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偽りの言葉で、生き残れるか『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』スタッフブログ更新!

映画『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』

1942年、フランスからスイスに逃れる途中で親衛隊に捕まったユダヤ人のジルは、移送のトラックの車中でサンドウィッチと交換でペルシャ語の翻訳本を手に入れる。ドイツ兵は途中でユダヤ人を処刑、ジルは咄嗟に自分はペルシャ人であるとウソをつき、処刑を免れた。収容所に到着すると、親衛隊のコッホ大尉から尋問を受け、出まかせのペルシャ語を話して信用させ、終業後にペルシャ語を教えに来るように命令される・・・

映画『ペルシャン・レッスン』

強制収容所で処刑を免れるためにニセのペルシャ語をドイツ兵に教える、という物語はどう考えても無理なのでは、と思われますが、コッホ大尉は戦後にテヘランでドイツ料理のレストランを開くために、基本的な会話が出来ればよい、とジルに指示し、覚える単語も1日で数語ずつ、という設定を与えることで、辛うじてひょっとして可能なのかも?と思わせる作りになっています。
とはいえ、ホロコーストの実際を知っていれば、現実にはこのようなことはあり得ないことは明白でもあります。

野暮は承知で不可能な理由をいくつか挙げるならば、

・ユダヤ人は強制収容所に収容される以前から市中を歩くときには黄色いダビデの星のパッチを貼り付け、ユダヤ人であることを証明する身分証を携帯することを義務付けられているので、捕縛された時点でペルシャ人である可能性は既にありえない。

・1942年のイランは連合国の占領下にあり、1941年9月に英国とソ連に占領されるまでは親ナチス寄りの政策を採っていた。ユダヤ人、ロマ、政治犯や同性愛者でなければ、強制収容所送りとはならない。敵の占領下にあるとはいえ、第三国の市民であるはずのペルシャ人を強制収容所に収監することはナチスといえども無理がある。

・ジルの主張のとおりペルシャ人であるならば、身分証を携帯していなくても、居住地の自治体に連絡するなどして本物のペルシャ人であるかどうかの確認は容易に行える。

などなど・・・
この物語は冒頭に”Inspired by true events”とのクレジットが出るのですが、この”true events”に相当する部分は強制収容所についてのディテールについてのことだと思われます。
物語の舞台となっているのはフランスにあるらしい移送のための中継収容所あるいは通過収容所で、少なくともここでガス室などの大量虐殺は行われていないものの、収容者の過酷な状況は他のホロコースト映画と同様にリアルな描写。

一方で、監督はこの物語はヴォルフガンク・コールハーゼの短編小説”Erfindung einer Sprache(言語の発明)”からインスパイアされたとのことなので、ジルが出まかせのペルシャ語で難を逃れるストーリーはやはり単なるドラマと割り切って観る必要があるでしょう。
この物語がホントの話かどうかはいわば枝葉末節で、創作であることをあらかじめ承知したうえで、ジルがニセのペルシャ人であるという主張がバレないで生き延びられるのか?というシチュエーションを楽しむことが大切だと思います。

そうした大前提のうえで物語を楽しむならば、ホロコースト関連の物語として本作は細部に至るまでよく考えられていると思います。
物語の主軸となるのはコッホ大尉とジルの関係。
コッホ大尉は戦前の苦しい生活からナチス政権下における新たなステイタスを手に入れるために親衛隊員となったことを窺わせるキャラクター。
ワイマール体制下での旧い上流階級とは無縁な、新興支配階級としてのナチス=親衛隊員になりたい彼の意識は『戦争のはらわた』におけるシュトランスキー大尉のようなかつてのプロイセン貴族出身の職業軍人とは対極にあります。

なのでコッホ大尉はナチスに忠誠を尽くす親衛隊員でありながら、終戦後にシェフとしての本来の夢を追うことを人生の目標としている。
所長に命令された囚人名簿の清書がきちんと行われていないことに腹を立てたり、「ウソつきと泥棒が一番嫌いだ」と潔癖そうなところを見せる。
親衛隊の下士官としての職務に忠実でいようとするところと将来の夢を追う男を上手く描き分け、観客は知らず知らずのうちに敵のなかでもマシな人物像としてのコッホ大尉をイメージ付けられていく。
将来の夢の実現のためにジルからペルシャ語を習うためにジルを庇護していながら、次第に友情めいたものをコッホ大尉が感じ始める展開は、ジルに危機が訪れるたびにその度合いを増し、ジルの正体がバレるのではないかという緊張状態の連続とともに、物語を上手く盛り上げることに貢献していると思います。

ジルの方ではニセのペルシャ語を創作しつつそれを記憶し続けなければならないという大きなプレッシャーを抱え、次々に訪れる危機を免れつつ、移送されていく同胞との扱いの違いに逡巡する。
収容所に連合軍が迫り、それぞれの向かう先に転機が訪れてからの変転はこの物語の大きな見どころ。

ジルが必死で記憶しようとしたニセのペルシャ語が思わぬところで意味を持つことで、この物語が紛れもなくホロコーストの物語として犠牲者への鎮魂の想いが込められていることを実感するのでした。

『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』上映情報

2022/12/9(金)~12/29(木)上映
12/16(金)~12/22(木)まで
①10:40~12:55
②14:40~16:50
③19:30~21:40
12/23(金)~12/29(木)まで続映決定
時間未定
決まり次第公式HP(http://www.cine-gallery.jp/)にて掲載


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