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1分で読めない短編小説 【心の形】 3話_庭園水晶

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物識り爺さんは青年と別れた後、トボトボと歩いていた。
さっきまでの饒舌が嘘の様に、どこか上の空だ。

「あら?物識りお爺さんこんにちは」
その言葉にハッとして顔を上げた。
「お・・・おやおや、これは宝石屋のお姉さんではありませんか。」

宝石屋のお姉さんと呼ばれた女性はニコっとして
「はい!宝石屋・・・と言うか石屋のお姉さんこと、私です。」

「はっはっは、そうでしたそうでした。ただ、石屋と言うと、墓石の職人と間違われませんか?」

「そうなんですよねー。だから、仲のいい人か、常連さんにしか、実は石屋なんですよって、言ってないんですよね。
私はただ、鉱石が好きなだけなんですが。」

今日は猛暑日と言うほどではないが、それでも日向は暑いので、木陰に入り、少し話をすることにした。

「まぁ、わかりやすいので、宝石屋でいいですよ。」
「はっはっは。では、宝石屋さん。今日はどうされました?」

宝石屋さんは、お爺さんの顔をじっと見て、

「いや、私は何もないですよ?お爺さんと少しお話ししたいなぁと思って
・・・お爺さん、何かありました?」

お爺さんは、鳩が豆鉄砲を食ったように、目がどんぐり眼になっている。

「それは・・・【すぴりちゅある】と言うものですかな?」
「フフフ。私にそんな力はありませんよ。
顔に[何かあった]って書いてあったんです。」

あー、なるほどと合点がいった。

「宝石屋さんは、よく人を見ていらっしゃるんですね。」
「仲のいい人だけですよ。良ければお話し聞かせてくれませんか?」

お爺さんは少し考えた。皺に刻まれた隠し事を聞かせるのにも抵抗もあった。
ただ、絵描きの青年に[らしく]と言った手前、気づかれたのに隠す事にも後ろめたさがあった。

「それでは、このじじいのつまらん話に付き合ってくださいますかな?」
「ええ。喜んで。」

そのまま話すのは少し恥ずかしく、ダンスに誘うように話を切り出した。
少し風が吹いて、まとわりつく熱を流していった。

「わしは、[何者かに]なりたかったのです。」
「何者かに、ですか?」
「そうです。何者かになりたかった。
ただ、自分が、何者になりたいか分からず、
ただただ、知識を吸収すること、体験することを繰り返しました。
そうする事でわしにも、夢を追う人の様に、
何かに憧れ、夢中になる自分になれるのではないかと思ったのです。」
 
横道にそれたこの場所は、表通りとは打って変わって、静かなものだ。

「結果、わしは何者にもなれなかったわけです。」

宝石屋さんは静かにお爺さんの話に耳を傾けている。

「物識り爺さんだなんて言われていますが、わしは[物を知ってるだけのじじい]なんです。」

「おじいさんは、その知識で、色々な方の背中を押してるではないですか?」

「わしから生まれた、言葉なんぞありはしないんです。
受け売りや、聞き入れた知識。
これは、自分を卑下しているわけではないんじゃが、[地頭]が良くないと言うのか、
何かを組み合わせて新しいモノを生み出したりすることが何故かできなかったんです。」

話を聞いた宝石屋は考えた。
おじいさんは励ましてほしくて、この話をしているわけではなく、
おそらく私が思うよりもずっと昔から考え、あがいて出した結果なんだろう。
そこで・・・

「おじいさんは、宝石と天然石と呼ばれる石の違いって何かご存じですか?」

この話し方は・・・とお爺さんは宝石屋さんの目を見て答えた。

「詳しくは知りませんが、宝石になれなかったものが、
天然石と言う名前で売られていると言うイメージがありますね。」

「それもありますね。でも私が思う、宝石と天然石の一番の違いは、
[自分で価値を見つけられること]にあります。」

「ほぅ・・・どういう事ですかな?」

宝石屋さんはお爺さんが、意図的に私の話に乗ってくださってる事に気づきつつ

「宝石と呼ばれるものには、明確な基準があります。
ざっくりした説明だと、コランダムと言う石にに酸化クロムが含まれ、
赤だとルビー、そうじゃなければサファイアと呼ばれたり、
不純物の程度でグレードがキッチリ決まっていて、
その基準を満たしていなければ、宝石とカテゴライズされることはない。

逆に、天然石には名前の基準はありますが、明確な価値基準はありません。
同じ石でも、1粒で桁が一つ違うくらいに金額の差がでます。」

「つまりは目利きの世界・・・と言う事ですかな?」

「そうとも言えますが、私は、1粒の石の魅力に気づく力と言っています。」

宝石屋さんはふふっと笑って「同じ意味なんですけどね。」と言った。

話を聞いおじいさんは少し考え、

「わしは、石に例えると何なんでしょうね。」

おじいさんが今度は本心からの問いかけてくださっている事にうれしくなり、

「そうですね・・・アメトリンや、アイオライト、ピクチャーオパールなんかも捨てがたいですが・・・
ガーデンクォーツはお話しを聞いたお爺さんのようだなと、私は想いました。」

「ガーデンクォーツ?」

「はい。苔水晶や、庭園水晶と呼ばれる水晶です。」

「苔と庭園ですか?ずいぶんイメージが変わりますね。」
とおじいさんは笑った。

「言ってしまえば、水晶に色々な鉱石が混ざっている石です。
宝石としての観点だけで見れば、不純物が混ざった水晶です。」

不純物と言う言葉にお爺さんは少し胸が締め付けられた。
夢を追う人に憧れたなら、色々とやり過ぎるべきではなかった。
世界観を広げることは必要で、知識を蓄えることは必要だとしても、過ぎれば不純物となる。

「でも、この不純物こそがこの石の最大の魅力です。」

その思考を宝石屋さんの一言がかき消した。


「私は、この石ほど同じ名前で見た目が違う石をしりません。
不純物が、水晶をキャンパスにして色々な表情を見せる。」

「それが私に似ていると?」

「はい。おじいさんは、自身から生み出したものがないとおっしゃいました。
でも、誰かの受け売りでも、何かの知識でも、おじいさんが、私に[話し方のコツ]を教えてくれなかったら、今の私はいません。」
 
おじいさんは宝石屋さんの声に耳を傾ける。

「何かを悩んでいる人がいたら、真正面から話をぶつけてはいけない。
寄り添い、それでもダメなら、少し遠い話題から話をして[見え方]を変えてみせてあげるのだと。」
 
カフェでおじいさんが青年にした話し方だ。
さっき宝石屋さんがおじいさんにした話し方だ。
 
「今の私が、この街の多くの人が、お爺さんが言葉を紡いで来た結果です。
おじいさんの言葉で人生が変わった人がいます。」

そんなはずはない。おじいさんが反射的に頭の中で否定する。
言葉一つで人の人生はそこまで大きく変わらない。
もし、その言葉で変わったのならば、それはその人がそこから努力したらかだ。

そう思いながらも、お爺さんは一つの事に気がづいた。
【幸せになってほしい。】【自分のようにはなってほしくない。】
絵描きの青年に、そして、宝石屋さんの彼女に、関わった人に。
そういう人たちと話をしていくうちに、物識り爺さんなんて、名前で呼ばれるようになったのだと。

誰かに幸せになってほしい。それは夢と呼べるのでないかと。

宝石屋さんは少し涙目になっている。

その目は昔、別れた妻に贈ったオパールの様にキラキラしていた。
宝石屋さんは、おじいさんが、何かを諦めた事を理解した上で、何かしたいと考え言葉を選んで、
何になるかわからないが、想いを伝えようとして、この暖かい宝石屋さんは涙目にまでなっている。

「宝石屋さん・・・いや、石屋さん。
ありがとう。
わしがやってきた事は無駄ではなかった。
わしは、夢をちゃんと追えてたみたいじゃ。」

そのあまりにも優しい笑顔に宝石屋さんは焦った。

「今にも死にそうな事言わないでくださいよ!」
「わっはっはっは!!そうなったら、石屋さんに墓石を選んでもらわんとな。」

「嫌ですよ!嫌です!墓石は門外漢ですし、もっと長生きしてください。」

「石屋なのにのぉ。」
とおじいさんはいたずらっ子の様に笑った。

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石の話は書き出すと止まらない><

物識りじいさんは、絵描きの青年の「夢」に対する想いにあてられた。

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