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賢くなっていく妻と、ついていない夫。


ある日の夕方。

突如、玄関のドアが異常をきたしたんだ。


異変


私は家の中で晩御飯の用意をしていた。
玄関の鍵が開く音がした。

ガチャリ。

夫が帰ってきたんだと気づく。

ガチャン。
自動でドアが閉まる音がした。

夫がリビングに入ってきたら「おかえり」と言おう。
私は「おかえり」の準備をする。
しかし、再び玄関の鍵が開く音がした。

ガチャリ。
ガチャガチャ。

ガチャガチャガチャガチャ。

苛立った玄関の開閉音がリビングまで響き渡る。

あれ? 私、ドアのチェーンかけたっけ?
あら? まさか、夫を締め出した?

私は夕飯の支度をしていた手をとめ、玄関へと急ぐ。

チェーンはかかっていない。

「おい!!玄関、あかんぞ!!」
ああ、怒っていらっしゃる。

その日は、いつもより帰りが遅かったので、仕事でトラブルがあったのかもしれない。
そんな雰囲気が、15センチほどしか開かない玄関の隙間から漂ってくる。

「玄関に何をした?!」
と玄関の隙間から、ギラリと私を睨みつける夫。

さながら私を誘拐犯か何かと思っているかのような口ぶりだ。
夫の中で犯人は私と決まっているのだろう。

冤罪である。

しかし、ここで冤罪ですと叫んでも、なにも生み出さないことはわかる。
より一層、夫の苛立ちがひどくなるだけだ。
けれども、無罪であるのにも関わらず罪を認めてしまうわけにはいかない。

「玄関に何をと言われましても。特に何もー。とりあえず、窓を開けますんで、そちらからどうぞ」
私は窓を開け、夫に庭から入るようにと促した。


開かない玄関


夫は庭へと周り、窓から家の中へ入った。

「おかえりー」
何事もなかったかのように、夫を迎え入れる。

「誰が玄関を壊したんだ!!お前らが家の中にいるということは、犯人はお前たちの中の誰かに決まっている!!最後に家に入ったのは誰だ!!」
突然、夫の犯人探しが始まった。

この犯人探しは、何の意味もなさない。
犯人がわかったところで、玄関は開かないのだから。

私は「さあねえ。おかしいねえ」と一言だけ反応した。
今は、夫の溜飲を下げ、意識を玄関の開閉の回復だけに向けさせることが重要だ。

「中から玄関見てみてよ」
夫に玄関に行くように促し、私は取扱説明書を探す。

大切なのは、解決しようと努力していると見せることだ。
犯人が私ではないと主張するのは、その後でいい。

私はパラパラと取扱説明書をめくり、ドアの上の方についている部品がおかしいのではないかと指摘した。

鍵自体は普通に開く。
15センチくらいはドアも開く。
しかし、それ以上、開かないという状態だ。

となれば、上についているあの部品が頑なに玄関を開けまいとしているのではないかと思ったのだ。

夫も同意見だった。
工具を持ち出し、夫が色々と触ってみる。
しかし、ドアクローザーはびくともしない。

がんとしても開ける気がない。

「もう家建てて15年になるし、壊れたんかねえ」
と、犯人はあなたでもなければ、あなた以外の家族でもありませんよ、と暗に伝えた。

「こんなんが、そう簡単に壊れるわけないやろ。誰かが・・・」
とまた犯人探しを始めそうになる。

やばい。せっかく夫の意識が犯人探しからドアクローザーに移ったというのに。

いや、それよりも大事なのは、明日玄関を出れるのかということだ。
窓は外から鍵がかけれないぞ!!

私の出勤が危ぶまれている。


破壊


その時の時刻、19時前。

まだ、ワンチャン業者に繋がるかも。

自宅警備員になるわけにはいかない。
しょうもないことで有給休暇を消化したくない。
有給休暇は子どもの行事か、遊ぶために使いたい。

私は、家を建てた業者に連絡をし、すぐに来て欲しいと伝えた。

幸いにも業者さんの対応はスピーディーで、すぐに対応をしてくれた。

しかし、修理は難しいようだ。
一旦破壊し、新しいものと交換になるとのことだ。

やむをえまい。

私たちはドアクローザーの破壊を依頼した。
そして、早速、破壊してもらった。

ドアクローザーがないドアを開け閉めしてみた。
ドアの開け閉めが異常に軽い。
多分、向こう側に人がいたら、古典的におでこに頭をぶつけてしまうくらいに勢いよく玄関があく。

なおかつ、ドアクローザーのないドアは勝手には閉まってくれない。
20センチほど開いたままになっている。

そうだよね、クローザーだもんね。
よくわからんけど、閉めてくれてたんだよね。

いつも、ありがとう。

私は人生で初めてドアクローザーの役割を理解した。
私は一つ賢くなった。

まだまだ、伸びしろが十分にあることに気づけて、嬉しい。

修理という名の破壊が終わり業者さんが帰った後、私たちは夕食を食べた。

「今日はついてない」と言う夫に、「こんな日はお酒でも飲んで、早く寝るのが一番だよ」と声をかけた。

とりあえず犯人が誰かと言うことには、もう言及しなさそうだ。

「今日は誰かが家におったけん、窓から家に入れたけど、誰もおらんかったら家族全員閉め出されるところやったね」
と夫がつぶやいた。

「ほんとやね。おおごとやったね。じゃあ、私が家におってよかったね」
と、私は犯人ではなく、むしろ正義のヒーローですと言わんばかりのアピールをしておいた。


賢くなった私とついていない夫


「けどさあ、よく考えれば、裏口があるやん」
と夫が、重要なことに気がついた。

「ほんとやね!!」
まるで世紀の大発見のように喜ぶ二人。

一軒家に住んで15年にもなれば、すぐに気付きそうなものであるが、我が家は裏口を全く利用しないので、夫婦ともに裏口の存在をすっかり忘れていたのだ。

「よし、今後は何かあったときのために裏口の鍵を持ち歩こう」
と二人とも裏口の鍵を持ち物に追加した。

私は新しいアイテムをゲットした気分で、「これは命の鍵だ。何かあった時も、これで生き延びれる」とほくそ笑んだ。

また一つ賢くなった。素晴らしい一日だった。
と私は謎の満足感を得た。

夕飯とお酒を済ませた夫は、甘いものが食べたかったらしく、パンを探していた。
コメダのあんが冷蔵庫にあるので、あんバタートーストにしたかったらしい。

食パンがなく、残念がる夫。

「コストコのマスカルポーネのパンが冷凍庫にあるよ」
と、ついていない夫のためにいくつか、レンジに放り込んだ。

「レンチンできたら、軽く焼いてから食べたらおいしいよ」
と言い残し、私はさっさと風呂に入った。

風呂から上がった私がリビングを覗くと、あんとバターをたっぷり挟んだマスカルポーネロールが皿の上にいくつかのっており、夫は美味しそうにそれを食べていた。

うんうん。
とりあえず甘いもので満たされて眠れば、嫌な気持ちも薄れるだろう。

と髪を乾かしていたら、夫が洗面所までやってきた。

「歯がかけた!!くそー。また歯医者にいかないかん!!」
大きく口を開けて、欠けた歯を見せてくれた。

治療済の歯が、かけたらしい。


あんバターサンドで。

欠ける要素がよくわからないけど。

あんバターサンドで。


「ほんとついてないね」

と優しく声をかけてはみたものの、玄関が開かず窓から出入りさせられ、あんバターサンドで歯が欠ける夫が不憫で、私は一人笑い転げてしまった。




今日、無事にドアクローザーが治った。
しめて17,100円。
高いのか安いのかはわからない。

私はこの17,100円のドアクローザーを見るたびに、あんバターサンドで歯が欠けた夫のことを思い出すだろう。

そして、私にはまだまだ伸びしろがあり、どんな時でも機会をとらえて学び、賢くなることができるのだ、と。




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