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珍しいものが好きな夫と、それを横目で見るだけの妻。

じゃーじゃーと水道の水が大量に流れる音がする。

私がキッチンで料理をしている横で、夫が何かを洗っている。
何を洗っているのか。それを確かめる必要はない。私はすでにそれを知っている。

ピータン。
いかにもかわいい名前のあいつである。

名前はかわいいが、見た目は可愛くない。
いや、可愛いかもしれない。どこかの惑星から流れ落ちた星のカケラのようにも見えるし、ジュラ紀からやってきたロマンたっぷりの化石にも見える。

その名も、ぴーたん。

アヒルを強いアルカリ性の条件で熟成させて製造する中国の食品、その名もピータン。

WIkipedia
見た目は薄い色合いのコンクリート
ピッコロが口から吐き出しそうなやつ
開けて見てびっくり。黒い。
プルプル

ロマン溢れるピータンを洗い、皮を剥き、そしてカットし皿にのせ、夫は美味しそうにピータンを食べていた。

私はそれを横目で見る。
「食べる?」と聞かれ、「うう〜ん」と答えた。

ううーんと答えたものの、せっかく珍しい食べ物が目の前にあるというのに、食べたことがないというのも貴重な機会を逃すようで面白みがない。黒いしグロいが、これは食べ物として存在しているのだ。せっかくなので経験としていただいてみることにして、私は一口ピータンを口に含んだ。

白身だったと思われる部分はゼリー状でぷるぷるしている。
まさしく私の体の一部に近い。特に二の腕あたりのぷるぷるに近い気がする。なぜか仲間意識が湧いてくる。同志ピータンよ、このプルプルを維持していこうぞ。きっと別れを惜しむ駅のコンコースで、私と同志ぴーたんは、
「さようならレオン」
「ぴーたん、またあう日まで」
と暑い夏の日に、年甲斐もなく着用したノースリーブのワンピースから覗く二の腕をプルンプルン言わせながら手を振り続けているのよ、という会話をすることなく私はピータンの外側の部分を飲み込む。
ここで私は気づく。コーヒーゼリー以外の黒いゼリー状の食べ物はあまり好きではないということに。

そして、黄身だったと思われる部分はとろりとしている。
まさしく私の体内の一部に近い。特にダレ切った脳みそに近い気がする。なぜか仲間意識が湧いてくる。同志ピータンよ、このとろとろを維持していこうぞ。きっと赤点を取り再テストを受けたあの冬の日の帰り道、私と同志ぴーたんは、
「この肉まん美味しいね、レオン」
「ぴーたん、再テストも悪くないね」
とコンビニで買った肉まんを頬張りながら、西日本のコンビニにしか肉まんに酢醤油とからしはついてこないらしいよ、という会話をすることなく私はピータンの内側の部分を飲み込む。
ここで私は気づく。カレー以外の黒いとろとろした食べ物はあまり好きではないということに。

ピータンの味は卵であった。紛うことなき卵であった。
鶏だろうがガチョウだろうがうずらだろうがアヒルだろうが、卵からは卵の味がするということを私は知った。
ただし加工の仕方が独特なため、匂い立つ卵としてピータンは存在した。
それ以上でも以下でもなかった。

最小公約数は卵であり、最大公約数は卵である。
結局のところ、ピータンは卵だった。
私は卵が好きなのだ。好きであって然るべきなのだ。
しかし、臭いのと黒いのが私の食欲を阻んだ。すまないピータン、多分、もう二度と私は君を口にすることはないだろう。

夫は、美味しいなぁと食べている。
珍味だよ、これは、と。

夫は珍しいものが好きなのだ。
時には蛙の肉を喰らい、スズメの肉を喰らい、蜂を喰らい、カタツムリを食べていた。

世の中には他にも美味しい食べ物があるのにわざわざそれを食べんでもと考える私には、彼の嗜好は到底理解できないが、彼の好奇心がきっと食欲を駆り立てるのであろう。

私は彼を介して新しい世界を知ることができると、彼の食をいつも横目で眺めている。




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