見出し画像

What brings you to the sky?

 ソラが「海が見たい」と機構の上層部に連絡を送ったのは、ちょうどレクスが実験協力のために基地を空けているときだった。
 午後二時の一番暑い頃、ルークの監視付きなら、という条件であっさり飛行許可が下りた。
『よく許可が下りたな』
 通信機からのルークの第一声に、先に乗り込んでいたソラは小さくため息をつく。
「私は『とくべつ』だから」
 投げやりな口調でそう答えると、ルークは『疲れてんのか』とぶっきらぼうに問いかけてきた。
「疲れるようなこと、してないよ」
 どこか不満そうな沈黙のあとで、ルークは低く『飛ぶぞ』と宣言する。離陸チェックはルークが終えてくれていたので、ソラは黙って座席に体重を預ける。管制からの指示に従って、ルークが指定された射出機に小型飛空艇《バード》を移動させる。
『第十五射出機、使用準備完了。射出権限を委譲します』
『了解、発進する』
 愛想のないルークの声が告げる。小型飛空艇《バード》と同調した視界の中でゲートが開いて、目の前に青空が広がる。息を吸い込んで止めた瞬間、小型飛空艇《バード》は一気に加速して、一面の青の中へと飛び込んだ。

 小型飛空艇《バード》と同調して見る海は綺麗だ。人間の目よりも高性能に作られている小型飛空艇《バード》の目は、より多くの色情報をソラにもたらしてくれる。赤から青。そして紫、その外側の色まで。
 小型飛空艇《バード》のパイロットとして訓練されている実験体のうち、幾人かはこの視界に馴染むことができずに脱落したという話も聞いているけれど、ソラにとっては小型飛空艇《バード》から降りたときの世界の方が、色褪せて物足りなく思える。
『この辺でいいか? っていうか自分で操縦しなくていいのかよ』
 ぼんやりと景色を眺めているうちに、小型飛空艇《バード》はもう陸地が見えないほど遠く沖合まで出ていた。
「ああ……自分で飛んでる、気がしてた」
『気のせいだ。ずっと俺が操縦してた』
 言われて初めて、ずっとルークに操縦を任せていたことに気付く。
「ルークの飛び方が、やっぱり一番いいな。なんだか馴染む、感じがする」
『そりゃどうも』
 照れているのか、ただでさえ愛想のないルークの口調がさらにぶっきらぼうになる。
「操縦、かわってもいい?」
『ああ』
 権限を渡されたソラは、ゆったりと小型飛空艇《バード》の翼を伸ばす。
 あたたまった海からの上昇気流を掴み、緩やかに旋回しながら高く昇っていく。高空の冷たい空気の中で泳ぎながら、鳥の目で鮮やかなブルーグリーンの海を見下ろす。
 この辺りは珊瑚礁が集まる浅瀬になっているから、深さによって少しずつ色あいを変える海の色がとても綺麗だ。雲一つないよく晴れた空から降りそそぐ光が、より鮮やかに海を輝かせている。
「ルークはどうして空を飛ぶの?」
『なんだ、突然』
 高度が落ち着いたところで尋ねかけると、話しかけられると思っていなかったルークが慌てて会話モードに意識を切り換える気配がした。
「知りたいから」
『まあ……他にできることもねえからな』
「そう? いろいろできそうな感じがするけど」
 料理の作り方、知らないひとと話す方法、人類防衛機構の中でいろいろな手続きをする方法。
 ソラが知らないことも、ルークはたくさん知っていて、いつもそつなくこなしている。
『俺は飛ぶことしか能がない。お前の方こそ、なんでこんなろくでもないところで飛んでるんだ?』
 自分も他にできることがないからだ、と答えようとして、ソラはためらう。
「私は……私のは。わがまま、だよ」
 今の気持ちを知られたくないという感情が響いて、小型飛空艇《バード》との同調が少し揺らいだ。視界が人間レベルの性能に落ちて、海が少し暗く見える。
『わがまま? むりやり飛ばされてるんじゃなくてか?』
 人間の目で見てもなお美しい、でもどこか物足りなく思えてしまう海を、目を閉じて視界から追い出す。
「むりやりじゃないよ。飛ぶのは好き。大事なもののそばにいられるから」
(……誰かと殺し合う、ためだとしても)
 ルークに届かないように胸の奥で付け足した言葉は、小型飛空艇《バード》の情報処理にも乗ることなくソラの意識情報の中にだけ泡のように浮かんで消えていく。
 同調を調整して目を開くと、海はもう、小型飛空艇《バード》の目で見る鮮やかな極彩色に戻っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?