見出し画像

雨イジングスパイダーマン裁判【5】 第14回公判 被告人質問

2019年、捜査員のネーミングが取り沙汰された雨の夜のビル上層階連続窃盗「雨イジングスパイダーマン」事件。一瞬で下火となった報道の裏で、被告・堀口氏は拘束されて3年、裁判で無罪を争いつつ、獄中からInstagram「獄中便り」を発信している。
被告が知人の知人だというきっかけから、獄中記を読みつつ事件の複雑な経緯をまとめてみた。(雨イジングスパイダーマン裁判【1】
果たして被告の主張するように、捜査側が証拠をごまかす冤罪事件なのか。気になって第7回公判から傍聴に通った。(雨イジングスパイダーマン裁判【2】
裁判は長い整理期間と公判を経てまもなく判決となる。

裁判の争点は①血液証拠 ②侵入経路 ③防犯カメラ映像 である。
8月4日の第15回公判で検察の論告は、現場に残され採取されたとされる血痕様のもののDNA型なる強力な証拠を基盤に、侵入経路の実現可能性を主張しつつ防犯カメラ映像などを使い、連続侵入・窃盗を犯した犯人像と被告の一致を証拠立て、懲役3年を求刑。(雨イジングスパイダーマン裁判【3】
弁護側の弁論は、現場にいないのに血があるわけないとして検察側の証拠を全て疑い、雨イジングスパイダーマンは捜査員がマスコミを巻き込んで作り出した虚像であり、証拠はミスのカバーと功名を焦って捏造されたとして無罪を主張する。(雨イジングスパイダーマン裁判【4】
検察と弁護側は双方を嘘つきと言っているのだが、互いの争いは第14回公判の被告人質問がわかりやすく、また事件の整理にもなるので再録を一部掲載する。
証人尋問と違い、被告人質問は弁護側の質問が主尋問、検察側の質問が反対尋問となる。また、宣誓や「虚偽の答えは偽証罪に問われる」という勧告はない。

* 凡例

太字 裁判の争点に特に関係すると思われる部分
●● 聞き逃し
() 補足


* 次回公判(判決)
2022年9月6日11:30-12:00 東京地裁816号法廷

弁護側の主張

逮捕時の暴行

なぜ被告の血が現場にあったのに被告は現場にいなかったと主張できるのかと誰もが訝るだろう。証拠が捏造されたからだと弁護側は推測する。

被告・堀口氏は以前の服役時に口腔内細胞からDNAを採取・記録されている。約2年後、一晩のうちに新宿で侵入事件が相次いだ2019年4月15日未明、ピースビルからの通報で駆けつけた警察は堀口氏の保険証を持った怪しい男を取り逃してしまった。このポカミスを挽回したいところへ守・ワールドビル事件が発覚する。ミス挽回に加えて連続事件解決の功名のために堀口氏を逮捕したい。そこで警察が真っ先に頼れるのはこのDNAであり、証拠を作るべく現場に血痕様のものを配置して逮捕状を請求。逮捕時に暴行を加えたところ出血したので、流用してDNA型を抽出。その資料の日付を現場検証時に遡って書き換えた……とでも考えないと「ないはずの血が現場にある理由」は説明できない、と弁護側は言う。

弁護人による被告人質問によれば、被告は2019年11月1日に大阪で逮捕され新宿署に護送されたが、酩酊状態で意識がなく、指紋を採られる段になって初めて気づき、何が起きたかわからず暴れた。このときの出血がDNA証拠の捏造に使われた可能性が示唆されている。

弁護人:指紋を採るときの話を伺います。指紋を採るとき、何がありましたか?
被 告:まず体を押さえられ、身動きが取れず、「指紋を採る」と言われました。
弁護人:「体を押さえられる」とはどのような状態ですか?
被 告:上半身を羽交締めにされていました。
弁護人:上半身を羽交締めにされていることに気づいたとき、どう思いました?
被 告:何が起きているかわかりませんでした。
弁護人:周りにいるのが警察官だということはわかりましたか?
被 告:わかりませんでした。
弁護人:その状態で「指紋を採る」と言われたんですね?
被 告:はい。
弁護人:どう回答しました?
被 告:回答というか、とにかく振り解こうとしました。
弁護人:どのように体を動かしましたか?
被 告:がむしゃらに手を動かしました。
弁護人:なにか声を発したりしましたか?
被 告:「やめろ」みたいなことを言ったような言っていないような、記憶が定かではありません。
弁護人:振り解こうとして、どうなりましたか?
被 告:手を強く引かれました。
弁護人:どちらに引かれましたか?
被 告:前方に引かれました。
弁護人:あなたはどうしましたか?
被 告:抵抗しました。
弁護人:どのように抵抗しましたか?
被 告:羽交締めにされていたのを振り解こうとして暴れました。
弁護人:そのあとどうなりましたか?
被 告:暴行を受けました。
弁護人:具体的にどのようなことですか?
被 告:誰に何をされたか覚えていませんが、殴られたり蹴られたり首を絞められたりしました。
弁護人:そのあとどうなりましたか?
被 告:記憶がありません。
弁護人:次の記憶は何ですか?
被 告:留置所の居室にいました。
弁護人:どのような状態でしたか?
被 告:とにかく全身が痛くて、鏡を見ると鼻血が出ていておでこが切れていました。

捜査側の「捏造」疑惑に関して、被告はそれが「たられば論」なのは承知であり、捏造のタイミングや手法の証明にこだわるつもりはない、と述べている。しかしこのような捏造は可能だった、その動機があった、と主張する。

自白の誘導

このような主張に沿えば、証拠捏造に踏み切った捜査側が引っ込みがつかず上塗りを重ねてきた要因の一つは、DNAという強力な証拠にもかかわらず被告が自白しなかったからである。

弁護人:次に取調のことを聞きます。警察は話を聞いてくれましたか?
被 告:一切聞きませんでした。
弁護人:具体的にはどういうことですか?
被 告:話を聞くというより、自分の話を一方的に投げつけるかんじでした。
弁護人:どのような話ですか?
被 告:「証拠が“お前が犯人だ”と言っている」などと言われました。
弁護人:そうされてどうしましたか?
被 告:最初は、やっていないことをわかってもらおうとして一生懸命否認しました。
弁護人:そうしたら警察はどうしましたか?
被 告:とにかく「自白しろ」の一点張りでした。
弁護人:言葉でですか?
被 告:暴行みたいなこともありました。
弁護人:どういうことをされましたか?
被 告:殴られたりすることはありませんでしたが、私の座っている椅子を蹴ったり、机を叩いたり、耳元で大声を出したり、肩を小突かれたりしました。
弁護人:そうされて、一生懸命否認する姿勢は変わりましたか?
被 告:黙秘するようになりました。
弁護人:どうしてですか?
被 告:何を言っても聞いてくれないからです。
弁護人:黙秘したら警察はどうしましたか?
被 告:暴行の他に脅迫や利益供与などをするようになりました。
弁護人:脅迫とはどういうことですか?
被 告:「俺は検事と仲がいい。否認するなら●●」などと言われました。
弁護人:利益供与とはどういうことですか?
被 告:「刑は2年、3年かかるが、今認めれば1年半で出られるよう便宜を図ってやる」などと言われました。

自白の誘導というか強要と並行して「客観的な証拠」が作られたり隠されたりすることは過去の冤罪事件でしばしば明らかになっており、弁護側の主張に沿うならばこの事件でもそうである。DNA以外の証拠がなく自白もない侵入・公然猥褻事件がわずかながら他人の可能性があるとして最高裁で無罪となった2018年の判例もあるように、確実に有罪とするには血液以外の証拠も必要だ。たとえば──

防犯カメラ映像は別人

弁護人:次に防犯カメラ映像について聞きます。犯人が映っているとされる防犯カメラ映像が証拠として取り調べられているのは知っていますね?
被 告:はい。
弁護人:その映像を見ていますか?
被 告:はい。
弁護人:映っている人物を自分と比べてみて、どう思いましたか?
被 告:似ていると思いました。
弁護人:違う点はありますか?
被 告:髪型や、着ているものなどが違いました。
弁護人:髪型はどう違いました?
被 告:自分は髪を上げていることが多いですが、映っている人は髪を下ろしていました。
弁護人:上げているとはどういう状態ですか?
被 告:おでこを出している状態です。
弁護人:持ち物などで違うところはどういうところですか?
被 告:映っている人は白い紙袋を持っていましたが、自分は布製のトートバッグを持ち歩いています。
弁護人:布製のトートバッグは何色ですか?
被 告:紺色です。
弁護人:服装が違うというのはどういうところが違いましたか?
被 告:映っている人はチェック柄のスーツを着ていましたが、私はそういうスーツは持っていません。

細かい違いを無視してざっくり似ている人影の映ったものがピックアップされる一方、似ている人が登場しなかったり誰も映っていない映像は隠蔽された、と弁護側は言う。
たとえば、守・ワールドビル事件現場への侵入口とされる隣接ビル入口の映像や、エステ店事件現場周辺の映像を「収集していない」という捜査員の証言は嘘だ、収集して確認してみたが見立てに沿うような内容ではなかったので収集した証拠を出さなかったのだ、と弁論で主張している。

職質は別人

そもそも堀口氏が逮捕されたのは、冒頭で触れたように、侵入事件の相次いだ2019年4月15日未明、そのうちの一つピースビルからの通報で駆けつけた警察の職質した男が堀口氏の保険証──によれば半年前に失くしていた──を持っていて、この男が職質をぶっちぎったのがきっかけであり、弁護側によればそこから警察がミス挽回のため血痕証拠の捏造に走った元凶であり、検察側によればこの男は堀口氏本人であって単に被告有罪を補強する出来事である。ぶっちぎられた状況をもう少し詳しく見ると、その男が「ヒロキ」ではなく読み違いの「ユウキ」と名乗っていたことから、「読み」だけで照会した警察は堀口氏本人のデータとすぐには結び付けられず、犯歴も出てこないし侵入に使えそうな道具も持っていないので嫌疑は低いと判断、念のため一人の若い巡査に引き留めを頼んで現場を見に行った間に、男はこの巡査を無視して去ってしまった。同日中に「裕貴」だと察した警察は「犯歴等が該当し、同日の守ビル事件の犯人を被告と思い、職質で見失った失態を隠すために検挙した」と弁論は述べる。
このときの巡査が法廷で証言するのを傍聴したが、ぱっと見おとなしそうな人で、なるほどナメられそうだと思った。

弁護人:次に職務質問について聞きます。(新宿守ビル・ワールドビル事件、ピースビル通報のあった)2019年4月15日、職務質問を受けましたか?
被 告:受けていません。
弁護人:2019年4月15日に限らず、受けたことがありますか?
被 告:あります。
弁護人:職質を受けたときはどうしましたか?
被 告:まずこちらの身分を明らかにした上で、所持品検査などに応じました。
弁護人:名前を聞かれたら答えますか?
被 告:はい。
弁護人:身分はどうやって明らかにしますか?
被 告:私は免許証を持っていないので、健康保険証か住民票を提示しています。
弁護人:氏名を口頭で答えることはありますか?
被 告:はい。
弁護人:どうやって答えますか?
被 告:「ホリグチヒロキ」と答えます。
弁護人:「ユウキ」ではないですか?
被 告:ありません。
弁護人:職質を打ち切るときはどうしますか?
被 告:まず、職質というのはすごくしつこいので、打ち切るということはないですが、もし打ち切るとしたら、電話番号や住所を示した上で、「もうええやろ、なんかあるんやったらかけてこんかい」と言うと思います。
弁護人:今みたいに関西弁を使うんですか?
被 告:はい。
弁護人:では、2019年4月15日(守・ワールドビル事件、ピースビル通報のあった晩に、ピースビル1階ローソン前で)職質されたのはあなたではないということですか?
被 告:はい。
弁護人:保険証はなぜ職質された人が持っていたと思いますか?
被 告:過去に紛失したのを悪用されたのだと思います。
弁護人:保険証はなくしたということですが、それはいつですか?
被 告:2018年10月頃です。
弁護人:どこでなくしましたか?
被 告:新宿のどこかです。
弁護人:なくした時のことは覚えていますか?
被 告:覚えていません。

この保険証の件は裁判の争点になっていないが、わけがわからない。「とにかくこの男は堀口氏ではない」というのが弁護側の主張で、じゃあ誰なんだという疑問は残るがその挙証責任は弁護側にはない。

侵入は無理

相次いで起きた守・ワールドビル事件はいずれも隣接するさんらくビル入口から屋上に上がり、屋上伝いにビル間を移動し、それぞれの事件現場のガラスを割って侵入した、と検察は見ている。この見立てどおりに2つの事件現場を発生時間に沿ってルートに組み込むと、犯人はさんらく〜守というアクロバティックな空中移動を短時間で2回クリアしなければならない。現場検証ではぎりぎり可能だったが、服装や天候を考えるとやはり不自然だと弁護側は言う。#157 
そもそも同一犯による連続事件ではなく別々の犯行ではないかと弁論は示唆している。守ビル事件は日常的に屋上に出入りできる鍵を持っていたテナントの人の犯行と考える方が自然だ、と被告は推測する。#248 

弁護人:次に、さんらくビルと守ビルの侵入経路について聞きます。どこが侵入経路だと思われているか、見取り図を見ましたか?
被 告:見ています。
弁護人:さんらくビルと守ビルの位置関係はわかりますか?

さんらくビル、守ビル、ワールドビルの位置関係(絵は堀口氏)
詳しくは雨イジングスパイダーマン裁判【1】

弁護人:堀口さんなら、さんらくビルから守ビルに移動できると思いますか?
被 告:実際見ていないのでわかりませんが、当時の状況では難しいと思います。
弁護人:「当時の状況では難しい」とは?
被 告:雨が降っていて、犯人は体型に合った細身のスーツを着ていて、裏がツルツルの革靴を履いていたからです。
弁護人:ツルツルだというのはどうやってわかるんですか?
被 告:任意開示の証拠にありました。
弁護人:任意開示の証拠とは?
被 告:靴跡の載っている証拠です。
弁護人:守ビルに到達するとして、事務所に侵入することはできると思いますか?
被 告:見ていませんが、できると思います。
弁護人:侵入に必要なものはありますか?
被 告:ガラスを割る道具が必要です。
弁護人:ガラスを割る道具があれば侵入できますか?
被 告:できると思います。

指紋がない?

弁護人:侵入したうえで現金を盗ることをできたと思いますか?
被 告:盗ることはできたと思います。
弁護人:「盗ることは」とは? できないことがあったと思いますか?
被 告:痕跡を残さず盗ることはできないと思います。指紋が残ってしまいます。
弁護人:犯人が手袋をしていたら?
被 告:犯人は手袋をしていません。
弁護人:なぜわかりますか?
被 告:防犯カメラに残っていた犯人の映像を見たら、手袋をしていませんでした。
弁護人:守ビル事件現場に指紋が残っていない、というのはどうしてわかりますか?
被 告:任意開示証拠に載っていました。
弁護人:どういう内容ですか?
被 告:窓枠などに犯人のものと思われる指紋がないということでした。
弁護人:同一性確認のため、2021年5月9日付の指紋証拠を示します。

検察は「指紋は照会不能なのであって採取しなかったわけではない」と述べるが──

弁護人:指紋について、あなたの認識ではどういうところに残ると思いますか?
被 告:守ビルですか? 窓はもちろん、現金を取った財布や●●に残ると思います。
弁護人:池袋エステ店ではどうですか?
被 告:窓枠はもちろん、現金を取った財布やロッカーなどに残ると思います。
弁護人:つまり、あなたとしては指紋は「出てくるとしたらもっと出てくる」と言いたいのですね?
被 告:はい。

なお、自分がこの事件に注目し始めた時は知らなかったのだがワールドビル事件では現場に人糞らしきものが残されていたそうで、犯人像が謎である。警察がこれを調査した記録がなく、指紋と同じく不問とされていることに弁護側は疑問を抱く。#239  逆に、強力な証拠とされているのはピンポイントで見つかった血痕なのだが──

血痕は不自然

弁護人:次に、血痕について聞きます。本件では、守ビルと池袋エステ店の2件の現場から血痕様のものが見つかった、ということは知っていますか?
被 告:知っています。
弁護人:さっき写真を見ましたね?
被 告:はい。
弁護人:写真を見てどう思いました?
被 告:不自然だと思いました。
弁護人:どういうことですか?
被 告:赤すぎると思いました。血痕なら、赤黒くなっているはずです。
弁護人:「赤黒くなっているはず」というのはどういうことですか?
被 告:血液は時間が経つと変色するからです。
弁護人:確かめましたか?
被 告:はい。
弁護人:どうやってですか?
被 告:実験をしました。
弁護人:時間が経つとどのくらい黒くなるか実験をした、ということですか?
被 告:はい。
弁護人:どのような手法でですか?
被 告:まず、自分の指を針で刺して出血させ、黄色いファイルに付着させました。
弁護人:拘置所でですか?
被 告:はい。
弁護人:針は何を使ったんです?
被 告:ホチキスの芯を使いました。
弁護人:ホチキスの芯を指に刺して血を出した?
被 告:はい。
弁護人:それをファイルに付着させた?
被 告:はい。
弁護人:その後はどうしましたか?
被 告:数時間置いたところ、黒く変色していました。
弁護人:そういったことをやって、現場証拠写真の血は赤すぎると思ったのですか?
被 告:あんなに赤くはなりません。他に、実験で気づいたことが2点あります。
弁護人:何ですか?
被 告:まず、血痕を(警察が今回やったように、採取手段として優先度が低いとされる綿棒ではなく)テープで剥がして採ることは簡単にできました。
弁護人:どうやって確かめましたか?
被 告:インデックスという粘着力の弱いテープ状のものを使って実験しました。
弁護人:2点目は?
被 告:守ビル現場の血痕は綿棒で採るくらい少量だったということですが、実際指を刺してみて、ごく小さな傷でも結構血が出ることがわかりました。ごく少量というのは故意にやらないと難しいと思います。

その「血痕」は警察が現場に配置したのだと弁護側は言う。動機は、冒頭で述べたように──

警察の「捏造」動機

弁護人:次にDNA鑑定について聞きます。
被 告:はい。
弁護人:あなたは本件の犯人ではないですか?
被 告:はい。
弁護人:でも、守ビル事件現場でも池袋エステ店事件現場でも、血痕のDNA型はあなたのものと一致しますが、それについてどう考えていますか?
被 告:「ないはずのものがあるのはおかしい」と思っています。
弁護人:なぜ、ないはずのものがあるのですか?
被 告:考えられる理由は2つあります。
弁護人:1つ目は?
被 告:本件の手口が特殊で、捜査員はネタになると考え、手柄を立てたいと思ったのではないかということです。
弁護人:だから証拠が作られた、と?
被 告:そうです。
弁護人:仮にそうだとして、どうしてあなたが逮捕されたのですか?
被 告:事件と近接した時刻に、犯人が職質を受け、私の保険証を提示したことで私の存在が捜査線上に浮かんだ他に、決め手となる証拠がなかったのだと思います。
弁護人:2つ目は?
被 告:捜査員は事件を面白がって、犯人を雨イジングスパイダーマンと呼び、それが話題となったため撤回できなかったのだと思います。
弁護人:話題になったとは、どこでですか?
被 告:マスコミやネットなどです。
弁護人:それはどうやって知ったのですか?
被 告:報道資料を見て知りました。
弁護人:どういった記事でしたか?
被 告:「雨イジングスパイダーマン逮捕」と大きく報じられていました。
弁護人:同一性確認のため、弁8号証を見せます。あなたが言っているのはこれですか?

裁判官:DNA型判定のところの話ですが、証拠を多少、作ったのではないかということですか?
被 告:捏造だと思います。
裁判官:それはあなたの思うことなので、どこが捏造だといってもはっきりはしていないかもしれませんが、どこを捏造したと思うのですか?
被 告:具体的にどういう手法でやったということは言えませんが、あるはずないものがあるので、おかしいと思います。
裁判官:あなたの血を採って現場につけるとか…?
被 告:それは守ビル事件現場検証以前に私の血を採っていないとできないので違います。数値を入れ替えるとか、なにかそういった方法ではないかと思っています。
裁判官:現場にあなたの血がついていたのはそのとおりだということですか?
被 告:そもそも、それは血ではないと思います。
裁判官:あなたの血を採って現場にくっつけたりとか、そういうことをされたと言いたいのではなく…?
被 告:それは事件現場検証時の時点で私の血を持っていないとできないので、そうではないと思います。

弁論で弁護人は「血痕は血痕でなかったということ?」という裁判官の質問に「血痕でないか第三者の血かわからないが、少なくとも被告の血ではない」と答えている。
「疑わしきは被告人の利益に」は刑事裁判の鉄則とされているが、この事件の場合、検察の各証拠が疑わしいという弁護側の指摘は捏造の告発に直結するので、裁判官としては慎重に確認したいところだろう。

被告の「犯行」動機

意見陳述で被告は、逮捕時の所持品記録に見覚えのないネカフェ会員証があり、照会したところ知らない人のものだったと述べ、警察の粉飾を示唆している。また警察の取調べ中、「ネカフェ難民をしている内に生活が立ち行かなくなり悩んでいる時に今回の犯行を思いつき、実行に至りました」という「自白調書」にサインを迫られたがこのように供述した覚えはなく、警察の「作文」だと言っている。#26  これらを批判しつつ、逮捕時は経済的に困っておらず、犯行の動機がないと主張する。

弁護人:次に、本件が起きたときの堀口さんの生活について聞きます。どこに住んでいましたか?
被 告:東京の京橋に住んでいました。
弁護人:どういうところですか?
被 告:仕事の関係で知り合った会社が借りているマンションに居住していました。
弁護人:仕事は何をしていましたか?
被 告:建築関係の自営業と2つの店でバーテンをしていました。
弁護人:どのくらい稼いでいましたか?
被 告:多いときは月80万、少ないときで50万くらい稼いでいました。
弁護人:建築は自営業だと言いましたが…
被 告:はい。
弁護人:80万は経費を引いた金額ですか? 売上ですか?
被 告:売上です。
弁護人:経費を引くと?
被 告:50万くらいです。
弁護人:この時は東京に住んでいたんですか?
被 告:はい。
弁護人:出身は大阪ですか?
被 告:はい。
弁護人:どうして東京に来たんですか?
被 告:2つあります。
弁護人:1つは?
被 告:東京で仕事をしないかと建築関係の同業者に誘われたからです。
弁護人:2つ目は?
被 告:東京で自分のバーを出したいと思ったからです。
弁護人:どうしてバーを出したいと思ったんですか?
被 告:接客業はすごく勉強になるので、接客業を通じて学びたいと思ってきたからです。
弁護人:どんな気持ちで接客業に取り組んでいましたか?
被 告:店を持つという夢を叶えるため、一生懸命やっていました。
弁護人:窃盗をはたらく動機はありましたか?
被 告:まったくありません。
弁護人:あなたの仕事ぶり、生活ぶりについて、多くの人が言葉を寄せてくれているのを知っていますか?
被 告:はい。
弁護人:どのように寄せてくれましたか?
被 告:陳述書で、です。
弁護人:陳述書は見ればわかりますか?
被 告:わかります。
弁護人:どういったかたが陳述していますか?
被 告:母、友人、先輩などです。
弁護人:同一性確認のため、弁3号証を見せます。全部見てもらえますか?

この陳述書は被告人意見陳述で読み上げられたが、「生活に困っていないどころか奢ったり、困っている人の相談に乗っていた」「仕事で忙しく、働き者だった」と10数名の人が述べており、捜査側の設定する犯行動機を否定するものとなっている。

検察側の疑い

「動機がない」は嘘だ

休憩を挟んで検察による反対尋問は、被告が当初は住所不定だと述べていたと指摘し、犯行の動機があったことに加え、被告が嘘を吐きがちな人物だという主張を強調する。

検 察:東京で住んでいたのは京橋のマンションだということですね?
被 告:はい。
検 察:どこに住んでいるか検察官に聞かれたとき、何と答えましたか?
被 告:ラブホテルやネットカフェを転々としていると答えました。
検 察:なぜ事実と別のことを話したのですか?
被 告:家を知られたくなかったからです。
検 察:なぜですか?
被 告:逮捕されると人権もプライバシーもなく、めちゃめちゃにされるので処分が終わるまで家も職場も明らかにするつもりはありませんでした。
検 察:どこのバーで働いている、という話は検察にしたのではないですか?
被 告:新宿のバーですね。したと思います。
検 察:具体的に、何がめちゃめちゃにされるんですか?
被 告:前回逮捕された時の話をしていいですか。取調べが捜査官の思い通りにいかなかったとき、携帯を取り上げられて片っ端から連絡されていろんな人に迷惑をかけてしまったので、もう迷惑をかけたくないんです。
検 察:新宿のバーは連絡されてよかったんですか?
被 告:逮捕されたとき名刺入れを持っていたので、そこで働いていることはもうわかってしまっていました。
検 察:それからあなたは、2019年11月1日に逮捕されたあと11月3日に裁判官の勾留質問を受けていますが覚えていますか?
被 告:何となくですが、受けたことは覚えています。
検 察:住所について、「不定です」と話さなかったですか?
被 告:話をしたんであれば、ラブホとかネカフェとか言ったと思います。

「警察の暴行」は嘘だ

また検察は、逮捕時の警察による暴行の話は嘘だとし、暴行の出血が証拠捏造に使われたという弁護側の主張は言いがかりだとしている。

検 察:そのとき裁判官に、警察に暴力を受けた話を言わなかったのはなぜですか?
被 告:信じてくれないと思ったからです。
検 察:あなたとしては、それは犯罪だと思うんですよね?
被 告:犯罪ですよね? でも警察のやることは、犯罪でも犯罪ではなくなるので、言いませんでした。

これらを踏まえて論告は「被告人は詭弁を弄しており弁護人の主張も謂れがない」「不合理な弁解をしていて反省の色がない」「被告の弁解は信用できない」と結論し、弁論は「捜査側が被告を犯人と誤認し、偽装した」として証拠捏造を告発する。

双方の言い分はいったんわかったとして、では第三者がこの事件をどう考えればいいのか。

雨イジングスパイダーマン事件裁判【6】私見  雨イジングスパイダーマン事件裁判【6】公判記録 につづく)

検察の立証する犯人の複雑なルート。これに加え同年10月15日池袋のエステ店侵入窃盗で起訴

被告の情報:Instagram「獄中便り」(ハッシュタグ #雨スパグラム
担当/事件番号:刑事係7部/令和元年(わ)3108号等





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?