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雨イジングスパイダーマン裁判【4】 第15回公判 弁論・意見陳述

2019年、捜査員のネーミングがTVや一部ネットで取り上げられた雨の夜のビル上層階連続窃盗「雨イジングスパイダーマン」事件。被告・堀口氏は拘束されて3年となり、裁判で無罪を争いつつ、獄中からInstagram「獄中便り」で主張を発信している。
被告が知人の知人だというきっかけから、獄中記を読んで事件の経緯をまとめてみた。(雨イジングスパイダーマン裁判【1】
果たして被告の主張するように、捜査側が証拠をごまかす冤罪事件なのだろうか。気になって第7回公判から傍聴に通った。(雨イジングスパイダーマン裁判【2】

裁判争点は①血液証拠 ②侵入経路 ③防犯カメラ映像 である。
2022年8月4日、第15回公判で行なわれた論告・弁論が、事件を検察側・弁護側双方の立場でわかりやすく示している。論告で検察は、現場に残され採取されたとされる「血痕様のもの」のDNA型鑑定が被告のDNAと一致したという強力な証拠を基盤として、「侵入経路の実現可能性」をも証拠としてあげ、「防犯カメラ映像」や「目撃者の証言」などを補強材料に、連続侵入・窃盗を犯した犯人像と被告が一致すると言うための証拠のセットを提示した。(雨イジングスパイダーマン裁判【3】
この論告に対する弁論の傍聴記録と被告の意見陳述を再録したい。

* 凡例

太字 裁判の争点に特に関係すると思われる部分
●● 聞き逃し
() 補足


* 次回公判(判決)
2022年9月6日11:30-12:00 東京地裁816号法廷

法廷入口の表示

先立って行われた論告はこちら。

弁論

弁護人が書面を読み上げる。まず、なぜ現場にいないはずの被告が犯人とされたのか。現場近くで被告の保険証を持つ男性が職質を振り切って去ったが、後からわかったことでは被告は前科があり「怪しい」。なにより、男性を取り逃したのは警察の失態であり、カバーするために被告を逮捕しなければならない。ところでその保険証は被告が失くしたもので、その男と被告は別人だった、というのが弁護側の主張である。

被告人は犯人ではない。捜査側が犯人と誤認し、偽装した事件である。

被告は保険証を落とした。それは警察に届けられたが悪用されたものである。
守・ワールドビル事件と同日の2019年4月15日未明、(両事件現場近くの)ピースビルから110番通報を受けた警察官チュウバチ(第9回公判)とカワグチ(第8回公判) は、非常階段から出てきた男性に職質した。その男性は被告の保険証を持っていた。その男性は(被告の名「ホリグチヒロキ」ではなく読み違いの)「ホリグチユウキ」と名乗ったため、被告のデータと整合せず、照会しても犯歴等は該当しなかった。聞き取りの途中で男性は帰りたいと言い出し、警察官らはこれを説得できず、男性は離れていった。
捜査側は、ユウキをヒロキのことと(同日中に)わかり、犯歴等が該当し、同日の守ビル事件の犯人を被告と思い、職質で見失った失態を隠すために検挙した。その結果、遺留したDNAが一致するよう偽装した。

2019年10月15日の池袋エステ店事件での血痕採取も偽造である。

可能な限り逐語で再録したいが、書面の読み上げはメモが追いつかないので概略を載せる。

DNA鑑定は捏造か

検察の最大の証拠であるDNA鑑定への疑問が述べられる。弁護側によれば、保険証から目星をつけられた被告のDNA型は前科前歴からわかっているので、警察は現場に血痕証拠を「作れば」、強力な証拠をもって被告を犯人にできる。

守ビル事件現場に残されていた「血痕様のもの」は血であり、検出したDNAが被告のDNA型と一致した、と検察は言う。
しかし実況見分調書に「血痕様のもの」の記載はない。実況見分は鑑識科職員が臨場し、仮にそのようなものがあれば見逃すはずがないほど徹底的に行なわれるはずであり、発見物を記載しているはずである。
実況見分で「血痕様のもの」をオーナーのキムラ(第5回公判)が発見して警察に報告したというのが本当なら、実況見分調書に記載がないのは不自然である。血痕様のものは明確に記載されているはずである。
警察はキムラより先に現場に立ち入っている。
犯人が手袋をせず素手での犯行で血を残したなら、ガラスで切った血は滴るはずだが、血痕は引き出しにのみついており物色した鞄や財布にはついていない
ピースビル事件(ワールドビル、守ビル事件直後に近所で起きた侵入騒ぎ。この通報を受けた警察官の職質した男性が被告の保険証を持っていたという)でも血痕は出てきていない。被告はピースビル事件では起訴されていないが、ピースビル事件現場の実況見分には立会人が最初からいた(ので警察は現場を弄れなかった)というところが、守ビル事件とは違う。
守ビルでは通報後キムラの到着まで2時間ほどあり、事務所は扉が開いていたので先に到着した警察は自由に入れた

また、この「血痕様のもの」は赤すぎる。血は時間経過で赤黒く変色するものだ。
しかし、この血は「朱肉のような赤でした」とキムラが第5回公判で証言している。

また、犯人の指紋もない。素手なのに、捜査機関が発表するところでは犯人と思われる指紋がない。「侵入時にガラスで手を切る」なら素手である可能性が高いが、指紋は検出されていない。

採取状況にも問題がある。血痕採取は可能な限り、血が付着している物ごと持ち帰ると犯罪捜査規範に決められており、それが無理ならテープで剥がし、それも無理な場合に今回のように純水を含ませた綿棒を使って採るべきものだ。
本件では、本来は最終手段である綿棒を最初から使っており、他の方法ではやっていない。犯罪捜査規範に定められており、鑑識のナトリ(第11回公判)によればそのように教育もされていたというのに実践されていない。そもそも、警官は適正な鑑識を行なっていなかったということだ。
発見状況、性状、鑑識状況から、この証拠は捏造の可能性がある。

DNA鑑定を導く血液証拠は、池袋エステ店事件においても偽造である。
エステ店事件現場の「血痕様のもの」はオーナーのオオシマ(第11回公判)
が最初に見つけたということだが、12月1日のオオシマの面前調書(警察での供述書を指すか)には記載がない。「血痕様のもの」があれば、発見経緯や状況を聞くはずである。オオシマの被害届にも記載がない。もし「血痕様のもの」をオオシマが最初に見つけていたなら、警官が記載しているはずだ。
よって、オオシマの「自分が最初に見つけた」は記憶違いである。

守ビル事件と同様、「血痕様のもの」は1箇所のみから検出され、他の箇所から検出されていない。

指紋もない。「侵入時にガラスで手を切る」なら素手であった可能性が高いが、指紋は検出されていない。
指紋がないということは、素手でないので血は犯人のものではない可能性が高い。

採取状況についてもまた問題がある。血が付着している物ごと持ち帰ると犯罪捜査規範決められており、それが無理ならテープで剥がし、それも無理な場合に今回のように純水を含ませた綿棒を使って採ることになっている。これは鑑識のナトリが証言している(第11回公判)。
ナトリは「テープだとガラスの破片で破れてしまう」と一応の説明をしているが、そもそもガラスごと収集できたはずだ。
ガラスの断面についているというならともかく、今回はガラスの平面についていた。
テープで採取した理由についてナトリが述べた内容は、守ビルの鑑識ハセガワ(第4回公判)の証言にはなかったものだが、ナトリの証人尋問はハセガワの後なので後付けである。
捜査側は、知っているはずの捜査方法を実践していない。適正な鑑識を行なうつもりがない。

防犯カメラの不審点

DNA以外の証拠は被告を犯人とするストーリーに沿うように用いられ、沿わないような証拠は隠された、と弁護側は言う。

また、エステ店事件現場周辺防犯カメラ映像の収集を「行なっていない」と捜査員ヤマガタ(第12回公判)の証言がある。検察から取調請求がないことは照会してわかっている。
犯行があれば、カメラを検索して映像が得られないわけがない。収集して確認してみたが見立てに沿うような内容ではなかったので収集した証拠を出さなかったと考えられる。

防犯カメラ映像顔貌鑑定について、科捜研ミヤウラ(第10回公判)は適切な判定方法を採っておらず、コンビニのカメラのレンズを収集せず角度や高さや歪みを確認していない。映像の人物が被告と同一であるという顔貌鑑定結果は信用できない。

侵入は可能か

被告を連続事件の犯人にした上で検挙すれば、職質で取り逃した失態をカバーするどころか手柄になるだろう。そこで、捜査側は隣接するビルで起きた事件について実現不可能と思われるような侵入経路のストーリーを作り上げている、と弁護側は言う。

検察の主張する侵入経路で外部から守ビルへ侵入するのは不可能である。
検察は、犯人はさんらくビル屋上に上がって屋上から守ビルに移動したと言う。ビルは5階建てで、暗く、雨が降っていて、革靴で鉄の柵によじ登って2度も(1度目はワールドビル侵入の中継地として、2度目は守ビルでの窃盗のため)侵入するのは不可能だ。
検察の起訴事実では、犯人は、さんらく→守→ワールド(以上ワールドビル事件)、路上に出てさんらく→守(以上守ビル事件)、と3回も屋上経由で移動していることになる。
仮にこんなに超人的で命が惜しくない人でも、屋上の手すりや壁のカスや汚れ、水分が付着するはずだ。しかし(警察官チュウバチやカワグチ、ワールドビルの従業員ヤマモトら)目撃者の証言ではいずれも服装や手などに汚れがない

警察はさんらくビル1階入口の防犯カメラも「収集していない」。
つまり、さんらくビルに被告が入る映像がなかった、ということだ。
見立てに沿う内容でなかったので隠蔽した、ということだ。

守ビル事件の犯人は、ビル内部から屋上に入れた人、屋上の鍵を持っていた人だ。それは被告ではない。

つまり弁護側によれば、この事件はそもそも「連続事件」ではなかった可能性がある。

雨イジングスパイダーマンはいない

雨イジングスパイダーマン報道について言いたい。
捜査員は常軌を逸した犯行として犯人を「雨イジングスパイダーマン」と呼び、冷やかしているうちに手柄になるとして予断と偏見を生じた。逮捕をマスコミにリークし、面白おかしく報道させた。このことによって、逮捕後に不可解さに気づいても捜査方針に誤りがあったと認められず、堀口を犯人として続行したものである。

捜査員の考えるような「雨イジングスパイダーマン」などいなかった。それはミスのカバーと功名を焦った捜査側の作り出した虚像であり、偶然をきっかけに被告と結びつけられ、マスコミへのリークを前提にした逮捕劇となった、と弁護側は言う。

無罪の主張

…以上述べたが、この事件は、仮に新宿の事件が移動不可能性によって無罪になり、池袋エステ店事件が有罪になる、というものではない。
なぜなら、どちらの事件も検察の主張はDNA証拠が基礎付けとなっているからだ。新宿が無罪で池袋が有罪、はあり得ない。無罪になるとはDNA証拠が信用できないということで、DNAは両方の基礎であるから、両方無罪でなければならない。その点留意いただきたい。

以上により被告は無罪である。有罪には合理的疑いがある。合理的疑いがある場合、被告は無罪である。

裁判長:質問ですが、ざっくりいうと「血痕」は血痕でなかった、ということですか?
弁護人:血痕でないか第三者の血かわかりませんが、少なくとも被告の血ではない、ということです。

弁護側は鑑定結果それ自体を捏造だと言うよりも幅を持たせ、鑑定結果に至るまでの過程に疑問を呈した上で、このDNA型鑑定を基礎として組み立てられた検察側の証拠セットの存在を「あり得ない」とする。被告の獄中便りも長い連載の間に、各証拠の不十分さの指摘から、DNA型鑑定を基礎とする証拠セットの存在をどう考えればいいのかという方向へ向かっている。
この事件で被告の無罪を主張することは、検察の各証拠が不十分だと指摘することだけでなく、「捜査側が故意に証拠を捏造した」という告発を含んでいることになるだろう。

意見陳述

この後、被告人が意見陳述を行なったがいずれ本人が「獄中便り」に全文を掲載するとのことでもあり、概略にとどめる。
「逮捕されたとき、わけがわからなかった。今もやはりわからない」という言葉に始まり、やったかやっていないかに関わらず自白すれば早期解決し、否認すれば不利益を被る「人質司法」を批判し、「否認事件では保釈も許されず、裁判は長引き、そのうえ無罪判決の可能性は0.1%である。やったと言った方が得だ。だから冤罪はなくならない」と述べた。
納得のいく弁護を受けられない逮捕者が孤立しがちな状況は更生にも繋がらないとし、「釈放後は未決拘禁者や支援者をサポートする事業を起こしたい」と述べた。実際、獄中で全国の未決囚と手紙でやりとりして相談に乗ってきたという。
また、家族や友人達の陳述書を10数通にわたり紹介し「やっていないと信じてくれる人達がいる。「やっていないことをやったとは言えない」と述べた。
そして「自分は無罪だが、もし有罪だと言うなら、自分は何年も周りに嘘をついていたことになる。そんな極悪人は一生刑務所に入れた方がいい。しかしこの罪状には上限がある。有罪の場合、未決勾留の参入はいらない。上限である10年の懲役を求める」と締め括った。

弁護人が慌てたように立った。

弁護人:弁護人としては懲役10年は求めてないです。
裁判官:それではこれは被告人の…
弁護人:被告は10年と言いましたが、弁護人としては求めていないです。
被 告:改めて言った方がいいですか?
裁判官:いえ、大丈夫です。

裁判官が判決の日時を1ヶ月後の9月6日と定め、閉廷となった。

雨イジングスパイダーマン事件裁判【5】第14回公判 被告人質問 につづく)


被告の情報:Instagram「獄中便り」(ハッシュタグ #雨スパグラム
担当/事件番号:刑事係7部/令和元年(わ)3108号等


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