見出し画像

02_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。

↓ 前話はこちら



事件は、今日の学校で起きた。
場所は校庭だった。

二学期の最後の日。終業式。その日は天気が良いと言うことで、校長先生の気まぐれで校庭で全校集会が行われた。
青い空、白い雲、明日から冬休み。さらにはもうすぐクリスマス。

通知表のことを頭の片隅に置いておけば、最高の日になるはずだった。
けれど、そう上手くはいかなかった。

青い空、白い雲、明日から冬休み。
そして目の前には、目障りな木下のつむじ。

木下は同じクラスのクラスメイトだ。頭のいい優等生。テストはいつだって百点だし、先生のウケもいい。うちのクラスの学級委員。

学級委員をしてる奴が、いい奴かっていうと、そうじゃない。僕は木下を嫌な奴だと思っている。ちょっと、いや相当イジワルな奴なんだ、木下ってやつは。

顔はネズミっぽく、話し方はいやらしい。意地悪く人の嫌なところをネチネチと突いてくる。人の嫌がることを話す時の木下の顔は地味にニヤついていて、口から大きめの前歯がチラッと見える。なんだか意地悪なやつって前歯が出てるような気がするんだけど、僕の気のせいだろうか。飛び出た前歯から唾と一緒に嫌味を飛ばしまくっている気がする。

木下はそんな感じの嫌な奴だ。でも、先生たちは木下をいい生徒だと思ってる。木下は外面がいいから、きっと大人にはあいつの意地悪さがわからないんだろう。全くもって腹が立つ。

木下は親がエリートだかなんだか知らないけれど、塾と英語塾とテニス教室に通っているらしい。毎日毎日忙しいらしく、それをアピールしている。教室で誰も聞きたくもないのに、今日は新調したラケットで練習をするのが楽しみだとか、英語塾での英検の勉強が大変だとかを大声で自分の取り巻きに自慢気に話している。そんなに前歯を出したら、前歯が乾くんじゃないかとこっちが心配になるほどだ。

それに自分の成績がいいからって、成績の悪い奴や運動神経の悪い奴を下に見ているのか、すぐにバカにする。背が小さいのに見下そうとするのは、無理がある。いっつもアゴがしゃくれているように見えるし、たぶん、足元が良く見えていない。この間も誰かの落とした雑巾を踏んづけて、滑ってこけていた。アイツに嫌がらせがしたいなら、足元に雑巾かバナナの皮を置くのがベストだろう。もちろん、僕はそんな陰湿な嫌がらせはしないけど。

そんな性格最悪ヤローなのに、どういうわけか取り巻きは何人もいる。どうも自分に懐く奴には、木下は優しいらしい。

木下は当然、僕には優しくはない。優しくされたくもないし、むしろ関わりたくない。単純に合わない。相性が悪い。嫌いというより、苦手。カメムシが他の虫を寄せ付けないように悪臭を放つみたいに、木下から嫌な匂いが放たれているのか、僕は木下が近づくと離れてしまう。それはお互い様で、木下はなぜか僕を目の敵にしている。基本は寄り付かないけど、どうしても話をしないといけない時は、いちいち「木村く〜ん」と嫌味な唾を飛ばしてくる。マジでウザイ。

相性もあるけど、多分、いや絶対、木下は僕が嫌いなんだ。それは多分、僕が木下に媚びないからだろう。それに僕は木下より背は大きいし、運動神経だっていい。あいつはそれが気に食わないに決まってる。

だからって、人に嫌なことを言っていい理由にはならないと、僕は思う。

ばあちゃんはいつも喧嘩をするなって僕に言う。だから僕は、もちろん自分から喧嘩をふっかけたりなんかしない。だって僕は体がでかいから、確実に喧嘩には勝つ。勝つとわかってる喧嘩を売るなんて、それは流石に強い人間のやることじゃない。セコすぎるしカッコ悪い。だから僕は基本的に喧嘩はしないことにしてる。

でもさすがに、売られた喧嘩は買ってもいいんじゃないか?


そして、事件は起きた。
なぜ、並び方が身長順ではなくて、出席番号順だったのかは僕にもわからない。これも校長の気まぐれかもしれない。全ては校長先生に陥れられた罠かもしれない。

僕の目の前で木下のつむじの周りの毛が、ゆらゆらと風に揺れていた。

やけに長くてさらさらしているその髪が目障りだなと思った。冬の旋風がブワッと吹いて、木下の髪がサラッとなびいた。その瞬間、高級そうなシャンプーの匂いが僕の顔の周りにまとわりついた。

きっかけは、そんな些細なことだった。

僕はなんとなくその高級そうなシャンプーの匂いが、鼻についてイラッとした。そして、思わず木下のつむじをこつんと小突いた。木下は小突かれたのに気づいて、僕の方を振り向いた。

「木村く〜ん。校長先生の話を、ちゃんと聞きなよ。鬱陶しいなぁ。やめてくれる?」
「は? 聞いとるし。お前こそ、その髪、鬱陶しいったい」

イラッとしていた僕は、さらにイラッとして余計なことを言ってしまった。それは反省している。
木下の前歯がにゅっと出てきて、嫌味ったらしくニヤリと笑った。

「木村く〜ん、君は片親だからそんな風に乱暴なんじゃないの? 昔っぽい博多弁ばっかり使うしさ。おばあさんに育てられたら、乱暴になるっていうサンプルになるな。これは僕の考えだけど、やはり親の躾っていうのは重要だよね。常識はどんどん新しくなっているから、古いしつけでは現代には合わないんだよ。僕の仲がいい友人たちは、やっぱりちゃんと両親がしっかりしてる。新しい情報もすぐに取り入れているし。昭和の子育ては令和には馴染まないんだろうね。すぐに手が出るなんて、時代錯誤もいいところだよ。これは僕からのアドバイスだけど、君自身がアップデートする必要があるんじゃないかなぁ」

木下のつばが僕の顔に飛んできた。
次の瞬間、木下は僕の前に倒れた。

何が起きた? 意味がわからない。でも、僕の右手が痛い。僕は頭が真っ白になっていた。僕の心臓は早鐘を打っている。もしかして僕が殴った? マジで? いや、殴った記憶はない。なんか木下に酷いことを言われて……。そこからの記憶がぶつっと切れている。多分…..、僕が殴ったんだと思う。信じたくないけど。

だって、だって! あまりにひどい言われようじゃないか。片親っていうことも、ばあちゃんに育てられたことも、何一つ悪いことじゃない。それなのに木下はお母さんがいないことを、ばあちゃんが僕を育ててくれていることを全否定した。

それも全てはお見通し、みたいに。何も知らないくせに、いかにもそれが僕の欠点みたいに、木下は言い放った。

木下が僕の前に倒れた瞬間、周りの生徒がぎゃあと叫び声を上げた。その叫び声を聞いた先生たちが、一気に木下に駆け寄ってきた。僕は呆然とそこに立ちすくんで、木下は先生に抱えられながらよろよろと立ち上がった。

「どうした。木下。大丈夫か?」
先生が木下に聞いた。

木下は血がついた右手で僕を指さした。倒れた時に手を校庭の砂で切ったらしい。
「木村くんにいきなり殴られました」
そして、僕を指さしていない方の左手で、木下は左の頬を押さえる。そのまま左手を少しスライドさせて、左手の人差し指で口元を触る。口の左端を押さえて指で拭う。僕が殴ったと思われる口の左端が切れていて、木下の左指に血がついた。

「血が出てるじゃないか!」
先生は慌てて、木下を保健室に連れて行った。

当然、全校集会は中断。
僕はというと、後からやってきた先生に、そのまま職員室に連れて行かれたってわけだ。


それが今日起きた出来事の全てだ。
絶対に僕は悪くない。

と思っていたが、落ち着いて考えると少しだけ悪い気もしてきた。いや、でも木下も悪いだろ。口が悪すぎる。言葉の暴力で僕の心は傷ついたんだ。そうだ、木下が悪い。僕だけが悪者になるなんて、絶対におかしすぎやしないか?



↓ 次話はこちら



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?