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それぞれの気づき

先日、夫が突然、呼吸困難になり救急搬送された。酸素濃度92%。救急隊も私達もコロナ感染を疑った。

私は救急車に同乗したが、搬送先の病院から、もし夫がコロナに感染していたら、私も濃厚接触者として入院する事になり、ベッドが2つ必要。でも私の分のベッドはない為、自宅待機と言われた。
酸素吸入している夫の姿をスマホで撮り、手を握り、救急車を降りた。これが夫と最後になるかも知れないとも思った。基礎疾患も、入院歴も、治療歴も、通院歴もない夫が、突然呼吸困難になり、死んでしまう事は通常は考えられない。でもコロナの報道を見過ぎたからか、夫はたいそう慌てたし、私も焦った。結果はPCR検査は陰性で、他の検査に異常はなく、帰宅した。

搬送先の病院から連絡を待つ間、私は1人自宅で待つ事になったのだが、自分も入院するかも知れないと思ったので、まず最初に食料を確認した。ご飯を炊いて、せめてその日子供達が食べ物に困らないようにと。
次にスマホとモバイルバッテリーの充電をした。また部屋の片付けをした。もしかしたら誰かが子供達の世話の為家に来るかも知れないと思ったから。

静まれ、静まれ、慌てるなと自分に言い聞かせながら。
その後、コピー用紙にスケジュール帳を見ながら、夫と自分の過去2週間の行動記録を書いた。濃厚接触者が分かるように。
そして新しいコピー用紙に子供達宛に遺書を書いた。4人の子供一人一人に最後に伝えたい事を。10分程で書き上げた。

我ながらよくここまで冷静に出来たなぁと思う。
約3年前にすい臓がんになり、死を覚悟した時も遺書を書いた。
以来、いつ死ぬかも知れないと、いつも心のどこかで、誰に何を最後に伝えたいかまとめていたのかもしれない。10分で書き上げられたのは、その成果とも言えるが、こんな寂しい成果本当に必要か?とも思った。

4人の子供達に書いた言葉で共通の文章をメモしておく
「神と共に生きなさい。
 神と共に行きなさい。
 神と共に自由に生きなさい」

翌日、夫に
「死ぬかもと思った?あの時、何を思った?」
と聞いたら
「天国には自分の異動や赴任先の心配を持っていけないんだ、と思った」
と話してくれた。
呼吸困難になった前日に、私達は異動を知らされた。不安はないけれど、心配はあり、夫婦であれこれと話していて、頭も心もそれで一杯だった。
夫はその事を言ったのだ。

結局、どんなに思い煩っても、考えても、それらは神の国に持って行かれるわけではないし、もちろん、物も持っては行かれない。どんなに豊かな生活をしても、貧しい生活をしても、墓の大きさは同じだし、神の国は思い煩らいや、いさかいや、心配は持ち込む場所ではないのだ。

だったら、今生きている神の国という場所で、心配や思い煩らいで頭や心を一杯にして生活するよりも、神様のみ旨にかなう生活、神と共に呼吸し、み恵みに依頼む事に頭も心も身体もなる方がはるかにいいよね、、、

夫と私が気付かされた事は違うけれども、同じでもあり、きっと神様はご自分の性質の一部を垣間見せて下さったのだと思う。

救急搬送された と聞いた人はビックリして祈って下さり、結果は異常なしのお騒がせ夫婦になり、恥ずかしい限りなんだけど、神様は微笑んでいると思う。

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