Roche Limit
鳥が飛んでいく。青い翼が遠ざかっていく。
空中に宝石のように散らばるのは、撃ち墜とされた小型飛空艇《バード》から飛び散った流体金属だ。青と緑と紫とその他の名状しがたい色が混ざり合った、構造色の液体。その隙間を人工筋肉が蜘蛛の糸のように流れ、まるで意志を持ったように縒り合わされ、周囲の流体金属を吸い込んでいく。それは見る間に鳥の形になり、青空に吸い込まれるように飛んで行く。
――駄目だ。行くな――
名前を呼びたいのに、声にならない。追いかけたいのに、身体も小型飛空艇《バード》も動かすことができない。
「 ――!」
声にならない叫びは、意識と共に昏い海へ吸い込まれていった。
目を開ける。夕焼けが霧に溶けて、まるで空間そのものが光り輝いているような、この世のものとは思えない風景に取り囲まれている。鏡のように凪いだ海は輝く霧を映して淡く光り、半径数メートルより向こうは何も見えない。
目を閉じて、アウルは小型飛空艇《バード》との接続を切った。
時々見る悪夢だ。
夢の中の出来事は何もかもが実際にあったはずのこととは違っていて、そんな映像がどこから出てきたのか自分でもわからない。
堕ちたのは自分ではなかったはずで、飛び去った小型飛空艇《バード》など存在しないはずで、その時飛んでいたもう一羽の小型飛空艇《バード》にはレクスが乗っていた、はずだった。
レクスが乗っていた機体は、無傷で基地に戻ってきた。ただ乗り手だけがいなくなった。
そんなことがあるのかと思うけれど、考えようとするとひどく頭が痛んで、思考が霧散してしまう。
だからもう、アウルはそのときのことも、悪夢のこともできるだけ考えないようにしていた。
考えたところで、何も解決などしない。
上からは忘れろと言われているし、どこにいるかもわからないレクスは最初から存在しなかったかのようにあらゆる記録から抹消されている。
どこから来たのかわからないこの記憶は、結局どこにも行けない。
自動操縦に切り替わった小型飛空艇《バード》は、まるで自分の意思があるように基地に向かって飛んで行く。金色から紫に、ゆっくりと入れ替わっていく光の中を、迷うことなく。意思はあっても心などないかのように。
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