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床屋の孫、市長選挙に行く

気が付けばもう4月後半。近隣農家さんの圃場ではすでに田植えしてあるとこもあって少しびっくり。

うちのお米たちはまだまだビニールハウスで育苗中。

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本日4月25日は、石巻市長選挙投票日。街を作る長を選ぶ日。

毎日のように聞こえてきた各候補者の懸命な声、ちゃんと届きました。

現石巻市長にこの地で地域おこし協力隊として地域力の維持、強化を委嘱された者として、5月いっぱいで石巻を離れるけどこれからの石巻を想い、僕も一票投じに行かせてもらいました。

これからどの候補者が市長と選ばれ、この地域をより良い街に変えて行ってくれるか本当に楽しみだ。

そんな大事な投票日にボサボサの髪型では行けまいと、従兄弟がやってる床屋に、奥さんと娘と共に髪を切りに土曜日行ってきた。

実は、僕は床屋の孫。豆腐屋の孫でもあるけど。父方が床屋、母方が豆腐屋だった。

だから、中学に入るまで他の床屋さんには行ったことがない。いつもじいちゃんとばあちゃんに髪を切ってもらっていた。僕が物心ついた頃には、すでに床屋として二人とも引退していたけど、「じいちゃんばあちゃん髪切って」と言えば、自宅の洗面所がたちまち床屋に早替わりした。

懐かしいな。今でもその情景と匂いを思い出す。

引退したと言えども、二人とも床屋としての腕はいつまでも一流だった。そして、道具も大切に保管し、ハサミも綺麗にいつも研いであった。じいちゃんも物作りの師匠の一人。ハサミもクシも、なんでも自分で削って作っていたし、より使いやすいように、より切れるように、よりクシ通りがよくなるように工夫を加え、常にお客さんを想い、試行錯誤していたそうだ。聞けば東京までその技術を伝えに行っていたらしい。

すごいじいちゃんばあちゃんだった。

プラス、じいちゃんは取り分けオシャレだった。記憶にあるのは、外出はいつもスーツにベレー帽、そしてちょび髭。杖やネクタイ、アクセサリーにも拘っていたし、当時の田舎では相当なオシャレさんだったと思う。じいちゃんを知る近所の人たちから「ハイカラな人だった」と聞く機会も多いし。

今回は、そのじいちゃんばあちゃんの技を引き継いだおばさん、父の姉がやっている店に髪を切りに行ってきた。お店は違う場所に移り名前も変わったし、おばさんも引退している。今はその息子さん(従兄弟)がお店をやっている。

僕が生まれ育った所からそのお店は遠かったから、今回が従兄弟に髪を切ってもらうのは初めてだった。

無駄の無い動きに散髪技術、昔ながらの顔剃り、マッサージ、シャンプー付き。最高のプロフェッショナルなサービスを受け、いつも自分か千円カットで髪を切っていたから余計、その技に感動だった。

ちなみに奥さんと娘は、その従兄弟の息子さんにカットしてもらった。

うまくその技を代々と受け継がれながら、新しい技やスタイルを探求している。

おかげさまで、3人とも可愛く、美しく、そしてカッコ良く!なれました。ありがとうございます。また日本に帰ってきた時にはお伺いします!!

今回も前回の記事に続き「歴史を受け継いで行く事」の内容になったな。

農家も市長も、何事も温故知新って何か私いこと作るには欠かせない要素だなと再確認した、そんな週末。良い。

ここで今日のドイツ語!!

市長:Der(Die) Bürgermeister/in(デア ビュルガーマイスター”男性”/ ディ ビュルガーマイスターリン”女性”)
選挙:Die Wahl(ディ ヴァール)
床屋:Der Friseur(デア フリゾォーア)

それじゃ〜また来週!Bis nächste Woche!!



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