夏空_いわし撮影

ground Zero

 琥珀を溶鉱炉で溶かしたような夕焼けが、東からゆっくりと夜の色に変わっていく。滑走路の真ん中に座り込んで、隣に置いた鉱石ラジオに耳をすませながら、ソラは来ないはずのひとを待っている。
 赤から紫、紫から青。薄く浮かんだ筋雲を彩りながら、光は大空に複雑なグラデーションの景色を描き、その色をゆっくりと変えていく。
 同じ夕焼けを何度見たのか、もう思い出せない。忘れられた世界の果てみたいだ。そしてそれが、あまり間違っていないことも、ソラは知っている。
 この海の向こうには何もない。ここからどこにも行けないし、きっとソラは飛べない。
 淡い残照の残る空に、ゆっくりと手を伸ばす。伸ばした指先には、誰も触れない。
 何かを追いかけるように伸ばした手を引き戻し、視線を地面に落としたところで、ソラはふと背後から強い光を感じた。眩しさに目を細めながら振り向くと、ヘッドライトを背景に黒い男の姿が浮かび上がっていた。
 警戒心と、どうなっても構わないという投げやりな気分と、どちらを表に出すべきか迷いながら、ソラは無表情で男の姿を見上げる。
「お前に協力を要請したい」
 低く告げられた青年の声に、紛れもない緊張の気配を感じ取って、ソラは少しだけ警戒を緩めた。
「協力?」
「僕の目的を達成するためには、お前の協力が必要だ。もちろん、僕もお前の目的に手を貸す。役には立てると思う」
「私が何を求めているのか、あなたは知っているの?」
 具体的な話をしようとしない青年に、ソラも同じようにぼんやりとした疑問を返す。
「恐らく」
「……そう」
 ソラは男から視線を逸らして、また夕暮れの空に視線を投げた。膝を抱えたまま空を見続けるソラの返事を、青年は辛抱強く待ち続けている。
「私は空を飛んで行きたい」
 紫色の残照が濃紺の夜空に変わる頃、ソラはぽつりとそうつぶやいた。
「飛べる。代償は必要だがな」
 背後から聞こえた青年の声に、かすかに紛れているのは消しそびれた感情の残滓だろうか。わからないまま、ソラはふっと息をつく。
「ライブラリで読んだ。悪魔との契約みたい」
「似たようなものだ」
 ソラは少しだけ考える振りをする。本当は考えるまでもなく、答えは決まっていた。
「わかった。それで、私は何をすればいいの?」


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