はじめに・雨イジングスパイダーマン裁判概要
控訴審初公判
「雨イジングスパイダーマン」こと堀口氏の控訴審は2月15日に初公判となった。
控訴審の経緯を解説している弁護士事務所のHPを読んでみると、まず一審判決中の間違っていると思われる点を明記した「控訴趣意書」を被告または弁護人が高裁に提出する→約1ヶ月後に高裁で公判が開始され、即日または数週間後に一審判決破棄または控訴破棄の判決が下る、というのが一般的な流れとされている。「控訴審の基本的性格が、第一審判決の当否を審査するものとされており、証拠調べをやり直すものではありません」ともあった。証人尋問などが行われることは稀であるほか、論告や弁論、意見陳述の機会も基本的にはない、とのことだ。
東京高裁は地裁と同じビルの別フロアにあり、506法廷は一審の傍聴席20席に比べて46席と広い。傍聴人は被告の後輩である知人と私を含めた3人だった。
裁判官も検察も弁護人も一審とは別の人が担当する。3人の裁判官による合議制だが、出廷していたのは裁判長裁判官の伊藤雅人氏のみだった。伊藤雅人裁判官は、この日同じ法廷で行われた「日立妻子6人殺害事件」控訴審の担当でもあった。
裁判官が入廷し、慌てたように弁護人が駆け込んできた。法廷の前で件の知人と話し込んでいた若い男性だった。後で知人に訊くと、知人がネットで見つけて被告に差し入れた血液に関する実験結果の資料を新しい証拠として高裁に事実取調べ請求を出したい、という話だったようだ。
控訴趣意「一審の法令違反」
人定質問に続いて、控訴趣意書の確認と事実取調べ請求の可否の決定が行われた。先にも触れたこの趣意書について補足してみたい。
被告から知人に送られてきた手書きの写し、A4に打ち直して9枚ほどの趣意書の内容を私なりに噛み砕くと、まず「一審は犯罪捜査規範に違反する不当な”血痕”証拠を用いた訴訟手続である」として、血痕証拠が”捏造”された可能性を事件発生当夜の一帯の状況と翌朝の事件現場検証の状況から述べている。
次いで「一審判決にはその”血痕”証拠を基盤として被告を犯人と断じた事実誤認がある」とし、また「この強力な”血痕”証拠に寄りかかって“被告=犯人”説を補強するためにその他防犯カメラ映像やアクロバティックな侵入経路などの疑問点に目をつぶった結果の事実誤認がある」として、「これらの法令違反に対し刑訴法に従って控訴する。一審判決は”適正手続の保障”を定める憲法に反している」というものだ。
開廷即結審
話には聞いていたが、あっけないものだった。
取り上げられなかった新証拠候補「オンタリオ工科大の血液実験」
後で被告に確認したところ、取調べ請求を出そうとした新しい証拠とは、オンタリオ工科大で行われた血液の経時変化を表す実験結果の画像とその説明の日本語訳だったということだ。後輩である件の知人がネットで見つけて訳し、被告に差し入れたものだという。
被告が獄中でホチキス針を使って血を出し、変色の様子を観察してみたという話が一審弁論で述べられていたし、血液が時間が経てば黒ずんでくることは自分の経験としても知っていたが、一連の裁判では血の変色に関して専門家によるデータが法廷に持ち出されたことはなかった。
知人に見せてもらった画像は、同じ温度ならば時間が経つほど血痕が黒ずむことが目視でわかるものだった。ただし、低温下では24時間経っても鮮血と同じ色であるように見えるし、22度でもシミの中心部はあまり変わらないようにも見える。何についたどれだけの量の血かによっても変わるだろうが、事件が起きたのは4月と10月なので、この画像で最も近いものがあるとすれば22度の列だろうか。
この画像だけでは被告にとって圧倒的に有利な証拠とは言いきれなそうではある。しかし、血液の経時変化について専門家による実験が存在すること自体が、"血痕”証拠についての一審以来の疑問は被告だけのものではないことを示している、と考えることができるし、証拠調べ請求はその論法で行われている。一審弁論では、事件発生時刻から発見までは7時間(2019年4月に起きた守ビル事件)、または14時間(2019年10月に起きたエステ店事件)ほど経っているため、鮮血と同じ色の血痕が発見されるのは常識的に考えておかしい、と主張したが、一審判決ではこの疑問は「謂れない」とされ、取り合われなかったのである。
「伝聞例外」「非伝聞証拠」など聞きなれない言葉を含む弁護人の発言は、この資料を証拠として採用できると言ってくれそうな法令を列挙して「これらのうちどれかには当たる」とざっくり主張していたものと理解できる。被告によれば、提出資料はこのオンタリオ工科大の実験結果のみだったという。
10分ほどで終わった公判のほとんどの時間を事実取調べ請求が占めていたが、この請求は却下された。控訴審の流れを述べる弁護士事務所の記事に「高裁は新しい証拠を取り調べることには消極的です」とあったのをを思い出した。
控訴審は結審となり、判決は3月8日となる。
(3月14日記)
追記:
控訴審判決では、一審判決が支持され、控訴棄却となった。判決書き起こし
(3月30日記)
参考:
「控訴や上告をすべきか」東京ディフェンダー法律事務所HP(2021.6.21)
「基礎からきちんと控訴審」『NIBEN frontier』2019年6月号
Monitoring the solid-state VIS profiles of degrading bloodstains(Kgalalelo Rampete, Theresa Stotesbury, Colin Elliott, 2022)
『日本大百科全書』(小学館, 1994)
被告の情報:Instagram「獄中便り」(ハッシュタグ #雨スパグラム)
担当/事件番号:刑事係5部/令和4年(う)1478号