見出し画像

雨イジングスパイダーマン裁判【3】 第15回公判 論告

2019年、捜査員のネーミングがTVや一部ネットで取り上げられた雨の夜のビル上層階連続窃盗「雨イジングスパイダーマン」事件。被告・堀口氏は拘束されて3年となり、裁判で無罪を争いつつ、獄中からInstagram「獄中便り」で主張を発信している。
被告が知人の知人だというきっかけから、獄中記を読んで事件の経緯をまとめてみた。(雨イジングスパイダーマン裁判【1】
果たして被告の主張するように、捜査側が証拠をごまかす冤罪事件なのだろうか。気になって第7回公判から傍聴に通った。(雨イジングスパイダーマン裁判【2】

裁判争点は①血液証拠 ②侵入経路 ③防犯カメラ映像 である。
検察側には、現場に残され採取されたとされる「血痕様のもの」のDNA型鑑定が被告のDNAと一致したという強力な証拠がある。これを基盤として、「侵入経路の実現可能性」をも証拠としてあげ、「防犯カメラ映像」や「目撃者の証言」などを補強材料に、連続侵入・窃盗を犯した犯人像と被告が一致すると言うための証拠のセットを提示する。
それに対して弁護側は「そもそも被告は現場にいない。だから、DNAが一致する筈がない」とし、まず「血痕様のもの」の存在や採取状況から疑っている。弁護側にしてみれば、DNAという基盤の上に立って互いを補強することになっている検察側の証拠類は、セットとして成り立ち得ない。そこでたとえば「現場にいない」を言うために侵入の不可能性や防犯カメラ映像の不審点を挙げ、セットとして成り立つ筈のないものが成り立つことになっている状況は「捜査側が証拠をごまかしたからだと考えざるを得ない」とする。

さまざまの要素によって大変ややこしい事件だが、裁判も大詰めの一昨日2022年8月4日、第15回公判で行なわれた論告・弁論が、事件を検察側・弁護側双方の立場でわかりやすく示していると思う。そこで、 8〜14回公判を飛ばして第15回公判の記録をあげたい。

第15回公判では被告自身の意見陳述も行なわれ、「この事件は無罪判決を出すべきだ。やっていないのにやったと言うことはできない。やったのに無罪を主張しているなら、何年も周りに嘘をついていたことになる。そんな人は一生刑務所にいた方がいい。しかし罪状に相当する刑罰には上限がある。有罪判決を出すなら、検察の求刑する懲役3年に対し上限いっぱいの懲役10年を求める」という主張で締めくくられた。

* 凡例

太字 裁判の争点に特に関係すると思われる部分
●● 聞き逃し
() 補足


* 次回公判(判決)
2022年9月6日11:30-12:00 東京地裁816号法廷

法廷入口の表示

開廷

長らくコロナ対策で半分しか座れなかった傍聴席は、全20席座れるようになり、ほぼ満席だった。14回公判まで来ていた捜査員とみられるスーツ姿の男性達はいなかった。
鎌倉正和裁判官は野澤晃一裁判官を引き継いで今年4月の第10回公判から担当する。同じく4月から担当となったイトウ検察官は、この事件では4人目となる検察官。弁護側は一般的な窃盗事件には珍しく弁護団の結成を許可された押田弁護人と寺岡弁護人。
被告・堀口氏はこれまでどおりピンストライプの細身のダブルスーツ、獄中で迎えた誕生日に「兄貴」からプレゼントされ「裁判の際、スーツの下に必ず着ている。決してふざけてなどいない」#24 というスパイダーマン柄のTシャツを覗かせていた。

裁判官:では今日は論告・弁論でよろしいですか。
あと堀口さんから意見陳述があります。
読んでいただいた後(に受け取る)ということでしたが、できましたら読む前に貰った方が、見ながら聞けると思いますが、いかがですか?
被 告:あ、(書類を)1部しか作っていないです。
裁判官:結構です。変えるところがあったら見ながら直せるかなと思ったんですが、そこはあとから直せますので、用意したものにこだわらずに読んでください。
では論告から。

論告

検察官が書面を読み上げた。

起訴事実に対し、被告人は自分は犯人でないと言い、弁護人も犯人性を争っている。
しかし被告人は詭弁を弄しており、弁護人の主張も謂れがない。

起訴事実は、
事件1:起訴日2019年12月1日(2019年4月5日未明発生の新宿ワールドビル事件
事件2:起訴日2019年11月21日(2019年4月5日未明発生の新宿守ビル事件
事件3:起訴日2020年1月24日(2019年10月15日未明発生の池袋エステ店事件
である。
以下、各起訴事実について述べる。

可能な限り逐語で再録したいが、書面の読み上げはメモが追いつかないので概略を載せる。

守ビル侵入窃盗事件について

守ビル事件は、雨イジングスパイダーマン裁判【1】でも述べたように、裁判で真偽が問われている3件のうち、被告が最初に逮捕された事件である。検察によれば被告は2019年4月15日未明、新宿駅東南口付近のさんらくビルから、隣接する守ビル・ワールドビルを複雑な経路で屋上伝いに移動し、守ビル・ワールドビルの窓ガラスを割って連続侵入し、守ビル事務所で窃盗をはたらいた。被害額7万円未満。現場にあったとされる「血痕様のもの」から被告のDNAが抽出されたと検察は主張する。

犯人は守ビル屋上プレハブ事務所に侵入し、机引き出し前部に残した血痕のDNA型が被告のDNA型と一致している。
犯人は窓ガラスを割ってクレセント錠を開錠し窓を開けて侵入、事務所内の金品を物色し、●●に掛けてあった手提げから現金を奪った。同日、現場検証が行なわれた。
鑑識が犯人のものとみられる血痕からDNA型を抽出した。それは被告のDNAと一致した。

弁護人は「血痕の採取状況や保管過程に誤りや取り違えがあった」また「警察官による被告への暴行があり流出した血が不正利用された」と言う。
しかし、血痕採取過程の写真や、鑑識を行なったハセガワ(第4回公判)、現場検証に立ち会ったキムラ(第5回公判)、科捜研のイトウ(第5回公判)らの証言から、採取・保管・鑑定は適切に行なわれていたといえる。
また、第一発見者の守ビルオーナー・キムラは被告人との利害関係がない第三者であり、嘘をつく動機がない。
また、DNA鑑定は被告の逮捕に先立って行なわれていた。
よって、弁護人の主張には謂れがない。

次に、犯行後に守ビルを出た犯人が近くのコンビニに入るまでの路上防犯カメラ映像が被告の風態と一致している。
守ビル出入口のカメラに映った犯人は東方に向かい~(略)~千草ビルに入るところが映っている。
犯人は守ビルから100メートルほどのピースビル1階ローソン新宿中央通り店を出たところ、同ビルの通報により臨場したカワグチ(第8回公判)と会う。直前、カワグチは同ビル非常階段を降りてローソンに入る犯人を見ていた。カワグチは犯人を職質した。
このカワグチと同僚のチュウバチ(第9回公判)が犯人を職質する様子はローソン出入口の防犯カメラに映っており、犯人はその他のカメラに映った人物と同一であり、犯人は堀口である。
なぜなら、職質の際に提示した保険証が堀口のものである。

そして犯人と堀口の容貌が極めて似ていることは防犯カメラ映像を鑑定した科捜研ミヤウラ(第10回公判)が証言するとおりである。

よって、犯人は堀口である。

被告は、「保険証は2018年10月に紛失したものが第三者に悪用された」と言っている。
しかし、保険証は拾得物として同年10月5日に新宿署に届けられており、被告人以外の第三者に盗られたという被告の主張はおかしい。

また弁護人は、防犯カメラ映像への犯人の各部位の出現回数、レンズの歪みや角度が確認されていないとして争うが、ミヤウラは出現回数や歪みや角度を考慮した上で鑑定結果を出したと証言しており、弁護人の主張には謂れがない。

次に、守ビルへの侵入経路について、侵入が可能だったことを実況見分に基づいて述べる。
まず、さんらくビル入口から屋上に上がることができた。実況見分時、さんらくビル屋上のブザーは鳴らなかった。オンオフを繰り返すと微弱な音が出るのみだった。
近接した守ビル屋上とさんらくビル屋上の距離は約40センチ、手すりとの高低差は90センチであり、さんらくビル屋上→守ビル屋上の移動は十分可能である。守ビル屋上から下層階への鍵は屋上側から開けられ、犯人は路上に出ることができる。

弁護人は、両ビルの高低差と、雨が降っていたこと、照明がなく夜間は視界が暗いことをあげ、さんらく→守ビルの移動は不可能だという。
しかし高低差は90センチのみで、被告より6センチ背の低い捜査員ヒキチ(第6回公判)が試したところ可能だった。
当時の降雨量は1時間に1ミリ程度と微量だった。
また現場は新宿駅や大通りに近く、周りが明るい。ビルオーナーのキムラは深夜1時から朝まで懐中電灯なしで屋上を移動できるほどの明るさだったと述べている。

犯人が被告ではない理由は合理的には説明できない。よって被告は守ビル事件の犯人である。

ワールドビル侵入事件について

ワールドビルは守ビルに隣接するビルの一つでゲームセンターが入っている。事件発生順でいえば上記の守ビル事件の直前となる。検察の主張によれば犯人はこのビルの更衣室に屋上伝いに侵入したが窃盗に至らず、従業員に見つかり路上に出ていき、直後に守ビル事件を起こした。ワールドビルの窓が割られていることは後から発覚し、従業員が見た男性が怪しいということで通報・事件化され、守ビル事件と同一犯の仕業とされた。

ワールドビル6階に侵入した犯人は先に述べた守ビル事件の犯人である。
ワールドビルゲームセンター従業員のニシオカ(第9回公判)は2019年4月15日3時ごろ、女子更衣室の方からガラスが割れるような音を聞いた。ゲームセンターの閉店後であり、外部の人は入れない。入るには窓を割るしかない。侵入したのは守ビル事件犯人の可能性が高い。

犯人は3時6分ごろ、エレベーター付近まで歩き、従業員ヤマモト(第9回公判)に会い、ヤマモトに誘導されて1階出入口から路上に出された。
目撃証言店内カメラ映像から、その人物は先ほどのコンビニの防犯カメラに映っていた人物と似ている。コンビニでは白い手提げを持っていたが、それはコンビニまでで手に入れることが可能だったと思われる。髪型、服装など酷似している。

犯人は3時ごろ~3時12分ごろまでワールドビルにおり、3時30分に守ビル出入口から外に出ている。この間にさんらくビル→守ビルに移動し、守ビル屋上事務所に窓を割って侵入し、犯行を働くことは十分可能である。
ワールドビル事件と守ビル事件における犯人の移動経路は、【(路面出入口から)さんらく→(屋上から)守→(屋上から)ワールド→(従業員に見つかり路面出入口から)路上→(再び路面出入口から)さんらく→(屋上から)守→(金を奪って路面出入口から)路上】である。

ワールドビル事件の犯人は守ビル事件の犯人である。ここまで偶然が重なることはない。同一人物でなければ説明できない。

池袋エステ店事件について

新宿での連続事件から半年後、2019年10月15日未明に起きた侵入・窃盗事件。被害額7万円未満。検察によれば、守ビル事件と同じく、現場にあったとされる「血痕様のもの」から被告のDNAが抽出されたとされる。被告の逮捕はこのエステ店事件から半月後である。

犯人はエステ店に窓ガラスを割って侵入し、窓ガラスに残した血痕のDNA型が被告のDNA型と一致している。
犯人は窓ガラスを割ってクレセント錠を開錠し窓を開けて侵入し、店内の金品を物色し、ロッカーから現金を奪った。同日現場検証が行なわれた。

弁護人は「血痕の採取状況や保管過程に誤りや取り違えがあった」また「警察官による被告への暴行があり流出した血が不正利用された」と言う。
しかし、血痕採取過程の写真や、嘱託した捜査員ワタナベ(第12回公判)、採取に立ち会ったエステ店オーナーのオオシマ(第11回公判)、科捜研シオノヤ(第12回公判)らの証言から、採取・保管・鑑定は適切に行なわれていたといえる。
また、第一発見者のオオシマは被告人との利害関係がない第三者であり、嘘をつく動機がない。
また、DNA鑑定は被告の逮捕に先立って行なわれていた。
よって、弁護人の主張には謂れがない。

また弁護人は、オオシマの被害届や面前調書(警察での供述書を指す)には血痕の記載がない(ので現場に血はなかった筈だ)と言う。
しかしこれらの被害届や面前調書はオオシマに被害発覚の経緯や被害金銭について訊いているものであり、血痕の話はなくて当然である。

次に、事件3時間前にJR池袋駅を出た履歴が被告のICOCAに残っている。このICOCAは被告が2017年6月7日以後に持っていた。被告の移動経歴はカードの履歴と矛盾しない。被告の勤務する新宿西口の履歴もある。被告はこのICOCAを守ビル事件発生までに所持していて、その後も使用していた。

また、店内防犯カメラに映った犯人の容貌は被告人と似ている。

被告が主張する、逮捕時の捜査員による暴行の話は信用できない。
なぜなら、逮捕2日後に裁判官と会う機会があったのに暴行について申告していない。
よって、逮捕時に被告は出血していない(よって「捜査員は現場からではなく被告から採取した血を使ってDNA鑑定を行なった」という弁護人の主張は成り立たない)。

被告の「金銭に窮しておらず、都内のマンションに住んでおり、犯行の動機がない」という主張も嘘である。
被告は「2017年6月7日~逮捕まで、ラブホテルやネットカフェを転々としており、住所不定の状態だった」と第1回公判では述べている。
よって、信用できない。

結論として、起訴事実に対する被告の弁解は信用できない。

求刑

犯行は、ひと気が少ない雨の深夜に高層階を狙ったものであり、手早く行なわれ、3回とも大胆で巧妙、手慣れている。犯意のある常習犯であると考えられる。
同一日に連続して侵入しており、犯意は強固である。常習性があると考えられる。

また被害に対して弁償がない。被害額は13万700円であり、ガラス修理代や防犯対策費も含め、被害は大きい。
犯行は利欲により、身勝手で酌量の余地はない。

また今後再犯の可能性が高い。被告は前科2犯で、(過去に起こした傷害事件での服役にあたって仮釈放中に迎えた刑期満了から守・ワールドビル事件まで)1年4ヶ月しか経っておらず、不合理な弁解をしていて反省の色がない。猛省を促し、矯正が必要である。

以上、被告人に懲役3年を求刑する。

書類を見ながら聞いていた弁護人が発言する。

弁護人:論告に異議があります。6ページ、「ワールドビルを出た犯人~コンビニまでの途中で手提げを入手した可能性がある」と言っていますが、証拠に基づいておらず許されないものです。
裁判官:検察のご意見はいかがですか?
検 察:可能であって、事実は証拠関係から推認できます。
弁護人:何の証拠から推論できるのか説明してください。
裁判官:白い手提げって、どんなのでしたっけ?
検 察:(守ビル出入口~路上~ローソン防犯カメラ映像を収めた)DVD
に映っているものを述べたが、(途中で入手することは)可能であると考えます。
裁判官:いわゆる買物袋みたいな? なんて言うのかな…コンビニ袋、に見えるもの? 手提げにもいろいろあると思うけど、今DVD映像が見られないので…
検 察:途中で入手可能だと考えられるもの、です。
弁護人:写真があります。
裁判官:見せていただいてよろしいですか? ああ、コンビニ袋じゃないんですね。紙ですね。ありがとうございます。これ、何号証ですか?
弁護人:防犯カメラ映像を切り取ったのがこの写真です。
検 察:甲50号にはあります。
弁護人:甲50号の写真8、12とかですね。
裁判官:ああ、ですよね。はい…ん? あ、わかりました。そしたら、と…弁護人は、論告には証拠に基づかない箇所があり異議を申し立てるということですね。検察はいかがですか?
検 察:それは、既に調べた証拠に映っていて、それはすごい特殊な袋ではない、かと。
裁判官:ならば異議は棄却します。よろしいですか?
弁護人:わかりました。
裁判官:では弁論をどうぞ。

雨イジングスパイダーマン事件裁判【4】 第15回公判 弁論 につづく)


被告の情報:Instagram「獄中便り」(ハッシュタグ #雨スパグラム
担当/事件番号:刑事係7部/令和元年(わ)3108号等


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?