見出し画像

百の診療所より、一本の用水路を『荒野に希望の灯をともす』スタッフブログ

映画『荒野に希望の灯をともす』

パキスタンとアフガニスタンで35年に渡り医療支援と用水路の建設に尽力した中村哲医師の活動を回顧するドキュメンタリー。

2019年12月4日に何者かに銃撃され死去した中村医師の活動は、これまでさまざまなメディアで報じられていますが、こうして改めてその活動全体を通して観てみると、その一貫した意思の強さと、支援の在り方についてのブレない姿勢に胸を打たれるのでした。

1978年にパキスタンのティリチミール登山の日本隊に帯同医師として参加の折、同地でまったく医療を受けられない患者が押し寄せたことに衝撃を受けた中村医師は、1984年にペシャワールに赴任、その後アフガニスタンで医療活動を行う。
そこには放っておけば死を免れないという切迫した当地の事情があるとはいえ、その場に居合わせたことで見て見ぬふりができなくなるという、ある意味で巻き込まれ型ともいうべき氏の活動の端緒は、誰もがそう思っても、実際に活動に身を投じる決断力と実行力が伴ってはじめてなしうるもので、その後、35年にも及ぶ圧倒的な援助活動の力強さは、余人の及ぶところではないエネルギーに圧倒されてしまうのです。

こうした活動が、単なる医療支援ではなく、人が死なずに、最低限の健康と生活を維持することこそ、医療を行うその前にある、との信念から灌漑のための用水路建設へと拡大していくのも、必然の結果であったことが良く分ります。
このような活動は本来であれば、日本の一NGO、それもただの医師が先導して行わなければならない活動の範疇を大きく超えたものであることは明らかなのですが、その必要性を現地で痛切に実感されたからこその活動だったといえます。

政情不安定なアフガニスタンで、政権が幾度も入れ替わっても、一貫した活動が継続できたことも、医療という人の生死に関わる根源的な部分での支援とはいえ、何をもってしてもまず助けることが最優先である、という確固とした信念に裏打ちされたものであることが、その発言から窺われるのです。
アフガニスタンに武器を持って行かなかった唯一の国である、との言には、宗教やイデオロギー、政治的な正邪ですら超越したところにあるべき“人道支援”の本質を見ることが出来るのでした。
12月12日の当館での舞台挨拶にご登壇いただいたペシャワール会の村上会長は、中村医師の3周忌を迎えて行われたTVのインタビューのなかで「米軍が居なくなり、戦争がなくなったことで、治安が良くなり、現地での活動がしやすくなった」と話していたのが大変印象に残りました。
ここで改めて触れるまでもなく、タリバン政権は女性の権利などについて前近代的な差別政策を採っており、とても民主的とはいえない抑圧体制であることは明らかで、本来的にはこのような体制は国際社会としては排除・消滅させるべく運動していかなければならないわけですが、数十年に渡り戦火の絶えないアフガニスタンの人々にとって、それよりまず人が死なない環境整備こそが最優先であるとの中村医師の信念=ペシャワール会としての援助に対する信念から出た発言なのだ、と解さなければならないのでしょう。

911以降、アメリカを中心とする西側世界の国際秩序の具現化としての対アフガニスタン政策の失敗がこのようなところで峻厳な事実として立ち現れることに少なからず動揺を覚えるのですが、これは冷厳な事実としてまず受け入れなければならないと感じます。
インフラや人々の生活の基盤が根底から破壊され、抑圧体制下にありながら援助を行わなければ確実に人々が亡くなるというところはアフガニスタンに限らず、シリアやミャンマー、それに北朝鮮なども当て嵌まるかと思いますが、この事実を前にして、荒廃した国を救う本当の援助とは何か、という問題を再認識しながら対処の道を探っていく必要があるのだろうと思うのでした。

かの地で35年もの長きに渡り活動してきた中村医師がなぜ凶弾に斃れなければならなかったのか?
あくまで想像ですが、外国人の活動というだけで敵対視するような教条主義的過激分子の犯行なのか、それはアフガニスタンに限らず世界中の至る所に居るであろうし、本来であれば、アフガニスタンの当局が国への最大の功労者に対しての凶行に厳しく捜査を行うべきところであったのが、結果として犯行の主体や目的も明らかにならないところに、憤りとともに絶対に亡くしてはならない人を失った悲しみを抑えることができないのですが、映画がそのことについて事実のみを伝え、現地で顕彰されていることに触れるのみなのは、中村医師の
「信頼は一朝にして築かれるものではない。利害を超え、忍耐を重ね、裏切られても裏切り返さない誠実さこそが、人々の心に触れる」
との言葉に沿ったものであることが窺われるのでした。
この言葉は世界がこれまでになく危機的状況に陥っている今こそ、改めて嚙み締めなければならないのだと思います。

『荒野に希望の灯をともす』上映期間中には1Fのロビーにて「中村哲さん写真展」を開催しています。
ご鑑賞と合わせてぜひご覧いただければと思います。

『荒野に希望の灯をともす』上映スケジュール

12/9(金)~12/15(木)まで
①9:50~11:25
②18:05~19:40
12/16(金)~12/22(木)まで
①10:20~11:55
②17:30~19:05


この記事が参加している募集

映画感想文