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散文詩集

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2023年11月の記事一覧

「十三夜」

月が嗤う たらり たらり 青い血が たらり   夜が 深まる 白い血が だらり   夜が 浮き立つ たらり たらり 嗤うごとに 気を遠くさせる ―――詩集「十三夜」より

「悋気」

この満月を、おまえに 気づかれる前に 呑み干してしまいたい のっぺらとした頬を 撫でる黒闇を真似て この手では決して触れること叶わぬおまえの その輪郭を なぞっては みる けれど こうしているうちにも おまえは その妖躰を 猫の眼に 晒している ―――詩集「十三夜」より

「誘惑」

黒髪をほどいて 振り向くな、女 たちこめるおまえの匂いで 息が できない すべてを見透かしたような 邪気に噎せ返る唇を 晒すなよ、女 それが 熟れた過日なら 誰だって 貪りたくなる ―――詩集「十三夜」より

「不倫」

髪が 伸び、 ひきずるほどに 伸び、想いも 綴れない言葉が その重さ全身でのしかかり、 私は、 まるで 他人に見える自分の 貌 を 鏡の中に 見つける。 ―――詩集「十三夜」より

「月」

それ以上欠けることも 満ちることも知らぬ月が 夜の闇に ぽっかり 浮かぶ。 男が 思う。重なり合いながらもひどく 冷たい女の唇によく似ている、 と。 女が 呻く。抱き合いながら見下ろして来る 冷めた男の眼にそっくりだ、 と。 それ以上欠けることも 満ちることも知らぬ月が 夜の闇に 浮かぶ。 ぽっかり、 ぽっかり ―――詩集「十三夜」より

「木霊する記憶」

昔 もう遠い昔 あなたはよく云ってたね こんなはずじゃなかった おまえさえいなければ 砂まみれになった 両手を広げて 駆け寄った私を 払い除けた あの日 そんな覚えはないと あなたはさらりと云ってのける もうだいぶ色あせた 髪を 夕日に晒して   時は残酷に   こうして あなたを連れ去ってゆく   まだこれほどに   疼いたままの 傷痕を見捨てて おまえさえいなければ 私はもっと高く飛べた 掴めるはずだった光は おまえに 潰された くちびる噛み締めて 震わせた喉が

「暮れゆく歳」

どうして分からないの どうしてこんな思いしなくちゃいけないの と 嘆く母はそのたび くるりと背中を向けた 早く大人になりたい 大人になればきっとそんな思いさせずにすむ と 幼い自分を責めては 指折り歳を数えた 何色がいいと尋ねられて 蒼い海の色 と答えていられたのは まだ片手でおさまるほどの 歳の頃 いつのまにか身につけた 母の好きな色を答えれば 背中を見ずにすむ、と そんな小細工は 結局何の役にも立たず すれ違うばかりで 私の歳はもう 両手を使っても数え切れない お

「靴磨きの習慣」

いつも右の踵の 内側が一番 磨り減ってた パパの靴 砂埃もいつだって 右の先についてた いっぱいいっぱい 最初に乾いた布で拭いて それから靴墨をつけたブラシで磨くのよ   あの日まで   毎朝続いた習慣は   パパの中に今も残ってる?   小石ほどでも 一番じゃなくちゃダメ 国語も算数も理科も みんなみんな うちはよそとは違うんだ 日曜でも月曜でも それが パパの口グセ ブラシでしっかり磨いたら 最後にもう一度乾いた布で磨くのよ   あの日まで   毎朝続いた習