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夏の雲ほどワガママに

時にジトっとすれども、夏である。

大げさに、入道雲は私を脅かしてみたり、
見守ってみたり、落ち着かない雨雲もやっぱ私を脅かしてみたりと、夏の雲はワガママだ。

そんな雲を上に見ながら、ドライブする。

私と雲の間には、決まって法定速度ってのが見える。時に、見える。

で、誰が、あれを守っていようか。

40キロ以内の所は、暗黙の了解で50キロまでは大丈夫ではないか。

誰も守れない、そういう法、私は、
雲の如きワガママであると思う。

「走れないと思うけど、40キロで走ってごらんよ。ほら君は52キロを出そうとしている。」

そう言われている。

「ほうら、手元のスマホで写真を撮ってごらんよ。そしたらTwitterに載せたくなるから。」と誘惑する入道雲と、大体おんなじなのだ。

人を試す精神、そして求める精神、
このふたつがワガママだ。けれども、時に、雲のようにあざといヤツになら、試されたって、求められたっていい。

そう思うのが私だ。

ドライブの相方はいつも雲で、
明け方、パンの修行、まだバイパスなんかがスカスカの時間帯に、1人運転するより少しはいいかなって、ほんのりナーバスに、前行く。前にいる雲と前に行くんだから、助手席はいつも空っぽだけど。

ワガママな私は、例に漏れず、
60キロならいいかなってな具合で、50キロ制限のバイパスを行く。

自制が効かない、夏の雲のようで、いっつも反省する。




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