雨イジングスパイダーマン裁判【2】 第7回公判とややこしさ
開廷(即閉廷)
堀口裕貴(ホリグチ・ヒロキ)氏を被告とする雨イジングスパイダーマン事件、正式名称「令和元年(わ)第3108号等 建造物侵入・窃盗・窃盗未遂」の第7回公判は、2022年2月15日(火)15時、東京地裁816号法廷で行われた。被告のInstagram「獄中便り」の告知に従って、私は初めてこの事件の裁判を傍聴した。
雨イジングスパイダーマン裁判はすでに6回の公判を終えていた。この事件の話を最初に教えてくれた、被告の後輩だという知人の話では、堀口氏を取り調べた刑事などの証人尋問が行われてきたそうだ。のちに堀口氏自身が獄中便りで証人尋問に関する記事をあげている──
法廷入口には次のような掲示があった──
これまでに傍聴したことのある活動家らの公判と違い、手荷物検査は緩く、法廷前に支援団体が陣取っていることもなかった。知人と私は開廷時間ぎりぎりに着いたもののすんなり入れた。コロナ対策を施した10席ほどの傍聴席には、学生らしい人・傍聴マニアらしい人・スーツ姿の人が数人座っていた。「毎回捜査員がほぼ全員で裁判を傍聴しに来ている」#61 という堀口氏の言葉によれば、スーツ姿は警察官だろうか。
「マスコミへのリークを前提にした鳴り物入りの逮捕劇として捜査員の手柄になるべく、様々な要因から標的が自らに定まった事件であり、思うように自白が取れず後に引けなくなった捜査側が証拠をごまかし続けているのではないか」というのが堀口氏の主張の大枠である。一時的とはいえ逮捕の際はTVやネットなどで煽り気味に取り上げられており、一方その後、被告自身が独自に発信を続けたり各社に手紙を送っているので、ひょっとしたら報道関係者もいるのではないかと思っていたが、おそらくいなかった。
法廷の柵の向こうを見る。正面に向かって左の、サイドベンツのスーツを着た男性が検察官だろうか。獄中便りによれば、検察官は逮捕時から2回替わっており、3人目の担当だろう。堀口氏いわく「目が笑っていない」。知人いわく「天野ひろゆきに似ている」。その向かい側で、腕を組んで天井を見上げている男性が獄中便りにも登場する国選弁護人の「押田弁護士」だろうか。どことなく刑事コロンボに似ていると思った。検察官の横には若い男性がいて書類を見ていた。弁護人の横にも若い男性がいてPCを見ていた。一般的な窃盗事件にしては珍しく複数専任が認められ#150 押田弁護士と弁護団を結成したという「寺岡弁護士」だろうか。被告席は空だった。
壇上のドアが開き、法衣を着たとても小柄な、とても存在を主張しないかんじの裁判長が入ってきて、とても小さな声で「開廷します」と言った。被告席は未だ空だった。押田弁護士が大きく息をついて立ち上がり、次のように話した。
詳しい事情はわからなかったが、獄中便りに弁護士との行き違いや不信がたびたび綴られていたのを思い出した。もしかしたら、郵便局が最近土曜も休みになったとか、直前の週末が祝日を含み連休だったとか、拘置所の検閲が土日祝は休みだとか、拘置所と外部の連絡手段は外部同士のそれとあまりにもかけ離れていて(そもそも未決勾留は刑罰ではないし不当だと思う)、外部の感覚でやりとりすると事故るとか、さまざまな問題があるだろう。ただ、気の強い人間のサポートに当たってはなにかと振り回されがちな私は、とっさにこの弁護士に同情してしまった。裁判官の心証を心配しているに違いない。もっとも、これまで裁判官も被告と弁護士のトラブルを心配しているようでもある。#226
裁判官は無表情に言った。
第7回公判は秒で終わった。というわけで今回、ここから先の傍聴記録はない。
追記:この日の経緯は、のちに堀口氏が獄中便り#272 で「ボイコット」と題して書いている。弁護人の連絡が滞り、反対尋問の準備が十分にできなかったので裁判所に理由を伝えたうえで出廷を拒んでいたそうだ。当日、大勢の拘置所職員らに囲まれ、力ずくで連れて行かれそうになったが抵抗したということだ。サムネはその記事の一部である。
ご意見を受けて
雨イジングスパイダーマン事件の概要を整理した前回の投稿で、「こういう件に詳しい方の意見を聞きたくて公開した。万一、堀口氏の言うような捜査側のごまかしが本当にあれば、それはおおごとだ」と書いた。堀口氏が言うとおり捜査側に証拠の捏造があるかどうかはわからなかったが、公判を直に聞いてみて自分が引っかかるところがあるか知りたいと思うと同時に、私より法律や裁判に詳しい人に獄中便りや公判を見てもらってどう思うか聞きたくもあり、更に、仮に捜査が不正だとしても多くの人の目があるほど、それはまかり通らないのではないか、と楽観的に思ったからでもある。
「アリバイは?」
しかしまず届いたのは、おかしいのは警察でなくて堀口氏だと思う、という意見だった。
X氏は特に意見を聞きたかった人でもあり、獄中便りのリンクや私の行けなかった第6回公判の案内を送り、一部傍聴してもらってもいた。氏は傷害事件で逮捕されたことがあり獄中小説でデビューした文筆家で、堀口氏と経歴が被ると思ったのと、前回書いた、一般に「何をしてるかわからない人」──前科があるとか──に向けられる反射的な忌避感情を、氏と話していて感じたことがなかったので、偏見のない意見が聞けると思ったからだ(この裁判の話をしかけて「前科ある? やってるんじゃないかな」という反応にあうことがあり、釈然としなかった)。「捜査が杜撰」なのは獄中便りを読むかぎりで私も感じたことだが、しかしそのうえでなぜ「黒だ」になるのだろう。聞きたいと思ったところ、続けてメッセージが届いた。
もちろんX氏は、裁判では「これを言っても仕方ない」を検察側も被告側も内々で決めておりそれは法廷では言わないことになっていて、「言っても仕方ある」だけを言っているのだ、ということを知ったうえでこう言っているのだと思う。「私はAではない」つまりシンプルにアリバイはどうなっているのか、誰もが気になるところだと思う。
ややこしさ試論
ここにこの事件の「ややこしさ」の一つがあると思うので少し考えてみたい。
確かにアリバイは争点になっておらず、堀口氏は「検察の言う犯行方法Bは不自然だ」と主張している。事件から逮捕まで間があり、アリバイを揃えるのが難しいということもあるかもしれない。
それよりも「犯人Aが堀口である証拠はCだ」「Cはおかしい」のCの内実の問題があるのだと思う。CにDNA型鑑定結果という強力な証拠(仮にcとする)が含まれるのが大きいと思われる。これは、現場にあったとされる血痕c’のものとされている。DNA鑑定の精度は高く、いくら現場にいなかったので血を残すわけがないと言う氏が否認を続けるにも「鑑定結果cが間違いだ」とは言えないだろう。
そこで鑑定結果cはそのまま正しいとし、「検証時に現場に血痕c’はあったのか」「あったならいつからあったのか」「それは血なのか」「果たして鑑定結果cは現場の血c’のものなのか」「被告から血を採れる機会はあったか」など、c以外の物証c’や書証c''の改竄可能性を示唆することで「犯人Aが堀口である証拠はCだ」の内実に疑いを差し挟むほか、検察の主張する「侵入経路」に関する証拠c’’’──Aがどうやって現場にいることができたか述べる「犯行方法B」を補強する──や、「防犯カメラ映像」c’’’’──「犯行方法B」を補強し、かつ「Aは堀口だ」を補強する──などの改竄可能性を問い、DNA鑑定結果cの正しさはそれらの証拠c’〜c’’’’’’’’’'''''''''と並立しない筈だとする。このときに「Bは不自然だ」を主張せざるを得ないのではないか。ここにX氏の指摘する、堀口氏が不自然で「ややこしく」見える理由の一つがあると思う。
氏は以前の服役時にDNA型を採られているので、捜査側は現場の血のDNA型と照会してすぐ逮捕することも可能ではないかと思うのだが、逮捕に半年以上かかっている。この「間」に捜査側の「ややこしさ」があるように見え、またこの「間」にシンプルなアリバイで済まないという「ややこしさ」を生むものがあるのかもしれないと思う。
血痕は裁判で争点として証拠化されており、血痕を見た人の証言、採取や保管の状況、DNA型を分析した図の作成状況や鑑定書やその内容の書き換え可能性、逮捕時の堀口氏の怪我などについても尋問が行なわれるはずなので、今後それを見ていきたいと思う。
「なんでお前が」
そもそも、
戦中生まれのY氏はバーテンダーをしながら建築会社を立ち上げた経験が被告と重なるところもあり、友人の罪を被って逮捕されたこともあると聞いている。
Y氏に言い返そうとして「なんでお前が」の理由を考えれば、言えなくもない。たとえば北アイルランド紛争の獄中記の訳出に取り組んだことがある。先の見えない勾留の中で正気を保とうとする人達のこの獄中記は一部、主に左派活動家によって支援される逮捕者に差し入れられることの多い雑誌の他の記事に混じって、私の名なんて誰も知らない獄中に届いた。この時の経験については当然今、獄中便りを読んでいて思い出しもする。別に取り組んだバレス裁判の抄訳も思い出す。
しかしY氏がしたいのはこういう話ではないだろう。専門家でもなく親族や友人でもない者に何が言えるのか、ということか。「白」か「黒」か決められていない係争中の事件に何が言えるのか、ということか。では判決が出てからなら、または一般犯罪でなくて政治弾圧ならどうか。
正直に言って今わからない。ただ、私は現行の法が正しいとも思えないから現行の法が出す「黒」か「白」の判定が絶対だとは思えない。このことはもっと掘り下げなければならないと思う。
ただ一つY氏に答えるとすれば、裁判に通うきっかけとしては知人の存在が大きい。知人と私は立場も考え方も異なるが、知人の知人の事件でなければ知ることもなかった。
否認事件のややこしさ
言うまでもなく、この事件のポイントは否認事件だということだ。堀口氏自身「否認事件は”なぜか”異常な程長期化する」#71 と言い、自白について自身の経験を交え、捜査や裁判の制度を批判する。#26 #73 #74 #75 #76 #81
この否認事件がこれほどややこしく見え現実的にも裁判が長引く理由の一つは、否認事件だからではないか。禅問答かアホの子かというかんじだが、捜査や裁判は被疑者/被告の自白があってこそうまく動くことになっているシステムなのではないかと考えさせられる。
「自白」についてはもう少し調べたいので書けたら後日また書きたい。
(雨イジングスパイダーマン事件裁判【3】 第8回公判 雨イジングスパイダーマン事件裁判【3】 第15回公判1/2 論告 につづく)
被告の情報:「獄中便り」(ハッシュタグ #雨スパグラム)
担当/事件番号:刑事係7部/令和元年(わ)3108号等
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