見出し画像

「頼れない」をこじらせたあなたへ

芋づる式に今までの自分の考えに気付いた話がもう1つあって。

前回、相手が負担に思うこと言うの禁止令のことや
自分が負担に思うことを嫌って言えないで来たことを書いたのだけど。

この手の話、めっちゃこじらせると更に自分に刃を向けて返ってくるんだよね。
生きづらい仲間のみなさん、けっこう思い当たる話なんじゃないかなーと思う。

こじらせてるってどゆこと?って感じだと思うんだけど、
相手に負担かけちゃいけない の理由の1つが
自分を負担から脱出させることを許さなかったにもとづいていたとして
それをこじらせた結果、起きることは何だろう?

「そもそも負担だとか嫌だとか思ってる私が悪いんじゃん!!」
「相手の願い通りになれない私の器が小さいからいけないんだ!!」

↑こうなります。

人によるだろうかど、少なくとも、私はこの傾向がけっこう今まで多かった。
このこじらせをさらにこじらせた結果、鬱も経験したし。

でもさ、これ、一種プレイじみてるよね(苦笑
なんで好き好んで苦しい方を一所懸命選んでるの、私?
私が苦しいのに、その苦しみを前提に成立してる相手との関係って、ナニ?

本当に頑張ってきたのに、私そこまで頑張れないよ案件まで引き受けて
それで相手と繋がっていることにどうして意味があるだろう?

いやもちろん、簡単にあきらめたり、やればできることを軽々しく投げ出したりすることを
OKだよー☆って言いたいんじゃないの。
だって、前に進むことを放棄した自分では、自己肯定感を自分で錬成できないから。

だけど、健全で建設的でハッピーな関係性
「私、これは辛いししんどいからごめんね」って言えるやつだと思うし、
相手について、これはやばい!て直感が働いたら離れていっていいよって自分に許可してあげることだと思う。

相手の本当の気持ちは分かりようがないから、
本当に相手は喜んでいるだろうか、幸せだろうかって不安になって、できるだけたくさんやってあげたくなるかもしれない。
でも、お互いがハッピーな関係性なら、お互いがどう思ってる?って答え合わせやお問合せが、できるよね♪

相手の言葉と本心は、別かもしれないけど、でもそれでも相手を信じてるって関係を作り続けたくて
私は人を信頼したいと思ってるんだと、思うのでした。

#note #コラム #信頼 #自己肯定感

読んでくださりありがとうございます☆サポートで美味しいコーヒーショップのミルクティを飲んで、またよい記事が書けるようにお勉強します!