光のように、あざやかであたたかい。

 

 意識的にまばたきをする。暗闇に友達、人工的な光に現実。何度かくりかえす。書きもののお供の、飲んでいるマグカップに手を伸ばした。覗き込むと、底にとけきれなかったココアの元が残っているだけだった。上唇と下唇を合わせると、ほんのり甘い味がした。新しく淹れようか。
 マグカップから目線を上げると、まあるい置き時計から時刻の情報が。1時8分。もう寝なくては。アラサーに夜ふかしなんてさせたら、明日がたいへんになる。休日とはいえ、すっきり起きたい。それに頭を悩ませてつづった文章も、これ以上はよくならない気がした。友達のためにつかう時間は、よゆうがあるときのほうがいい。
 スタンドを切って、デスクからキッチンへ。ひとり分のマグカップを洗う。ほんのちょっとの泡と、ほんの少しの水で、本来の色になる。1膳の箸、1個のお茶碗とお椀、おかず用の1枚の皿、冷たい飲みもの用の1個のガラスコップ。こじんまりとした水切りラックにマグカップも仲間入りさせる。

 

 洗面台の前で、自分の顔をぼーと眺めながら歯磨き。
 スマホの写真フォルダにあるものよりも、歳が増しているように見えた。だけどそれは、脱衣所の光量が足りてないだけだ。これからを考えて、げんなりしないように勇気づける。ひとりだと、たびたび現実から遠ざかることがある。にぎやかとは無縁になるけれど、ひとり暮らしは気に合っているようで。家のなかではやさしい日々がつづいている。
 口をゆすいで、流れている水を止めたら、電気を消す。自分の顔を映していたものがなくなり、わからなくなった。私の顔を、認識できるようになったのは、友達と出会ってからのことになる。ガラケーで思い出を撮るようになったから。画質は粗くて、今見るとほんとうに私なのか、疑問に思うくらいだけど。おなじ地域に住んでいるからと集められた集団のなかにいた中学生のころより、自分の意志で選んだ高校は、知らなかった部分を発見できた。三年間で、はじめて顔を知った。発掘に貢献したのは、手紙のむこうのあの子。

 

 ベッドサイドに導く明かりを目指して、薄暗闇を歩く。なにもないところでつまづくこともある。と、アラサーの友達から聞いた。慎重に行く。3月の床は、まだ冬のなごりがあって冷たい。それでも足をしっかりつけて進んだ。
 オレンジ色のランプは、周りをわずかに照らしている。わたしがそばを通り、ベッドに腰かけても、光はゆるがなかった。サイドテーブルにスマホを置き、ランプを消そうと手を伸ばす。

 ぐぅー。

 お腹が鳴った。晩ごはんが消化されてしまったらしい。ちょっと早い気がするよ。なんどか、オレンジ色のランプは半熟たまごの色に似ているな、と思ったことはある。けれど、今日は1回も連想していない。お腹の食いしん坊さに、笑った。伸ばした腕を引っ込めて、膝の上にだらんと置いた。朝ごはんは、目玉焼きにしようかな。カチカチではなくとろっとした黄身にする。たまごかけごはんのように、お米に乗せてもいい。しょうゆをかけたら、さいこう。お味噌汁もほしい。具は、とうふとわかめと細切りにした大根。シンプルで、安心する。1杯分のつくりかたも、本で知ってから挑戦するようになった。
 お腹を満たしたくなったけれど、もう寝よう。朝ごはんのメニューはきまったので、あとはねむるだけ。「明日はどんな風にお腹が空くだろう?」ほんのちょっと思って、半分熟したランプをこんどこそ切る。おやすみなさい。


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この曲をイメージして書きました。
ほんの一部という感じがしますが……。曲をテーマにするのはむずかしいですね。
すてきな曲なので、ぜひ。

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