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道を歩く

昼の無駄話です。

前回徒歩通勤をしていた事を書いたが、歩くのが車や自転車と異る点は考えながら運動と通勤がこなせる点。他にも町の変化や空気の温度、植物、虫などの季節、そこを歩き出会う人の気配をしっかり感じられる点。

その頃の懸案事項の一つは妻の母の事だった。昼間はそんな事を考える気分では無い。仕事が終わって歩くと頭を切り替えられる。その時も重大事項を決定した。そんな事を今思い出す。それはたぶん歩いていなければ出なかった最高の判断だった。

妻の母は夫に先立たれ、息子夫婦と孫と同居している。息子、つまり僕の妻の弟はもの言わぬ仕事人間で、家庭の事は子供の事も全て妻に委ねるタイプ。その妻も働き者でしっかり者。一見何も問題が無いように見える普通の家族だが、それでもいろいろある。

夫に先立たれた妻の母はそろばんが天才的に得意だったり字も上手なので、あちこちから重宝がられて様々な誘いを受けた。町内会で会計をやらされたり、近所の人の誘いで夫のお墓がある寺で書道を教えたりした。そのうち、そうした近所の仲間から誘いで、何の関係も無かったエホバに入信した。

非常に真面目な人なので一生懸命に勉強して他人に尽くそうとする。僕たち夫婦は特定の宗教に入れ込む事はしていないので焦った。もちろんこの歳になれば、どの宗教が危険かの知識は多少ある。それでもオウム事件を経ても統一教会があれほど日本を蝕んでいたとは気付かなかった。

だからエホバの事も詳しくは知らなかった。東京でも、今の住居でも彼らはくまなく訪ねてくる。その度に丁重に断るのだが、悪質さを感じた事はない。妻の母を食事に誘い、話を詳しく聞くと何も間違った事は言っていない。間違っていないどころか、よく考えたほうが良いような現代の病巣にスポットを当てて解決するような話もしている。

たぶん僕もこのような会の立派な人と話をすれば、何も反対するような部分は無いと思う。ただ、宗教は必要としている人がすればいいもので、僕たちには今必要がない。その観点で考えると妻の母には必要性があった。

悪い言い方をすれば宗教はそうした、人が弱っていたり、寂しい心につけ込み、勧誘する。例えば高齢者が入院している病院で、見舞い中の配偶者に接近するのは常套手段のようだ。そんな時、夫に先立たれば妻は誰でも寂しく不安になる。その時に相談相手になったり、実務を手伝ってもらえればこんなに心強いものはない。

そうして自然に特別な思いから入信するのではなく、仲間づくりの一貫として宗教は存在している。考えて見れば会社なんてのも宗教のようなもの、道場なんかも全く同じと感じた事がある。

ただ、宗教にはお布施が有る。自分より恵まれない人達の為にその人たちと同等の生活まで落ちる覚悟をしてお布施し、余生を過ごす方もいる。
そうした人を周囲が非難する事ができるだろうか。
僕にはできなかった。

妻の故郷はいわゆる田舎で、都心までは1時間もかからなくても西武がブッシュを切り開いて作った新興都市。町から一歩離れれば今ではだいぶ少なくなったがトトロの森があるような所。周辺には妻と同じ姓ばかりのようなところで、どうして妻の母がエホバなんかに入信したんだと、娘の夫の僕にまず疑いがかけられたので他人事ではなくなってしまったのです。

それで僕たち夫婦は母に辞めるように説得を始めたのですが、どうしても合理的な理由が見つからない。金銭的な理由以外に辞めさせる理由がないのです。本人の金をどう使おうが本人の自由です。エホバに関しては輸血を禁じるなど、新聞ネタで反社会的とする見方をされていましたが、極力輸血をしないのは科学的に見て間違っているとは言えない部分も有ると僕はずっと考えてきたし、他に問題も見られなかった。それまで自分たちの生活しか考えてこなかったと反省する母の気持ちは僕には十分に伝わってきた。

そして新宿から自宅に帰る途中で妻に電話して、この話をしていた。
そしてついに話が終わり、結論を出した。
「もう、この事に干渉するのはやめよう」、「本人の好きにさせよう」

その後、母は熱心に勉強しステップアップしようと努力した。
その結果、他人の生活を羨んだり、寂しさを漏らす事は無くなった。
僕たちが出した答えは正しかったと妻と喜んだ。

しかし、現在は同居する弟夫婦に禁止され、詐欺に遭わないようにスマホも取り上げられた。自転車も危ないと処分されてしまった。
何もする事が無い母は、どんどんボケて行った。

あんなに他人の為に尽くす事に喜んで元気だったのに。
人って生きる理由が無くなればああなってしまう。
金銭的に到達してしまうと、子孫に尽くすか、他人に奉仕するかしないとやることが無くなってしまう。

それでも僕たちのあの時の結論は間違っていなかった。
道を歩く事は無駄な時間のようでいて、
得難い時間だと知った。

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