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天然と本物

去年から石活を始めている。
石活とは、「石」を探して購入すること指すが、ここで言う「石」とは貴石もしくは半貴石を意味する。

貴石とはその名の通り貴重な石を指し、いわゆる「宝石」とされるものである。見た目の美しさに加え、通常、モース硬度と呼ばれる宝石の硬さの鑑定で7以上の硬度を持つものを指す。つまりは日常遣いしても、欠けたり割れたりする心配のない石、ということだ。ダイヤモンド(モース硬度10)やルビーやサファイア、エメラルドなどが典型例だ。(余談だが、ルビーやサファイアといった「鉱物名」は存在しない。)

一方、半貴石と呼ばれる石は、モース硬度が7以下のものを含む。
このため扱いによっては欠けができる可能性がある。アメシストやシトリン、スピネルなどが含まれる。容易に想像できるだろうが、こちらの方が数が多い。

いわゆるハイジュエラーでは、通常半貴石は扱わない。ごく稀に、BVLGARIのようなカラーストーンを得意とするジュエラーでは扱うことがある。反対に、GRAFFやHarry Winstonのような、元々ダイヤモンドを専門に扱っていたジュエラーでは絶対に半貴石は扱わない。

半貴石でもものによっては高価なものはあるのだけれど(例えばパライバトルマリンなどは流通数も少なくて貴重)、ハイジュエリーに惹かれる人々は恐らくそういった石には興味がない。あくまでも、「ブランド名がついた」「価値のある石」だから良いのだろう。

ここがまず、「石活」をする人と「ジュエリー好き」の境目である。


さてでは、「価値のある石」とはなんだろうか。
恐らく日本で婚約指輪を購入したことがある人には、お馴染みの基準があるだろう。「4C」である。

4Cとは、「カラット」「カラー」「クラリティ」「カット」を意味する。
カラットが一番単純明快で、大きさを意味する。当然、大きい方が価値は高い。

カラーは、色味の良さ。婚約指輪で使う場合は無色透明のダイヤモンドが重宝されるが、ダイヤモンドの中で今最も価値が高いのはピンクダイヤモンドである。その中でも、「ファンシー」が付いた色味が最も価値が高いとされる。「ファンシービビッド」ピンクダイヤモンドの石は、現在市場で探すことすら困難だ。この他にも、ダイヤモンドには緑、青、黄色、オレンジ、ブラウン、ブラック等様々な色がある。基本的には色味が濃い方が「良い」とされる。

クラリティとは、内包物の有無を指す。
宝石とは鉱物であるから、気が遠くなるくらいの時間をかけて結晶化している。その間に、気体や別の鉱物が入り込むことも、全く想像に難くない。一方で、内包物は宝石の輝きを遮ることになる。このため、内包物はない方が「良い」とされる。

しかし例えば、前述のピンクダイヤモンドで内包物のないものなどを探すのは至難の業だ。ピンクダイヤモンド最後の鉱山と言われていたオーストラリアのアーガイル鉱山が2020年に閉まってしまって、ピンクダイヤモンドはこれ以上増産が見込めない。このため、「色がついている」ことが「内包物の有無」よりも優先される。そもそも、色が乗っていて内包物のないピンクダイヤモンドなど、一部大富豪にしか手の届かないものになっている。

最後にカット。
こちらも大変重要な要素である。カットによって、輝きが増すこともあれば、その逆もある。また、先述の内包物(インクルージョンと呼ぶ)を目立たせなくすることもできる。要は職人の技術力である。世界には有名な宝石研磨職人という人々がいて、その人やその工房でしかできないカットというものがある。日本であればシミズ貴石さんのサクラインカットなどが有名だ。

まとめると、より大きく、より色が濃く、インクルージョンがなく、カットが美しい石が価値が高い、ということになる。


さてここで、人間の技術力が再び発揮される。
例えば、内包物があることを目立たなくする技術に「含浸」というものがある。その名の通り、オイルに浸して気泡のインクルージョンを「埋める」ものだ。その他にも、加熱して色味を濃くしたり(アメシストなどは色を変えることすらある)、トリートダイヤと呼ばれる「色を染めたダイヤモンド」も存在する。

人が手を加えることで、少しでも「価値の高い石」に寄せることができる。

しかし、こうした処置は基本的に「チート」と見做されるため、石の価値をむしろ下げる。目の前にある石の色やテリ(宝飾業界の人間は輝きをこう表現する)は良くても、それが「人工的に作られたもの」であれば価値は上がらない(唯一の例外がエメラルドの含浸で、インクルージョンの多いエメラルドは基本的に含浸されていることが多い。)。

つまり、「天然」が優先される世界なのである。

ここに登場したのが、いわゆる「ラボグラウンダイヤモンド」である。地球が10億年以上もかけて鉱物に圧力をかけ続け、精製されたのがダイヤモンドである。ラボグラウンダイヤモンドはその過程をラボで再現し、短時間でダイヤモンドを作り上げる。そして、出来上がったダイヤモンドは天然のダイヤモンドと全く同じ化学組成でできている。

つまり、化学式で天然のダイヤモンドとラボグラウンダイヤモンドを分ける手立てはない。これが、これまで作られてきた「人工ダイヤモンド」とは大きく違うところである。ラボグラウンダイヤモンドは「本物」のダイヤモンドなのである。

「本物」のダイヤモンドでありながら、「大きく」、「色もよく」、「内包物を入れずに」作ることができる。カットは腕の良い職人に任せれば良い。こうして、「本物」で「価値の高い」ダイヤモンドを作れる時代が到来した。


もちろん、「天然」が優先されるのが宝飾業界の基本方針なので、ラボグラウンダイヤモンドは天然ダイヤモンドに比べて値段が安い。それでも繰り返すが、「本物」なのである。むしろ、「本物」で「価値が高い」にも関わらず、安く手に入るならその方がいいではないか、という声も聞こえてくる。実際、ラボグラウンダイヤモンドに特化したブランドも次々とできつつある。

一方で、私自身はラボグラウンダイヤモンドは絶対に買わないと決めている。いくらピンクダイヤモンドの値段が上がろうが、それをラボグラウンで作ればある程度手が出る値段になると言われようが、興味はない。

なぜなら、そこには私が「石」に求めている意味がないからである。
私が石に興味を持ち、沼に落ちるようになったのは、それが「世界で一つしかない代物」だからである。石というのは、文字通りこの世に一つしかないものである。例え同じ原石から削り出したとしても、色の乗り方が部位によって違う可能性もあるし、インクルージョンの入り方ももちろん違う。

今自分の手元にあるものは、「地球が何億年もかけて作り出した世界で一つしかないもの」であることに石の価値がある。そして究極的に、それを自分が「かわいい」と思うか、私にはそれが全てである。

より「価値が高いもの」が「安価に」手に入ることに喜びを覚える人とは、恐らく求めているものが全く違う。同じように、ハイジュエラーから「価値の高い」石しか買わない人とも、求めているものは違うのだろう。

ラボグラウンダイヤモンドが「本物」であるとすると、「天然」ダイヤモンドとの違いは何か。それは大きさでもない、色の違いでもない。究極的な両者の違いは、実はインクルージョンにしかない。ラボグラウンダイヤモンドに、インクルージョンは存在しない。

ここが恐らく石沼、石オタクとその他ハイジュエリー好き、宝石好きとの大きな違いである。すでに述べたとおり、インクルージョンは宝石の価値を下げる。しかし、それこそが石が「天然」である究極的な証拠である。それを愛せて、なんならインクルージョンの入り方を楽しむことさえできるのが石オタクである(代表例がデンドリッククォーツやアゲート、トラピッチェエメラルド。あとは気泡を「サイダー」と表現して愛でる人などもいる。)。

「石のロマン」に想いを馳せるのか、「石の価値」に重きを置くのか。
私が前者の石オタクであることはすでにお分かりだろう。そしてオタクはこの通り、好きなものについて何時間でも語れるのである。

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