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第2回 「世界のカバン博物館」を訪ねて/「ウルトラシンプル茶箱」を組む

博物館の基本情報

 今回訪ねた美術館は、「世界のカバン博物館」です。ビジネスバックでおなじみ「エース株式会社」の企業ミュージアムです。私もace.のナイロンバッグを使っていますが、どんどん使って使いつぶしてくれという価格・構成でありながら、こぎれいな雰囲気もあっていろんな場面に合わせやすいですよね。

 エース株式会社に限らず、ある程度の規模をもつ企業が博物館のような文化事業を展開するのは珍しいことではありません。これは別に慈善活動でもなんでもなく、いたって実利的な背景があります。自社の業界の魅力を紹介して業界全体を盛り上げることは、すなわちパイを広げることそのものなので、最終的には自社の利益につながるという考え方があるのだそうです。
 まあそんな大人の事情はおいておくにしても、多くの企業ミュージアムにおいては、下手な地方自治体の博物館では望むべくもない予算・工数が投入されて、魅力的な展示が展開されています。しかもたいていの場合、入館料が低く設定されており、この「世界のカバン博物館」は無料で見学できます。

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 エース株式会社の創設者、新川柳作(1915-2008)は、若いころドイツ・オッフェンバッハ市の皮革博物館を訪ねた際、鞄のコレクションが貧弱であることに物足りなさを感じて、鞄専門の博物館の着想を得たといいます。後年、会社が大きくなったところで1975年に企業内博物館「世界のカバン館」を設立。2010年に「世界のカバン博物館」として公開しました。ビルのフロア1つ分の小さな博物館ですが、1つ1つの展示物に詳細な解説がつき、「どうです、これを見てくださいよ、このカバン面白いでしょう。」という声が聞こえてきそうな前のめりの雰囲気を感じます。

博物館の感想

 展示の基本構成は、
  ①パネルによる鞄の歴史解説、
  ②現代のスーツケースの分解展示&解説、
  ③地域ごとの世界のカバン展示、
 となっています。特に③では、貴重な実物が、「ヨーロッパ」、「アメリカ」、「オセアニア」、「アジア」、および「日本」に系統立てて展示されています。
 「日本」コーナーはさすがに充実していて、「革鞄の導入期となる近代」から、「皮革製品が軍需物資として統制下にあった戦時中」、「エース株式会社の飛躍の時期とも重なる高度成長期」、そして「エースの鞄が日本のビジネスパーソンを傍らで支え続けた'70s-'80s」まで、ちょっとした通史展示といっていいでしょう。

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 欲を言えば、①の歴史解説は傍らに実物を展示しながら見せてほしかったところですが、これは完全にわがままというものですね。ごめんなさい。むしろ、「実物を出せないから歴史コーナーは簡略化」という選択をせず、「大判パネルを壁一面にならべてしっかり解説」という選択をしてくれた点に感謝すべきところでしょう。パネル解説のコーナーというのは、とかく博物館では不人気コーナーになりがちなものです。モノがみられる点がウリの博物館にあってモノがないところですからね。でもパネルたちは多くの場合、学芸員さんの積み重ねてきた研究の成果をわかりやすく説明してくれているので、私としてはお得なコーナーだと思っています。このパネルの情報を書籍・論文を読んで得ようと思ったら、だいぶしんどいんじゃないでしょうか。

 歴史についてちょっと面白かったのは、革をなめす技術が発展したのが「19世紀中頃」ということです。みなさんはどう思われますか。私は意外と最近なんだなあと思いました。以前なにかの小説で、「シカを捕った猟師が脳漿を原皮に塗りつけて燻すことでなめし革をつくる」というシーンを読んだことがあります。小説の舞台は現代でしたが、そんなことは狩猟採集時代からやっていたのだろうと思っていました。
 もし19世紀まで十分ななめし技術がなかったのだとすると、ローマ人のカリガ(革ひもを編み上げたサンダル)も、騎士たちの馬の鞍も、十分になめされていなかったということになりますよね。あっという間に臭くなってしまったんじゃないでしょうか。あのカエサルもアーサー王も、……あまり考えたくない気もします。
 ひょっとしたら、「現在も用いられるタンニンを使ったなめし技術が確立したのが19世紀に入ってから」という意味なのかもしれません。英雄譚を気持ちよく読むためにも、そうであればいいなと思います。詳しい方がいらっしゃれば、ぜひアドバイスいただければうれしいです。

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 ③の世界のカバンについては、もうめくるめく希少レザーと匠の職人芸の競演です。ただ、そこは博物館。単なるお宝自慢にはならず、鞄という文化の中に位置づけて各展示物を紹介してくれています。
 ヨーロッパでは、ワニをはじめ象やシマウマなどの癖の強い希少レザーをあの手この手で曲げて伸ばしてセンス良くデザインに落とし込んだ鞄が目を引きます。一方アメリカは、新素材の技術開発に熱心で、ポリプロピレンやABSなどの樹脂材料、ゼロハリバートンのアルミニウムケースで有名な金属材料の鞄を実現しています。目を転じてアジアでは、中国やタイの繊細な技巧を凝らした鞄と中央アジアのフェルトの素朴な鞄が並んでいて豊かな多様性を愛でることができます。

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 さて、展示意図をくんで研究成果を拝聴するような博物館見学も楽しいのですが、おもしろ展示物をみつけてミーハーに楽しむのも素人の特権ですよね。私がびっくりしたのは、日本コーナーに展示されていたウナギの皮をなめして作った書類入れです。これは戦時中に統制品の革が使えないことを背景に作られたものなので、あまりミーハーな見方は不謹慎なのかもしれません。けれど、かば焼きの背側でカリカリになっているアレが、と思うとどうしても口元が緩むのを抑えられませんでした。
 もっとも、上には上があるもので、ウナギよりさらに貴重なアナゴの皮をなめした小物入れも展示されています。展示解説によると、「ふつうは食べるものなのでこのような使い方をされることは、ウナギ以上にまれ」とのこと。そうでしょうとも。希少度合いでいえば、サケ>ウナギ>アナゴ、のなのだそうです。ちなみに、アジアのコーナーでは、ヒキガエル皮のショルダーバックも見られます。世界は広いですね。

これがほしくなった

 今回ほしくなったのは、1930年、アメリカ、Wheary Trunk社製、「ワードローブトランク」です。

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 これは旅行先で正装を収めるための鞄です。ここでいう正装とは、モーニング、タキシード、イブニングなど、文字通りの正礼装で、当時の感覚でいえばシルクハットなども必須となります。実際にこの鞄にも写真向かって右下にシルクハットを収めるコンパートメントが設けられています。

 旅行鞄の歴史は、ごく大雑把にまるめるならば、「木の櫃を従者が馬車に積んで移動する時代」から「革の箱を本人が持ち歩く時代」への変化ととらえることができます。「トランク」という言葉には「幹」という意味があり、現在、旅行鞄を「トランク」というのは、古代、大木の幹をくり抜いて物を運ぶ櫃に使っていたことに由来するそうです。この歴史的背景のためか革鞄の初期のものは、「従者が馬車で運ぶ」感覚が色濃く残っており、持ち運ぶ家具といった雰囲気をもっています。ちなみにワードローブトランクという種類の鞄は、ルイヴィトンなどハイブランドの高級ラインで現役で販売されています。

発想の転換

 しかし、さすがにこれを作るとなると技術的なハードルが高すぎるし、出来上がったあと大きすぎて邪魔になってしまいます。私には従者もいませんし使いこなせる気がしません。ならば、これを翻案して何か面白いものをつくりたいと発想を転換しました。

 そこで、私は「ワードローブトランク」の何が気に入ったのだろうと考えると、「ある目的のための凝った道具がコンパクトに形よい容器に収まっている」点が好ましいのだと思い至りました。このコンセプトを得たとき真っ先に思い浮かんだのは、野点の茶の湯で用いる「茶箱」でした。
 どうでしょうこの飛躍。私は今、読者のみなさまの想像の斜め上をつけたのではないかと自負しています。

 Wheary Trunkの「ワードローブトランク」は豪華の極北ですから、今回組む茶箱は簡素の極北を目指してみました。そしてできたのがこちらです。

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 どうでしょうこの茶箱に対する解釈。みなさま超展開についてきてくださっていますでしょうか。200ml程度の水を燃料用アルコールで沸かすことができるセットです。茶箱用の茶筅は通常のものより小さいのですが、それでもこのセットのは入らなかったので、「Blendyカフェラトリー濃厚抹茶」を使うことにしました。

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 茶碗: スノーピーク チタンマグカップ220ml
 蓋: 自作(400gアルミ缶の底面をカッターナイフで切り取り)
 袱紗・茶巾: n-rit スーパードライタオルS、キムワイプ
 ストーブ: 自作(「Seriaアルミクリームケース5ml」に、燃焼理論を適当に参考にしてカーボンフェルトを充填)
 ゴトク: アトリエ雪月花 TriPod Ti Power
 風防: 自作(400gアルミ缶の側面をカッターナイフで切り取り)
 台座: 自作(アルミ板の四つ角を折り曲げ底面にカーボンフェルト貼り付け)
 燃料ケース: Seriaポリエチレン広口ケース15ml
 マッチケース: 15cm*15cm和紙折り紙
 撹拌棒:  Seria竹小杓
 菓子器:  Seriaアルミクリームケース5mlに金平糖

 なんだかここだけウルトラライト系アウトドアの記事みたいですね。ちなみにこの茶箱の総重量は燃料・お茶・お菓子込みで105gでした。ざっと検索してみてもこれよりも軽い湯沸かしセットはちょっと見つけられなかったので、ウルトラライト界隈の皆様にも価値のあるご提案ができたのではないでしょうか。ただもうこれを茶箱と認識する人は少数派でしょうね。

 まあ、私はそれでかまわないと思っています。「鞄」というのは突き詰めれば「ある目的のために物を持ち運ぶ入れ物」かと思います。その「入れ物」に付与される機能や美意識の多様性は「世界のカバン博物館」に行けばこれでもかというほど見ることができます。ならば、各人が各場面でよきところを、おおらかに、人様に迷惑をかけないように、追い求めていけばいいだろうというのが私の考えです。

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余談

 今回訪ねた「世界のカバン博物館」には「新川柳作記念館」が併設されています。先述のエース社創設者、新川柳作の生涯を通じてエース株式会社の足跡をたどるというものです。記念館の展示からうかがえる新川柳作の横顔は、スマートなace.バッグのイメージとは異なる、叩き上げの苦労人という印象でした。当時のエース株式会社の雰囲気も「ザ・昭和の日資企業」という感じで、社員を家族のようにとらえて、「ケの日は労を惜しまず仕事をしよう。ハレの日はみんなでパッと一緒に楽しもう。」という社風にみえました(今がどうなのかはわかりません)。
 このような昔日の日本企業の姿と、現在のグローバル経済に適応しようとする日本企業の姿、どちらが正解なのか、それぞれに正解なのか、あるいはいずれも間違いなのか、私はあと数年で某日本企業を退職する身の上ですが興味が尽きません。わずかな期間ですが、岐路に立つ日本企業の姿を内側から見て関わることができる機会を得たのは幸運なことだと思います。愛すべき「ニッポンのカイシャ」が世の中を良くする存在であれるよう、限られた時間を有意義に過ごしたいと思いました。

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