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嫉妬という病

"Sie ist eifersüchtig."
初めてその言葉を聞いたのは20歳の時。日本の大学でドイツ人留学生3人と話している時だった。

すでにドイツへの留学が決まっていた私は、その当時ドイツから日本に留学しているドイツ人学生とよく一緒に遊んでいた。彼らは私のドイツ語能力向上を助けてくれ、さらには留学後にも仲の良い友達となってくれた。

彼らは何人かのグループで一緒にいることが多く、その中に1組のカップルがいた。冒頭の発言は、そのカップルについてもう1人の女の子と話していた際に彼女から出てきた言葉。

Sieとは彼女、istは英語で言うところのbe動詞、そして私は当時まだ、eifersüchtigという単語を知らなかった。
ドイツ語では二つ以上の言葉をくっつけて単語が作られることがよくある。(このため新しい単語を作ることも比較的容易。)件のeifersüchtigという単語も、二つの言葉から成っている。

まずEifer(男性名詞)という単語。これは熱意、熱情といった意味合い。
そしてsüchtigは何かに依存している、虜になっているという意味の形容詞である。

「熱情に依存している」???なんじゃそりゃ???
と頭の中ではてなが飛び交っている私を見て、その子は英語で言い直してくれた。"She is jealous."
そうして私はeifersüchtig(嫉妬深い)という単語を知った。

言われてみれば確かに、カップルの彼女の方はかなり嫉妬深かったと思う。とりわけ、彼氏の方にとても仲の良い女子がいて、その子に対する敵意は中々のものがあった。私は嫉妬されている方の女の子と結構仲が良かったので、大変そうだなぁと横目で見るにとどめ、彼ともあまり仲良くならないよう気をつけていた。(ちなみに彼自身はおっとりした、大変良い子だった。)

ところで、süchtigという単語は、病的な意味での「依存」という意味でも使われる。薬物やアルコール、ギャンブル「依存症」という時にも出てくる単語なので、eifersüchtigという単語は、当時の私にはかなり奇妙なものとして映った。嫉妬なんてどこのカップルにでも存在している、よくある感情だ。むしろ時にはある種の「スパイス」にすらなる。病的と判断されるほど、そんなに悪いものだろうか?そう思いつつ、そのインパクトゆえに、忘れることのない単語となった。


時は移り、初めてドイツに留学してから10年ほど経った頃。
私はとある人との恋愛関係にあった。もう終わったことなので詳細は省くが、これがまあ、問題てんこ盛りの関係だった。

私と彼の間にあった問題の一つが「嫉妬」だった。余談ながら生来私はまったく嫉妬とは縁遠いタイプで、離れたい人は離れればいいと思う人間。一方彼はものすごく嫉妬深いタイプで、やたら不安の強い人だった。(まあそういうタイプこそが実は気が多いという、これまたよくある話なのだけど。)

何度も何度も問題が起こり、その度に衝突するのだけれども戻ってきてしまう。終わった今となってはさっさと別れればいいのに、と思うのだけれど、当時はそういう「腐れ縁」こそが「縁」なのかなぁと思っていた。そして嫉妬深さが彼の愛情なのだと思い込んでいた。

別れた今思うことは、間違いなくあの関係が「依存」だったということだ。「依存」とは「それがなければ生きていけない」という状態に陥るということ。薬物がなければ、酒がなければ、ギャンブルがなければ…というのと同じように、「この人がいなければ生きていけない」という感情は恋でもなければもちろん愛でもなく、単なる依存であった。

その人がいなくてももちろん生きていける。何なら幸せにだってなれる。その上で、相手と生きていくことを選ぶ。それこそが健全な関係性で、その関係性の中に「依存」は存在しない。結局、「依存≒嫉妬」とは相手を自分の思い通りにしたいというエゴに過ぎないのだ。

そのことにようやく気づいた時、頭の中に浮かんだのがeifersüchtigの単語だった。なるほど、言い得て妙だ。確かにあの感情、あの関係は、愛ではなく依存だった。15年前から言葉を知っていたのに、その「意味」を本当の意味では分かっていなかった自分が情けないが、こうやって自分の感情を解いていくのもまた、年の功と言うやつということにしておこう。

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